第7話 隠された地雷
全員分の面接が終わり、
「
「白戸さん、来週もよろしくみゃ~!」
「ちょっと
「ん?
「ちょ、ちょちょちょちょ、そそそそそ、そんなんじゃないし!」
「絵馬、白戸さんは
「すす、卓も、冷静につっこまない! し、失礼しまひゅっ!」
「噛んだ」
「噛んでない!」
3人は冗談を言い合いながらフロアを出て行く。
地方から来ている有栖と卓に、絵馬がおすすめのディナーを紹介するらしい。
大喜びで甘えようとする有栖、それをあやす絵馬と卓は、まるで親子のようだ。
白戸は3人を笑顔で送り出すと、自席に戻ってPCに向かい合う。
引き直したスケジュールを
一通り目処がついた頃には、夜の10時のを過ぎており、編集部の中には自分一人となっていた。妻には、「夕食は別ヽ(ΦωΦ)ノ」とLINEを送っている。
白戸は伸びをしてから首と肩を回し、大きく深呼吸した。
自分の見込み違いで、欠員二名。
初週で二人も脱落者が出たのは、つつかれるだろうな。
だけど、
白戸はキーを叩いて、ある書名で検索をかける。
すぐに大手通販サイトの販売ページが出てきた。
────
第40回黄昏賞受賞作『バミューダトライアングル殺人事件』
平均レビュー:3.1/5点(132件)
最も参考になったレビュー:
「密告フェスの再来。なぜこれが受賞作」
────
白戸はごくりとつばを飲み込む。
ゆっくりとページを下にスクロールする。
潜れど潜れど、低評価と怒りの感想をぶちまけたレビューが途絶えることはない。そして、低評価のレビューほど「参考になった」票を入れている数が多い。評価平均3.1は、大荒れと言ってもいいほどの評価だ。
白戸は息を
――――
第41回黄昏賞受賞作『チュパカブラ連続殺人事件』
平均レビュー:2.8/5点(92件)
最も参考になったレビュー:
「超かくれんぼ級。嘘だと言ってくれ
――――
「ひどい」「持ち上げて宣伝した関係者すべてを恨む」「二度と黄昏賞は買わない」「星月社やばいのでは」「黄昏賞が黄昏れてる」「一番やってほしくなかった犯人」「アリバイ崩しは何だったのか」「テーマはともかく文章が死んでる。砂を飲まされるような文章」「復讐のキング・チュパカブラがドア叩いてるのに、100ページの推理ショー始めないで」「100ページも頑張ってドアを叩き割ったキング・チュパカブラさんの努力だけが見所」「登場する女性キャラのメンタリティが昭和すぎて、差別的だと感じました」「ギャグシーンとして書かれている箇所(?)がいじめシーンに見えて、全然笑えなかった。いじめを見せられて、面白いだろと言われ続けた気分」「主人公の会話のノリがうざくて辛かった。こんなに、終始ハイテンションの人間っていますか? 漫画みたいでした」「チュパカブラの描写が甘い。ちゃんと捕獲してから書いてほしい」……
記録的な低評価。
わ か る
「白戸ォ」
「はっ!?」
文芸編集部の入り口に、
そして、去年・一昨年と、黄昏賞の下読みインターンの指導員を任された人物だった。
「なんや貴様……まるで去年と一昨年の黄昏賞のレビュー見て、『わかる』って言いたそうな顔しとったぞ」
なんて
白戸は顔に笑顔を貼り付けて応じる。
「まさかまさか。バミューダトライアングルも、チュパカブラもいい作品ですよ。選考委員の先生たちが選んだのですから」
「……貴様。それ、嫌味で言うとんのか?」
「とんでもない。僕は去年まで黄昏賞の外にいましたから、選考過程に口を
「じゃあ本心で言うとんのか。編集者の眼に賭けて言えや」
滑川が、全身から
次の一言、冗談では済まさんぞ――
社会人の基本は「何でも
だが、
そして、企画会議などの場では、作家も編集者も社会人らしからぬほど審美眼を戦わせる。それが求められるし、それを避けて
