第156話 商人的好奇心

人当たりが良く、饒舌で陽気。酒が入れば楽器の演奏で皆を楽しませ、冗談で人を笑わせる。自分が知るヘルマンの印象はこのような感じだが、今見せている商売人としての顔は、また別の一面を持っていた。

相手の心の底を見透かし、値踏みするような冷静な眼。両手の長い指を机の上で組み、試案深げな表情を浮かべている。


「クロードさん、まずはどのような物が入用でしょうか。取引の量はいかほどですか。店先ではなく私に直接話されるのだから、何か事情がおありなのでしょう」


何から話すべきか迷ったが、まずは相手の誘導に従って進めていくことにしよう。

こうした取引は初めて経験するし、余計なことを言ってボロを出したくはない。


「食料。主食として食べられる穀類で備蓄できるものだとなお良い。量はレーム商会が用意できるだけ全部買いたい。他にも農具、斧や鉈などの伐採に使う道具、材木、石材……」


「ちょっとお待ちください。クロードさん、貿易商にでもなったんですか? 何かの悪い冗談じゃないですよね。それだけの量の物資をどこに持っていくというんですか」


「魔境域って言ったら、信じてもらえるかな」


「魔境域ですって。正気ですか。命がいくつあっても足りない。輸送の費用だっていくらかかると思ってるんですか」


「輸送は自分たちでするから考えなくていい。とにかく用意できるだけの大量の物資が必要なんだ」


ヘルマンの表情が硬直し、しばしの沈黙が訪れた。


「ははあ、そうか。クロードさん、人が悪い。取引する気なんかないんでしょう。これはそして……、何かの悪い冗談だ」


ヘルマンは席を立とうとしたが、クロードが目の前のテーブルに大きな革袋を一つ置いたのを見て、再び席に着いた。


「何ですか? これは」


「中を見て欲しい。この中身と同じものを数えきれないほど持っている」


ヘルマンは恐る恐る革袋の中身をのぞき込み、息を飲んだ。

中身を卓上に開けると中から、大量の金貨と魔銀ミスリルでできた硬貨が小気味のいい音を立てて出てきた。マテラ渓谷の遺跡群で発掘した異なる文明の硬貨だ。


「こ、これ……本物ですか」


「ヘルマンさん、あと少しだけ俺に時間をくれませんか。絶対に損はさせません」


クロードの言葉にヘルマンは黙ってうなずいた。

ヘルマンの顔は紅潮して、目には輝きが増したように見えた。



クロードは≪次元回廊≫を使い、ヘルマンを魔境域にあるイシュリーン城に連れてきた。途中、小高い丘やテーオドーアの里のある岩山など複数の地点を経由したが、王都からこのイシュリーン城に来るまでにかかった時間はほんのわずかだ。

まるで近所の家に住む友人を訪ねるような気やすさで行き来できる。


クロードはヘルマンを連れて、イシュリーン城周辺を案内した。

現在、オイゲン老の遺した首都建造計画図の沿った区画整理が行われており、大挙して詰めかけた難民たちの力も借りて、不要な樹木の伐採や地ならしが行われていた。

この労役に参加した者には、住居地区に無償で家が与えられる約束になっており、さらに食事の提供がなされている。

大挙して集まった難民たちの中には、脅威が去った西方の地に帰る者もいたが、ミッドランド連合王国の構想に賛意を示し、この土地に移住を決意した者もかなり多くいた。


ヘルマンは人族以外の言わば亜人種をあまり見たことがなかったのか、はじめは随分と怯えていたが、それらの者たちとクロードが気軽に話す姿を見て、ようやく落ち着いたようだ。≪次元回廊≫についても、どういう仕組みになっているのか、クロードは魔道士なのかと矢継ぎ早に質問を投げかけてきて、いつもの調子に戻ったようだ。

商人特有の好奇心の強さで、何か少し変わったものがあるとオルフィリアたちに質問し、メモを取ったりしている。


「いや~、オルフィリアさん。クロードさんは一体、何者なんですか? こんな離れた場所を一瞬で移動できるなんて、普通の人間には無理ですよ。彼は神の御使みつかいかなんかなんですか。あなたはいつから、このことをご存じで? 平然としてますが怖くはないんですか。ここは魔境域なんですよ」


「気持ちはわかるわ。落ち着いて。でもクロードは出会ったころからちょっと普通じゃなかったわよ。初めて会った時も全裸だったし、戦い慣れていないように見えるのに、異様に強かったり。ここでの暮らしもそうだけど、普通じゃないことになれてしまったわ」


「全裸? 全裸というのは?」


二人のやり取りを聞いて吹き出しそうになってしまった。

良からぬ方向に話が行きそうだったので、話を変える。


クロードは、この地にブロフォストに匹敵する首都を建造したい考えであること、そして行きがかり上、この新しい国の王になってしまったことなどを城に戻る道すがら説明した。



イシュリーン城に戻ると自らが居住スペースに使っている四階の応接室にヘルマンを案内し、給仕のリーンが入れてくれた薬草茶を飲みながら、商談を再開した。

ヘルマンは薬草茶にも興味を示し、これは特産品として王都でも売れるのではないかなどと呟いた。


「クロードさん、あなたがなさろうとしていることは理解できました。いや、頭の中は酷く混乱しているんですが、この目で見てしまった以上、受け入れるしかない。誰もが恐れる≪魔境域≫の中に、これだけの人々が住み、国が興っている。しかも、あなたは不思議な力で、王都とこの辺境を一瞬で行き来できる。こんな話をしてもおそらく誰も信じてはくれないでしょうが、私は自分の目で見て、この状況にとてつもない利を感じてしまった。ぜひ、私も一枚かませてください」


ヘルマンはクロードの手を取り、熱意のこもった様子で言った。


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