第70話 猪頭騎士
クロードが林道に飛び出すと、先頭にいたイノシシの様な顔の騎士が、後続の部隊を手で静止した。
「キサマ、何者ダ。家畜人間ノヨウダガ」
カタコトだが確かにこの世界の人族が使っている言葉だ。『家畜人間』という単語に違和感を覚えるが、どういう意味だろう。
「今の家畜人間というのは聞き捨てならない。だから、お前たちを皆殺しにすることにした。殺されたくなければ、今来た道を引き返せ。さもなければ血の雨が降るぞ」
クロードは少しでも威圧できるように大きな声で言い放つ。
セリフだけ聞いたら、かなりヤバい奴だ。
ザームエルあたりを参考にして、道で出会ったら引き返したくなるようなキャラ設定を自分なりに考えて演じてみた。
ただ問題は俺の下手な演技だった。セリフが少し棒読みに近くなってしまったし、声も上ずってしまった。役者とか目指したら、きっと一生芽が出ないレベルの才能だと我ながら思った。
顔が赤くなるのを感じる。
映画の撮影とかだったら、もうワンテイクやり直させてほしい。
「コノ人数ヲ相手ニ、イイ度胸ダ」
猪頭騎士とその配下たちから強い敵意が噴き出してくるのを感じた。
少しでも流血を減らせればと思い、無理をしてみたが失敗に終わったようだ。
猪頭騎士は、傍らの同じような顔をした歩兵たちと顔を見合わせた後、下卑た笑みを浮かべた。
そして、間髪入れずに一斉に歩兵たちが唸り声を発し、迫ってきた。
歩兵たちの動きは思ったより訓練されており、無駄が少ない。
コンビネーションが取れており、クロードの死角を突き、多人数の利点を生かそうとしてきた。
クロードは、最初に飛びかかってきた相手を≪魔鉄鋼の長剣≫で袈裟切りにすると、そのままかかってきた順に斬り倒す。
一、二、三、四、五。
五匹。
手に伝わる感触はほとんど無く、切り裂く音だけを残して、肉を切り、骨を断った。
その切れ味の鋭さと手ごたえの無さに逆に驚いてしまったほどだった。
そして敵の動きがザームエルとの戦いの時よりもよく見えている感覚があった。
飛び散る血液の飛沫を躱せるほどに。
猪頭騎士はようやく事態の異常さに気が付いたのか部隊全体に号令をかける。
ゴブリンと豚の様な顔をした歩兵たちが一斉に飛びかかってくる。まさに人海戦術だ。
しがみつき、体重をかけて覆いかぶされば、身柄を拘束できるとでも思っているかのように、クロードに向かって群がってきた。
クロードは腰を深く、足腰に力を込めると、今持てる全身全霊で、横薙ぎに一閃した。
≪魔鉄鋼の長剣≫は、空気を切り裂き、鎧を切り裂き、肉を断ち、背骨ごとその剣の軌道にあるものの全てを両断し、吹き飛ばした。
クロードに迫っていた敵の第一陣は両断され、後続の歩兵たちにぶつかっていく。
分断された仲間の体をかき分けて迫る乱れた第二陣目の戦列に、素早い剣の切り返しで、もう一薙ぎ。
残された後続の歩兵たちの顔には恐怖の色が浮かび、足が止まってしまっている。
クロードとしても無駄な殺生は避けたかったが、初手を下手な演技で失敗してしまったので、もうどうしようもなかった。
何がいけなかったんだろう。
おそらくこれだけの敵を屠ってしまったので、≪恩寵≫は避けられないし、記憶も失われることになるかもしれない。
しかし、まったく手掛かりなしの状態から、核心にかなり迫れるかもしれない可能性が見えてきたのだ。ここでリスクを避けていてはきっと一生この世界に居続けなくてはいけないことになる気がした。
「待テ。タダノ家畜人間デナイノハワカッタ。腕モ立ツ。ザームエル様ニハ、俺カラ推挙シヨウ」
猪頭騎士が馬から降り、気持ちの悪い愛想笑いを浮かべて近づいて来た。
「ナドト、言ウト思ッタカァー」
猪頭騎士は、手に持った槍でクロードの顔面めがけて突いてきた。
クロードは槍の動線上から、わずかに頭部をずらし、顔の横を過ぎていった槍先の根元の部分を左手で掴んだ。そのまま力任せに槍を奪うと、間合いを詰め、猪頭騎士の左の首筋のあたりに長剣の先を寸止めした。
「ヒィ」
猪頭騎士は短く悲鳴を発し、両手を上げた。
「待て、殺さないでくれ」
人族の言葉ではない。今まで聞いたことがあるどの言語とも違う。
ノトンの町のギルドにあった本によると≪多種族言語理解≫のスキルは、「光の神々に生み出された種族の言語を広く理解できる」という効果だったはずだ。
どうみてもこの目の前の生き物は光の神々によって生み出されたようには見えない。
やはりバル・タザルが言っていたルオネラが万物の創造神だという話は真実味がある。ノトンの町のスキル解説書は、ロサリア教団の神話や教義に基づいて書かれているだけで、真実ではないのではないか。
里の人々も目の前の猪頭騎士たちも、創造神ルオネラと≪九柱の光の神々≫のどちらに味方するかが違っただけで、教義上の光だの闇だのに割り振られているだけではないのだろうか。
「この言葉がわかるか」
猪頭騎士が使っていた同じ言語で話しかけると、彼は過剰なほどに驚いた顔をした。
「俺たち『オーク』の言葉が話せるのか」
クロードは無言で頷くと話を続けた。
「ザームエルは、戻って来ていないだろう。奴は俺が倒した。奴より強い俺と戦って死ぬか。俺に従い、城へ案内するか選べ」
もちろん、はったりだ。
もし拒絶するようなら、このまま逃げていく兵を尾行し、城に潜入を試みよう。
「従う。ザームエルが死んだのであれば、これ以上奴に従う理由がない。たった今から俺たちはお前に従う」
猪頭騎士は手をすり合わせながら、首筋の刃を気にしながら首を何度も小さく縦に振った。
その目には恐怖の色が浮かんでおり、目の周りが微かに濡れている。
みるとゴブリンの生き残りはどこかに逃げ去っており、残っているのはオークの歩兵だけだった。
≪危険察知≫のスキルで確認しても敵意の様なものは感じられなくなっていた。
もし、裏切って敵意が感じられるようになったときは、その時考えよう。
クロードは猪頭騎士の首筋から長剣を下ろすと、鞘に納めた。
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