第53話 旅立ちの日

 そして一週間後、私達の旅立ちの日がやって来た……んだけど。


「「「「行ってらっしゃいませカコお嬢様」」」」


 使用人達全員お見送りってさすがにやり過ぎじゃない?


「気を付けるんだよカコ」


「はい、お義父様」


「カコちゃん、体に気を付けてね。そしてしっかり楽しんでらっしゃい」


「は、はいお義母様って言葉と行動が逆です!」


 お義母様は私の体をギュッと抱きしめると、そのまま屋敷に連れて行こうとする。


「母上、いい加減にしてください」


「あら、つい寂しくて」


 メイテナお義姉様に助けられて私は無事脱出する事が出来た。


「ほらほら、カコが行き辛くなるだろう? ここは笑顔で見送ってあげよう」


 いやお義父様。なんでそんな今生の別れみたいな空気なんですか。

 っと、そうだ。


「そうだお義父様。お義父様に渡すものがあったんでした」


いけないいけない、危うくアレを忘れるところだった。


「私に? 一体何だい?」


私は魔法の袋の中から一本の斧槍ハルバードを取り出し、お父様に手渡す。


「カコ、これ……は?」


「それは私が新しく仕入れた炎の魔斧槍マジックハルバードです。能力はシンプルに炎を放つ、です」


 そう、これはレイカッツ様に吹雪の魔剣を渡す際にお父様があまりにも悲しそうな顔をしていたので、代わりにと用意したものなのだ。

 流石にあんな顔されちゃあねぇ。


「っ!? カコ……」


 お父様は突然顔を上に向けると、目頭をつまんで何かに堪える様子を見せる。


「この斧槍は家宝にしよう……最高の台座を用意して我が家の宝物庫に飾ろう!!」


「いやいや、使ってくださいよ!」


 それは家宝にするような大したもんじゃないから! 

 普通に使ってってば!


「これを……使う。くぅ……だがカコがそこまで望むのなら!!」


 いやなんでそんな苦渋の決断みたいに……


「分かったよカコ。君が帰って来るまでにこの斧槍を完全に使いこなせるようになっておこう」


 重い重い、決意が重すぎる。もっと気楽でええんやで?

なお、この時の決意がお義父様に火をつけたのか、将来クシャク侯爵は別名火炎侯爵の名で勇名を馳せる事になる……とは今の私には知る由もなかったのだった。



「カコ、駅馬車には私から話を付けてある。メイテナの紹介で来たと言えば南都行きの馬車に乗せてもらえる」


 感極まって魔斧槍を天にかざしているお義父様を放置して、メイテナお義姉様は南都までの馬車の手配をしてくれていた事を教えてくれた。


「そんな事まで!? 何から何までありがとうございますお義姉様!」


 南に向かっていけばいいと思ってたから本当にありがたいよ!


「なぁに、可愛い義妹の為だ」


「じゃあ行ってきまーす!」


 ◆


 そうして私達は家族に見送られて屋敷を出ると、東都のはずれにある駅馬車のステーションにやって来た。

 ステーションを見ればそこらじゅうに馬車や馬の姿が見える。

 中には馬ではなく巨大な犬やトカゲ、それにダチョウの様な生き物の姿もある。


「すみませーん、メイテナという方の紹介でやってきたんですけど」


 とりあえず近くに居た駅員さんに話しかけてみる。


「ああ、アンタがそうかい。メイテナ様から話は聞いてるよ」


 この反応を見るに、メイテナお義姉様は私の素性を隠して頼んでくれたのかな?

 まぁ私も旅の間ずっと畏まられたら疲れるしね。


「アンタの乗る鳥馬車はこっちだよ。付いてきな」


「鳥馬車?」


 なんだか不思議な名前の馬車だね。どんな馬車だろう?


「ほら、あれがアンタの乗る馬車だよ」


 私は自分が乗る事になる鳥馬車とはどんな形なのだろうと顔を向ける。


「えっ? どこで……はぁっ!?」


 だがそこにあったのは、私の予想をはるかに上回る物だった。


「と、とり……?」


 そう、そこに馬車の代わりに巨大な鳥がいたのである。

 それも1メートルや2メートルではない。10メートルはあろうかという巨大鳥だ。


「でっか!!」


「ああ、あれがウチの目玉の鳥馬車さ」


 良く見れば鳥の傍には馬車の車体だけが見える。

 普通と違うのは、馬車の上に太い丸太みたいな棒が付きだしているところか。

 えっと、あの鳥が馬車を曳くて歩く……の? 鳥なのに?


「さぁさぁ早く乗ってくんな。アンタ以外の客は全員そろってるからさ」


「は、はい」


 どうやらメイテナお義姉様が用意してくれたのは相席の馬車のようだ。

 まぁ貸切りとかだったら間が持たなかっただろうからありがたいけど。


 中に入ると確かに言われた通りすでに席はほぼ埋まっていた。


「あの、こちらが空いていますよ」


「あっどうも」


 親切な女の人が手を挙げて教えてくれたおかげで、私は窓際の席に座ることが出来た。

 けどなんだか聞き覚えのある声だなぁ。

「それでは南都行き鳥馬車、発車しまーす」


 その言葉と同時に、馬車がガクンと揺れた。


「キャア!?」


「大丈夫ですよ、すぐに揺れは収まりますから」


 さっきの親切なお姉さんが私の体を押さえて椅子から落ちないようにしてくれる。

 そうしてそう時間もかからずお姉さんの言った通り馬車の揺れは収まった。


「ありがとうございます。それにしても凄く揺れる馬車なんですねぇ」


 正直メイテナお義姉様が用意してくれたとは思えない程乱暴な発進だ。


「その理由は窓の外を見ると分かりますよ」


「窓の外ですか?」


 その言葉に釣られて窓の外を見ると、外には広い大地が広がっていた。

 ただしその光景は何かがおかしい。


「え?」


「下をご覧ください。東都が一望出来ますよ」


「東都?」


 混乱しつつもお姉さんの言葉の通りに下を見れば、眼下には大きな町の姿があった。

 その光景に私はある推測が浮かぶ。


「こ、これってもしかして、私達……飛んでる?」


 そうだ、間違いなく私達は空を飛んでいた。

 つまり鳥馬車って言うのは鳥が馬車を曳くんじゃなくって……


「ええ、この鳥馬車は巨大な鳥が馬車を掴んで空を飛ぶ移動手段なのですよカコお嬢様」


「何ソレ凄過ぎ!!」


 そんなのまるで飛行機じゃん!

 ああそうか! あの馬車の上に突き出していた棒は鳥の足で掴むための棒なのか!


 私は空から見る地上の景色に夢中になる。

町だけじゃない。町を覆う壁の外を見れば遠くの草原で大きな魔物や不思議な獣の群れが走り回っているのが見える。

 地球でも飛行機に乗れば空から地上を見る事は出来ただろう。

だけどここは異世界の空。地球じゃ絶対に見る事の出来ない光景だ!


「凄い……まさかこんな光景がこの世界で見られるなんて……」


 本当に凄い。この空の旅を用意してくれたメイテナお義姉様に感謝しないと。


「ようございましたね、カコお嬢様」


 そう、優しさの籠った眼差しでティーアも頷いてくれた。


「うん、ほんと凄いよティーア!」


 ……ん? あれ? 今何かおかしな光景が見えたような……

 視線を戻すと、そこにはいつも通りメイドのティーアの姿があった。


「……」


「……どうかなさいましたかカコお嬢様?」


 うん、ティーアだ。間違いない。


「って、何でティーアがここに居るのぉーっ!?」


 さっきから話してたのお前だったんかーい!

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