第149話 無力感
背が高く華奢な男だった。
体の線がゆったりとした司教服に覆われているにもかかわらず、そのように感じさせるのは袖から覗かせる手首の細さと長い指のせいだろうか。傍らに立つザームエルの体と比べると体の厚みが違う。
武技を用いて戦うタイプではなく、バル・タザルやオイゲン老のような魔道士あるいは、文官を思わせる体つきだった。
どのような能力を持っているのかわからないが、城内の全ての人間を眠らせている謎の現象を考えてみても油断はできない。
「おいおい、随分と警戒しているじゃないか。私は君を殺しに来たわけじゃない。平和的に話し合いに来たんだよ。その証拠に、ほら」
男が両の掌をおどけた様にひらひらさせると≪虚無の鎖≫に似た魔力ともどこか異なる縄状のエネルギーが消え、オイゲン老たちの体が床に落ちた。
クロードはオイゲン老に駆け寄ると抱き起し、胴体の傷の様子を見た。
傷は深く、腹部を貫通していた。
呼吸が荒く、手足が冷たい。
早く手当をしなければ、相当危険な状態に思われた。
オルフィリアや他の者たちの様子も確かめたいが、目の前の脅威を遠ざけなければ、それすらできない。
「おっと、気を悪くするなよ。君の忠犬たちが、きゃんきゃんうるさいから、大人しくしてもらっただけで。まあ、少しばかり魔力を吸わせていただいたがね」
何が面白いのか、口元をゆがめ、皮肉めいた笑みを常に浮かべている。
声は若く、どこか聞き覚えがあった。
「お前とそこに立っている男は何者だ」
「おっと、自己紹介がまだだった。私のことは、そうだね……大魔司教とでも呼んでくれたまえ。ちなみに連れの男はとっても紛らわしいが元ザームエルのマヌード君だ。何人目のマヌード君かはちょっとわからないけどね。ザームエルは、誰かさんにさんざんやられて、体の半分近くを失っていたからね。お友達のマヌード君に修復してもらって、リサイクルしたというわけだ」
大魔司教。
リタの話では、多くの命を供物として捧げ、≪異界渡り≫を召喚し続けている元凶のような男だ。何の目的があり、そのようなことを続けているのかわからないが、少なくとも善人ではなさそうだ。
その語り、その仕草を見ても司教というより道化のようだし、何より人の心をいらだたせる何かをその身に漂わせているようだった。
≪三界≫という不思議な場所で出会ったルオの言葉が真実であるならば、自分をこの世界に召喚したのは目の前のこの男ということらしい。そして、かつて名乗っていた名が確かデミューゴス。そういえば、あの場所に出現した巨大な仮面と目の前の男がつけている仮面は装飾が一致している。訳も分からずこの世界に連れてこられてから今日までの自分の身に起きた全ての事柄の核心まで手が届くところまできたとも言えるかもしれない。
「クロード君、仲よくしよう。私は君を評価している。この扱いにくい魔境域の者たちをこの短期間で束ね上げた手腕は素晴らしい。頑固者のオイゲンすら飼いならしてみせた。ほら見たまえ、そこら中焼け焦げているだろう。最後まで私に服従することを拒み、さんざん無駄な抵抗をするもんだからその爺様には少々躾をしてやったよ」
大魔司教は口元に手を当て、奇妙な笑い声をあげた。
いちいち芝居がかっていて、気に障る。
オイゲンの顔を見ると血の気がなく、意識がもうろうとしているように見えた。
少しでも出血を止めようと左手で傷口を押さえた。
生温かい感触が手に伝わり、掌を見ると血で染まっていた。
誰か。意識があるものが、どこかにいないだろうか。
癒しの魔道を使える術者はいないのだろうか。
膨大な魔力を持っていても自分にはどうやったら、オイゲンを救えるのか見当もつかなかった。
俺には誰も救えない。ヅォンガの時同様、俺は本当に無力だ。
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