第161話 変
オーク族がミッドランド連合王国から脱退し、難民の中から定住を希望する者たちが加わったことで各種族の人口構成は大きく変動した。
それに加えて魔将ザーンドラの侵攻後も、ミッドランド連合王国建国の話を故郷に戻った難民たちから聞きつけて、魔境域中から定住希望者たちが毎日のように集まってきている。
クロードは、魔将マヌードの寄生による侵略を警戒して、入都の際の審査と国民証の発行を徹底させた。入国の際得られた情報と各種族長からの調査報告書及び帳票を使って戸籍簿を作成をし、ミッドランド連合王国内の人口の実数の把握や政策立案に生かそうと考えた。
今把握している状況では、首都アステリアは人口約一万人。
各種族から上がってきた報告によると、人口の内訳は次の通りだった。
闇エルフ族、千百二十六人。
狼頭族、三千百四十四人。
猫尾族、千九百七十八人。
闇ドワーフ族、八百十三人。
ドワーフ族、二百十二人。
夜魔族、百九十四人
竜人族、八百三人。
闇ホビット族、千三百三十一人。
鳥人族、百十二人。
鬼人族、八十五人。
人族、五百二十二人。
その他種族、百二十七人。
これは各種族からの報告による数字なので、日々増え続けている実際の人口とは多少異なるかもしれないが、政策を考える上では十分に役に立つ。
戸籍簿の整備が進めば、もっと確かな数字がわかることだろう。
当初百人に満たなかった闇エルフ族だったが、難民の中にオイゲン老やテーオドアとは異なる六氏族が含まれており、にわかに十倍以上になった。
闇エルフ族は、十三あったエルフ族の氏族の中で、創世神ルオネラの側に着いた七氏族で、世界を二分する神々の大戦の敗北後に、謎の身体的変化が起こった者たちである。エルフ族であるオルフィリアと比べると、肌、髪、瞳の色が異なっており、一目で区別ができてしまう。
クロードが心配しているのは多種多様な種族たちの外見上の差異が引き起こすかもしれない諸問題についてだった。前の世界でも、肌の色や信じている宗教や文化の違いで人間は争い、命を奪い合っていた。
今この首都アステリアにいる種族たちを見てみると、人族とは見た目からしてかけ離れているものも多い。共通の敵があるうちは団結し、問題が見えにくいが、平時には種族間の争いや摩擦が起こり得るのではないか。
今は亡きオイゲンが進めていた政策の中に刑法の制定もあったが、法による縛り以外にも、多種多様な種族が集うミッドランド連合王国ならではの、道徳や価値観、互いの違いを理解し合うようにする仕組みのようなものが必要ではないのだろうか。
彼らの善性を信じ、自然な流れでそういう文化が醸成されるのを待つという考え方もあると思うし、思想を統一しようという考え方は危険である気もする。
どうすればよいか。
クロードは大量の政務に関する書類で占領されつつある執務机を眺めながら、ため息をついた。あまり一つの政策にこだわっているとすべてが停滞してしまう。もっと要領よくやらなければと反省しているとリタがやってきた。
「ずいぶん煮詰まっているみたいだし、休憩にしましょ」
どうやら何か飲み物を持ってきてくれたようだ。
グラスを手に取るとよく冷えていて、表面には結露ができていた。
応接用のテーブルに移動し、飲み物に口をつけると憶えのある爽やかな柑橘類の風味があった。確か、魔境域外で何度か飲んだワクラムだ。オルフィリアと飲んだものよりも濃く、おそらく水と半々くらいの比率で割った感じだった。
「クロードが魔境域外から購入してきてくれた食料品の中にあったんだけど、はまっちゃって、最近こればっかり飲んでいるの」
リタは自分のグラスの冷え方が物足りなかったのか、指先から魔力で作った凍気を送り込みながら、嬉しそうに言った。どうやら、今日はかなりご機嫌らしく、表情が明るい。
「私って、ほら、魔境域外に出れない身体でしょう。こういう外の世界からくる珍しい物に触れられるのが本当にうれしい。クロード、本当にありがとう」
彼女の背中にかけられた呪いの話を聞いてからというもの、時折見せる暗鬱な表情が気になっていたので、こういう屈託のない笑顔は素直に嬉しい。
しばらくの間、他愛のない会話を楽しみ、心なしか気分が晴れた気がしたので、彼女に礼を言い、政務を再開しようとすると、突然彼女から予想外の提案がなされた。
「ねえ、デスクワーク続きでストレス溜まってない?もし良かったら、ひと暴れして、ストレス発散したらどうかしら」
「ひと暴れ? 」
「そう、ひと暴れ。攻められてばっかりじゃ、後手後手でしょ。今度はこっちから攻めるの。魔将マヌードの隠れ家を」
先ほどまでの無邪気な様子とうって変わり、リタの顔には小悪魔的な微笑が浮かんでいた。
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