ご機嫌よう王子様さぁやり合いましょう

姫と王子のお話

 父が治めるこの国は穏やかな国だった。争いを好まず皆が手を取り合って支え合い、小さな国ながらも誰もが己とそしてこの国を誇っていた。

「早くお逃げください!」

「急いで!」

 けれどそれも唐突に奪われる。近年あちこちの国に攻め入っては滅ぼしている男がいた。『金獅子』などと呼ばれているその男は謂れの通り金色の髪に獲物に狙いをつける真っ赤な瞳。だがそんな男はそんな見た目に反し殺戮を好み国を人々を踏みにじる暴君であった。力のない小国は震え上がりその男の言いなりになるか、はたまた少ない力で押し返そうとしてそのまま滅ぼされるかの二択。

 そんな男の手が等々我が国にも及んでしまった。騎士たちは奮闘しているものの街は焼かれあっという間に城に侵入を許してしまった。騎士たちが王である父とそしてその娘である私を隠し通路に逃がそうとしている。その間にも火の手と上がり悲鳴が城の中に響き渡る。

 恐ろしい光景だ、地獄とはまさにこのことなのかと思わざるを得ない。しかもそれが人の手によって、たった一人の男の我が儘でこうなってしまうのだ。なんて罪深いことか。

 隠し通路に向かうための扉の目の前までやってきた。先に父をとその背中を押し次に父を守るための騎士を押し入れる。

「何をやっているお前も急げ!」

「……お父様」

 複数の足音と鎧が擦れる音がすぐそこまでやってきている。早く来いと私に伸ばされる父の手を、私は掴まなかった。

「私が嫡男であればお父様に付いて行ったことでしょう」

 跡継ぎになるのであればこんなところで踏み止まることなく、迷うことなく父と共に隠し通路へ入っていた――けれど私は女で、跡を継ぐことはできない。一緒に逃げたとしても足手まといにしかならない。

「お父様、どうか生き残ってください。お父様さえ生き残ればこの国を立て直すことができるはずです」

「何を言ってッ」

「護衛隊長何としてもお父様を守って! さぁ早く行って!!」

「姫様……承知致しましたッ……!」

 お父様の背中を押す護衛隊長に心の中で礼を述べつつ、ゆっくりと重い扉を閉める。これでこの扉は中からも外からも二度と開けることはできない。ただただ父が生き残ることを願い、隠し通路の扉に背を向ける。

 隊列が徐々に大きくなっていく。先頭に立っている男が非道な男、あれが『金獅子』だろう。黙っていれば見目麗しく、社交の場であれば見惚れる婦人も多くいたことだろう。そんな男は剣先から滴り落ちる真っ赤な血で気にすることなく廊下を汚し、その顔は勝ち気に口角を上げた。

「なんだ、女一人を残し尻尾を巻いて逃げたか。情けない王だ」

 男が笑い声を上げれば後ろにいる兵士たちも同じように笑い声を上げる。けれど父は決して目の前の男に笑われるような情けない男なのではない。最後の最後まで民を思いずっとこの城に留まろうとしていたのだから。そんな父を必死に逃がそうとしていたのは私と騎士たちだ。

「見目は悪くない。情けをかけてやろうか、慰め者として傍に置いてやってもいいぞ」

「……フフッ」

「何が面白い」

「ええ、面白いわ」

 女だと油断している男に笑わずにはいられない。そもそも震えて怯えているわけでもないのに、なぜこうもこの男は自分の立場が上だと思っているのか。

「女だから剣を握らないとでも?」

 控えていた従者が私の傍らに跪き、剣を差し出してくる。柄を握り鞘から引き抜き、真剣を男に対して向けた。

「剣を嗜む女性だっているわ」

 私は嫡男ではないから跡は継げない、だからこそ#殿__しんがり__#としてこの場に残ったのだ。長いドレスの裾を引きちぎり剣を構えれば、瞠目した男は一際大きい笑い声を上げてそして同じように剣を引き抜いた。

「とんだ高飛車だな、俺に勝てるわけがないだろう。この大人数相手に一人でどうするつもりだ? 跪き頭を垂れろ。今なら許してやる」

「とんだ高慢な男ね、何から何まで自分の思い通りになると? そんな男が創る国なんてすぐに滅びるに決まっている」

「……どうやら死を望んでいるようだな」

 男の顔から笑みが消える。後ろに控えている兵士たちも使うかと思っていたけれどどうやらそれはプライドが邪魔をしたらしい。一対一で戦い私の心をへし折るのが目的だろう、それだけ己の力を信じそれだけ国を滅ぼしてきたのだから勝利にしか目がない。

 だがこの男は知らない、私が今まで幾度男に生まれていればと思ったことか。男に生まれていればこんなに非力な腕ではなかっただろう、跡継ぎとして父を支えることだってできた。父一人に負担を強いることもなかったのだ。