滑川は今、昨年・一昨年の黄昏賞受賞作に対する、白戸の認識を問うていた。
「……」
「俺たちしかおらん。あ? これでも白戸クンはお利口さんか?」
……その手には乗らない。
ここで素直に「チュパカブラはつまらないです」とでも言えば、それは大きな隙を
「……まあ、去年も一昨年も、碇先生の新刊の方が面白かったですね」
「ケッ……うまいこと言いよる」
その通りだよ――
滑川はそう
「
「服が煙草臭くなるの、嫌なんですよねえ」
「
「わかりましたよ。滑川さんには、聞きたいこともありますから」
二人は、編集部の隅に作られた喫煙室に移動した。
オオオ……と大型の換気扇が、うなり声を上げて回っている。
煙草を吸う人間にとっては憩いの場所らしいが、吸わない白戸にとっては居心地の悪いガス室だ。
白戸は、滑川が
「滑川さん。昨年と一昨年って……本当に無かったんですか? バミューダやチュパカブラを超える作品」
「いきなりやな」
「さっき、編集者の眼に賭けて答えましたからね」
だからお返しだ、そちらも包み隠さず話せと、白戸は言外で語る。
滑川は再び煙を吸い込んで吐き、言った。
「……
「では、なぜ……」
「ふん、やらしい小僧や。わざわざ、俺の口から言わせようとする。目ざといお前のことや、単行本の巻末選評は読んどるやろ。アタリはついとるくせに」
「……」
「お前が『嫌な予感』を持ってるとしたら、それは当たっとるぞ」
「ということは……」
「一度しか言わんからよう聞け。
巻末選評には載ってない、最終選考の具体的な
バミューダの年は
1234
澤麦 ○○△△
尾形 ○△△△
蜀 △△△×
赤池 ××◎○
チュパカブラの年は
1234
澤麦 ○○△△
尾形 △△××
蜀 △△△×
赤池 ××◎○
……以上や」
暗号のようなそれを、白戸は脳内でリストに組み上げた。
各回の最終選考に残った4作品を、選考委員の作家4人がどう評価したかという表だ。
審美眼について定評のある
常に厳しくつける
1つを選ぶことに消極的な
この3人は、誰もが認める文芸界の中年エース3人だ。
そして……
かつて一時代を築いた、大御所の
「わかるやろ。バミューダ-もチュパカブラも、3の列や」
白戸は
中年作家3人の意見は、バミューダ、チュパカブラは低評価で一致している。
第40回も第41回も、三人が推しているのは1か2の作品なのだ。
だが、赤池先生だけが3を絶賛して、わずかな点差で黄昏賞となったのだ。
その事実が示すところは、一つ。
あの赤池先生が――
赤池先生は――
もう完全にズレてしまっている――
「まさか、そこまでとは……」
地獄やろ? と、滑川は煙草の火を消しながら言う。
「赤池先生はかつて一時代を作った人……知名度だけで言えば他の3人よりもずっと大御所や。しかも今年、8年ぶりに新刊を出される。それも、ありがたいことにうちからや。……恥をかかせるようなことはできんで。今年は特にな」
絶望やろ? と滑川は言って、クックックと笑った。
「第一、赤池大先生は関谷編集長の若かりし頃からの相棒や。作家と編集者以上に、ありゃ友情というか
な? おしまいやろ?
「白黒はっきりつく場は、サラリーマンは嫌やなぁ。そんな切った張った、作家先生だけで充分よなぁ。成功も失敗もなくのらりくらりしとけば、立場は上がっても落ちはせん。次期編集長とか言われとった俺も、たった2年のうちに転がり落ちて、今じゃ
滑川は死神のようにそう告げると、背を丸めて喫煙室を出て行った。
骸骨に薄皮をつけたような禿頭が、電灯に照らされて
狂った計器……
今年の黄昏賞、 思っていたよりもやばい――
立ち尽くす白戸の耳に、換気扇のうなり声が重たく響いていた。
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