第10話 岸辺百合香

 大きなショッピングセンターに来るのは、本当に久しぶりだった。

 開店したばかりで、あまり人がいない。

 メガネ屋さんに行くと、先に目の検査をしないといけないと言われた。

 目に風を吹き付けられる検査はびっくりしたけど、色々なものを見るのは思っていたよりも楽しかった。


 検査の結果、やっぱりメガネを作る必要があるくらいには視力が低いということがわかった。

 良かったような、良くないような、微妙な気分。

 でも今日はメガネを作りに来たんだから、メガネ必要ないよと言われても困るので良かったと思うことにする。


 メガネは私が選んでいいとほしゆきさんに言われたので、真剣に選ぶことにした。

 色々な種類がたくさんあって迷う。

 可愛いのがいいなと思って探していたけど、いくつか試着しているうちにちょっと思いついたことがあった。


 今までメガネなんてかけたことがなかったから、もしママがメガネをかけている私を見たとしても、わからないかもしれない。

 警察の人に私の写真を見せていたとしても、別人みたいなメガネをかけていたら探しにくくなるかも。


 そう考えた私は可愛いメガネを探すのをやめて、ぐっと顔の印象が変わるようなメガネを探すことにした。

 色々試着してみた結果、縁が太くて真っ黒なフレームがちょうど良さそうだった。

 鏡の中でこちらを見ている私は、知らない子みたいに見えた。


「これにする」

「へえ、ちょっと意外だけど似合ってるね。可愛いよ」

「そうかな?」


 ほしゆきさんはそう言ってくれるけど、本当はもっと可愛いやつも欲しかった……けど私が捕まっちゃったら意味ないし。しょうがない。

 そう思っていたら、店員さんと話していたほしゆきさんが、もう一つ買ってくれると言った。

 よくわからないけど、二つ一緒に買うとお得なんだって。


「もう一つはどうする? 自分で選ぶ?」

「うーん……」


 いくつかいいなと思ったのはある。

 でもたぶん、どれか一つに絞り込むことはできなさそう。

 それに、さっきの「どうする?」の感じは、ほしゆきさんも私に似合いそうなのをもう選んでくれているっぽかった。

 私は私の考えで選んだから、もう一つはほしゆきさんにお任せしようかな。


「おじさんが選んで」

「お、オッケー」


 おじさんって呼ぶたびにダメージを受けるのはちょっとかわいそうだ。

 大丈夫、まだおじさんじゃないよと心の中で励ましておく。


「これ、どうかな? 嫌なら別のにするけど」


 ほしゆきさんが持ってきたのは、縁のないメガネだった。

 耳にかける部分がオレンジとピンクで、けっこう可愛い。


「いいと思う」


 私が選んだのと対照的で、面白いと思った。

 ほしゆきさん、こういうのかけた子が好きなのかな。


 フレームを選んだら後はレンズをはめ込むだけかと思ったけど、色々調整しないといけないらしくて、出来上がるまで二時間くらいかかると言われた。


「二時間か……どうする? ちょっと買い物してく?」

「うんっ」


 時間つぶしに色々なフロアを回ってみようかというほしゆきさんの提案に、私は思わず大きな声で返事をしてしまった。

 せっかく作ったメガネは今日中に受け取りたいし、知らないお店を見て歩くのは好きだったので、急にわくわくしてきたのだ。


 上の階に行くと、映画館と喫茶店があった。

 何か映画でも見ていく? と聞かれたけど、あまり興味がわかなかったのでやめておいた。

 お洋服売り場では、ワンピースタイプのパジャマが可愛くて見ていたら、買ってあげようか? と聞かれた。

 ちょっと悩んだけど、今あるので大丈夫って言っておいた。


 お昼が近くなってきたからか、お客さんがだんだん増えてきた。

 すれ違う人の中には、私と同じくらいの背の子もいる。

 今日は平日なのに学校はどうしたんだろうと思ったけど、それは私も同じなので、きっとみんな色々あるのだろう。


 ちょうど私に似た女の子がお父さんと手をつないで、私たちの目の前を通り過ぎていった。

 それを見ていたほしゆきさんが、ちらりと私に視線を送ってくる。


 なんだろう?


 私もその親子連れを見てみる。

 女の子は楽しそうに話しながら、お父さんの腕に体ごとくっつくみたいに寄りかかったり離れたりしている。

 二人の間でつながれたままの手が、バンジージャンプの命綱みたいに伸びたり縮んだりする。


 ……そういうことか。


 本当の親子はあれくらい仲良くしていないと不自然なんだ。

 まあ、今の私たちは親子の設定じゃないけど……でも、ある程度は距離が近い方がそれっぽいはず。

 ほしゆきさんはたぶん、そういうことを言いたかったんだろう。


 私は、こころえましたという気持ちで頷くと、ほしゆきさんの右手を握った。


 ほしゆきさんはびっくりしたような顔で私を見てきた。

 手にもじんわりと汗が浮かんでいる。

 私の左手の傷はもう、あの変な絆創膏のおかげですっかり治っていたので、ほしゆきさんの手の感覚が全部伝わってくる。

 私はそれに気付かないふりをして、澄ました顔でほしゆきさんを引っ張って歩く。

 ほら、ほしゆきさんももっと自然にしないと、と目で訴えながら。


 ようやくほしゆきさんもわかってくれたのか、そっと私の手を握り返して、何気ない会話をしながら自然に歩き始めた。

 さすが大人だ、と思った。嘘をつくのがうまい。


 手をつないだままエスカレーターに乗って、次のフロアに向かった。

 昔は片側をあけて乗るのがマナーだったらしいけど、エスカレーターを歩くのは危ないし、機械にも良くないからやめるようになったんだって、ほしゆきさんが教えてくれた。

 昔は正しいと思われていたことが、時間が経つにつれてそうでなくなることがあるんだよ、とほしゆきさんは何か思うところがあるみたいに言っていた。

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