第16話 岸部百合香
今日はほしゆきさんはお休みの日だけど、用事があると言って出かけてしまった。
なので、私はいつも通りに過ごすことにする。
私の一日は、意外とやることが多い。
まずはお勉強。ほしゆきさんが買ってきてくれた問題集をやる。
教科書の進み具合に合ったものをやらないといけないから、サボっているとどんどん溜まっていって危ない。ので、先にやることにしている。
トラがいれば分からない所を教えてもらったりするけど、今日はいない。
トラはどうも空気を読んでいるみたいで、ほしゆきさんがお休みの日を私が事前に話してあると、その日は夜に来ることが多い。
だから多分、今日も夜に来るんだと思う。
全教科分の問題集をやるとけっこう時間がかかる。
終わるのはだいたいお昼くらいになってしまう。
いつもほしゆきさんが用意してくれたお昼ごはんを食べるんだけど、実は今日は、私も作るのを手伝った。
と言っても、ちょっと切ったり盛り付けたりしたくらいだけど。
明日の朝も手伝って、ほしゆきさんにお弁当を作ってあげたいと思っている。
せっかく私のお昼ごはんを作ってくれてるんだから、一緒にお弁当も作った方が効率がいいと思うから。
お昼ごはんを食べた後もやる気が残っていれば勉強をする。
残ってなければ遊ぶ。
トラがいれば、一緒に色々なことをして遊べるんだけど。
かるたはそこそこ覚えてきたから、トラとも勝負できるようになってきた。
まだ手加減してもらわないと全然勝てないけど。
競技かるたの本を読んで、ルール通りにやってみると、その難しさが分かる。
上の句で取るのが当たり前、っていうか、まずそれができないと試合にならない。
本当は上の句の最初の何文字かで下の句が確定するから、そこで取るんだって。
まだ私には、そこまでは難しすぎる。
だから今は、競技かるたごっこだ。
それっぽく並べて、雰囲気でやる。
それでも十分楽しい。
たまにほしゆきさんとやると、もう私の方がずっと強い。
ほしゆきさん、上の句で取れないから。
私もまだ取れないやつもあるけど……
ちゃんと覚えていけば、ちゃんと強くなれるのが楽しい。
ほしゆきさんも覚えてって言ったけど、あんまり乗り気じゃないみたいだった。
大人になると暗記が難しくなるんだって。
でも、それは言い訳だと思う。
ほしゆきさんもあの漫画を読んだなら、分かると思うんだけどな。
今日は一人なので、漫画を読む。
ほしゆきさん、本屋さんで働いているから小説をたくさん読むのかと思ったけど、ダンボール箱の中は漫画ばっかりだ。
どうしてだろうと思って前に聞いてみたら、今は電子書籍を買ってるんだって。
漫画は昔集めていたもので、今はもう紙の本では買ってないみたい。
でも時々、漫画だけじゃなくて小説も入っている。
元々私はパパの本を読ませてもらっていたから、小説も普通に読める。
ていうか、この家に来て初めて、ちゃんと漫画を読んだくらいだ。
パパは文字ばっかりのやつしか買っていなかったし、ママは漫画は駄目って言って、買ってくれなかったから。
友達の家に遊びに行ってちょっと漫画を見せてもらうくらいで、それもお話がよく分からない途中からのやつだったから、あんまり面白さが分からなかった。
だから今、こんなにたくさん読んでいるのが不思議なくらい。
もちろん、小説は小説で好きだ。
頭の中で想像するぶん、漫画より深く物語の中に入り込める気がする。
でもほしゆきさんが持っている小説は、なんていうか、軽いものが多い。
さっと読めてしまう。
でも、この間読んだやつは最後がすごく悲しいお話で、ちょっと泣いてしまった。
ああいう不意打ちがあるから、小説はあなどれない。
メガネを作ってもらったおかげか、読む速度が上がったみたいで、ダンボールの中の漫画はすぐに全部読み終わってしまった。
他に読むものはないかなとダンボールの底をもう一度見てみると、隅っこの方に小さい小説が入っていたので、それを最後に読むことにした。
それは、さっきまで読んでいた漫画とは全然違って、女の人が普通に生活をしている様子を丁寧に描いているだけみたいな小説だった。
普通にご飯を食べて、散歩をして、景色を見る。
友達と喋って、買い物をして、夏の雨のにおいをかぐ。
血の繋がらない家族がいて、色々なことを考えて、短く言葉を交わす。
大きな事件が起きる訳じゃない。
でも、主人公と同じ速度で心が動いていく。
不思議な小説だった。
ふと気付くと残りのページがなくなっていた。
変に中途半端な所で終わったなと思ったら、本の背表紙に(上)と書いてあった。
上下巻だったらしい。
こうなると、続きが気になって仕方がなくなってきた。
妹とは仲直りできたのか。
友達はどこに行ってしまったのか。
続きが読みたくて、他のことが手につかなくなってしまった。
押し入れをそっと開けてみる。
下の段に、同じサイズのダンボール箱がたくさん詰め込まれている。
勝手に開ちゃ駄目とは、言われていない。
今まではなんとなく、遠慮するような気持ちもあって、ほしゆきさんが出してくれる箱の中身にだけ手を付けていたけど。
下巻を探すだけなら……いいよね?
そもそも上巻と下巻を別の箱に入れる方が悪いんだし……
私はそんな風に言い訳しながら、ダンボール箱を引っ張り出した。
手前のは以前に読み終えたものばかりだから、奥の方から適当に出してみる。
箱を開けると、サイズの違う小説がたくさん入っていた。
漫画は入っていないから、小説は小説でまとめようとしていたのかな。
一冊ずつ小説を箱の外に出して、底の方も確認しようとしたら、妙なことに気が付いた。
ダンボール箱の深さ的に、明らかに本を二段くらい重ねて入れてあるはずなのに、本を取り出してみると一段分しかない。
箱の底が浅い……?
違う、二重底になってるんだ。
箱の底のサイズぴったりに切ったダンボールが中に敷かれている。
これはひょっとして……
えっちな本を隠しているのでは?
うーん、と私はちょっとだけ考えた。
今までそういうものは、友達の家でしか見たことがなかった。
最近の少女漫画はそういうシーンが結構あるらしい。
だからママは漫画を買ってくれなかったのかもしれないなあ、と今では思う。
それはともかく。
別にどうしても見たいって訳じゃないけど、興味がない訳でもない。
ちょっとだけ見てすぐ元に戻せばバレないだろうし……
私はドキドキしながら、二重底を取り外した。
すると、クシャクシャの新聞紙がたくさん出てきた。
……この中に隠してあるのかな?
新聞紙を掘り出していくと、不意に手が、ずっしりと思い塊を持ち上げた。
なんだろう、これ。
玉ねぎの皮を剥がすように新聞紙を剥いでいく。
数枚の新聞紙が剥がれた所で、ズルッと脱皮するみたいに、中身が床に落ちた。
「ただいまー」
ゴトン。
床に落ちたそれが、大きな音を立てる。
黒色に鈍く光る、鉄の塊。
漫画や映画なんかによく出てくる、ある意味では見慣れた形。
拳銃だ。
それがおもちゃなんかじゃないことは、すぐに分かった。
慌ててそれに手を伸ばそうとする私を、戸を開けたほしゆきさんが、今まで見たことがないような顔で見ていたから。
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