第77話 分割統治

「目的のすべてを成し遂げた後、貴方はどうされるおつもりか」


オイゲン老はクロードの方に向き直り、問いかけてきた。


「皆さんの暮らしを乱すつもりはありません。去るつもりでいます」


「なるほど、去る。それでは、貴方の望みはひとつとして叶いますまい。貴方は我々が置かれている状況を知らなすぎる。もし話の通り、ザームエルが死んでいるのなら、この城は間もなく戦火にさらされるか、放棄されることでしょう。そうなればテーオドーアの里もただではすまないし、貴方も悠長に調べ物などしてはいられない。ましてや庇護する者を失った家畜人間などは、この過酷な≪魔境の森≫で生きていくことなど不可能でしょう」


オイゲン老の話によれば、魔境の森は三人の魔将によって分割統治されており、ザームエルの不在が知られた時点で、他の二人の魔将の侵攻を受けることになる。他の二人の魔将は、ザームエルと大きく異なり、領土の運営や支配などには興味がなく、そこに暮らす者たちの命もルオネラに捧げる供物としか考えてはいないのだという。


「ザームエルは暴君でしたが、少なくとも条件付きでの我らの生存を認め、庇護する存在ではあったのです。彼は城を中心としたこの辺り一帯を『箱庭』と称し、そこに住む種族を観察して楽しむ嗜好があった。不興を買わず、従ってさえいれば、一族を根こそぎ滅ぼされることはない。ザームエル無しでは、我らはその生を繋ぎとめることすら叶わなかったのです」


オイゲン老は、話し終えると深い溜息を吐いた。


なるほど、正当防衛だったとはいえ、ザームエルを倒したことが、この≪魔境の森≫に住まうすべての種族に多大な影響を与えてしまったらしい。


「ほかの二人の魔将とかいう人たちとは話し合いで解決とかできないのですか」


「無理よ、無理。ザームエルも頭おかしかったけど、あとの二人はもっとヤバいんだから。一人はルオネラが死ねと言ったら死ぬような奴だし、もう一人は残虐なサイコ野郎だよ」


リタが再びクロードの左腕に抱き着きながら、顔を覗き込んで言った。

形のいい小さな唇をとがらせ、大きな赤い目で自分の目の中を覗き込んでくる。

真面目な話をしているので、少し離れていてほしいし、さっきから柔らかいものが腕に当たるので気になってしょうがない。


オイゲン老が強く咳払いをすると、リタは軽く舌を出して、左腕から離れた。


これまでのやり取りをみると、この場の誰よりも、オイゲン老が発言権を持ち、そして影響力を持っているのは明らかだ。「皆が一目も二目も置いている」とヅォンガも言っていた。

このオイゲン老を納得させ、協力してもらうことが、この場において無駄な流血を避けるには必須だと思われた。


「オイゲン老、逆に教えていただきたい。あなたはどうするのが最善の方法だと思いますか。俺はどうすればいいのでしょうか」


クロードの問いにオイゲン老は少し困った様子を見せたが、しばしの沈黙の後、重々しい口を開いた。




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