 柄を握っている手に力を込めそして男に突進する。この剣は騎士たちが使っている剣よりも軽量だ、そうでなければ振ることができない。だからそれに伴い攻撃力もずっと落ちてしまう。振り下ろした剣を男はまるで子どもの相手をするかのように難なく撥ね退ける。そしてすぐさま振り払われた斬撃を後退しつつ剣で受け流した。

「なるほど、貧弱ながらも多少でできるようだな。だがつまらんこれでは俺がすぐに勝ってしまう」

 遊びにすらならない、と既に興味をなくしたのか男の顔からスッと表情が抜け落ちた。今まで男は笑いながら蹂躙してきたのか、それとも今目の前にある無表情だったのか。どちらにしろ踏みにじられたほうはどれほど無念だったことか。

 床を大きく踏み入れ飛び上がる。男の顔の高さまで飛びそのまま横に薙ぎ払えばその首を落とすことができる。腕を力の限り横に振ったがそれも塞がれ、一度着地した私は今度は背後に回り込み背中から斬り込もうと試みる。だが幾つもの戦いを掻い潜ってきた男がそんな次の手に気付かないわけがない、振り向き様に上から叩き斬ろうと剣が振ってくる。

 男の肘を剣の柄頭で攻撃する。いくら力が強かろうとなんだろうと、人の関節の可動域は決まっている。曲げる方向も決まっている、筋が伸びる方向も決まっている。それさえわかっていればタイミングに合わせて力が多少弱くても対抗できる。

「……コイツ」

 面白いほどに男の腕が仰け反る。そういう動きをする箇所に衝撃を与えたからだ。

 けれどたったそれだけの攻撃で男は私がどんな攻撃をしてくるのかわかったらしい、無駄に力技で叩き斬ろうとはせずさっきよりも間合いを取った。

「怖気づいたのかしら。『金獅子』も所詮その程度ね」

「……その女の首を取った者には褒美を取らせる。殺れ」

 心をへし折るよりも惨たらしく殺すほうを選んだか。後ろに控えていた兵士たちが剣を引き抜き一斉に斬りかかろうとしてくる。剣に貫かれながら途絶える私を笑いながら眺めるつもりか。

「ウッ……?!」

「なん、だ……カハッ!」

 だが兵士たちの剣先は私には届かない。一人が異変に気付いたところでもう遅い、あちらこちらから呻き声が上がりまばらにバタバタと倒れ込んでいく。それを冷笑しながら眺めていると男は気付いたのか、咄嗟に自分の鼻と口を手で塞ぐ。

「毒か」

「ええそうよ。ありがとう、シトリー。いい働きだわ」

「勿体なきお言葉」

 私と共に残ったたった一人の従者、メイドである彼女は私と日々訓練した仲だ。毒の扱いも慣れていて私が男と殺り合っている間に下ごしらえをしていてもらっていた。多勢に無勢、しかもこちらは女が二人。どうしても力技で負けてしまう、のであれば。あらゆる手を講じればいいだけの話。強力な毒があっという間に向こうの兵力を無力化にしてくれた。

 二対一になったところで、男がクツクツと喉を鳴らす。してやられたことによって自嘲しているのか、それともただ単純に楽しんでいるだけなのか。けれどこれだけの毒で未だに倒れる兆しを見せない。

「……流石に毒耐性はあるようね」

「馬鹿な女だ。これだけの毒だとお前も無事では済まない」

「馬鹿な男ね――そんなもの、ずっと前に覚悟しているわ」

 私もシトリーも毒耐性がある、けれど無効化できるわけではない。私たちも同じように徐々に毒に蝕まれていく。けれどこの場に残ると決めた瞬間覚悟していた。

 生き残る可能性はほぼないに等しい、ならば必ず、確実に国の王である父を逃がす。そのためにここでこの男を止めなければならない。自分の身がどうなろうとも。

 ここからは耐久戦だ、毒の効果もあって男の力も若干弱くなる。それと共に私の体力も徐々になくなってしまうけれどそんなことはどうでもいい。この剣を男の胸に突き立てればそれでいいのだ。

 本気を出した男の攻撃を躱すのも難しくなりあちこちに切り傷が生まれる。斬られた場所はもちろん痛いに決まっている、肉が引き攣り熱を帯び少しでも力を入れれば痺れが走る。けれど決してこの剣を放すことはできない。シトリーに援護してもらいながらも一度男の背中から剣を突き立てれば腕で思い切り胸を殴られ、後方に吹き飛ばされる。恐らく肋が何本かいった。

「テメェ……その剣にも、毒か……!」

 男が血を吐き出しているのを見て口角を上げる。毒が塗り込んである剣が直接肌に触れ中に入ったのだ、シトリーが撒いた毒よりも何倍もの効力がある。

 吹き飛ばされた私との距離を縮めるために男は地面を大きく蹴り、あっという間に距離を詰めた。胸を押さえている私の目の前で剣が真っ直ぐに振り下ろされる。あれほどの毒を喰らっておきながらもまだその剣捌き、流石はあらゆる国を蹂躙してきた男だ。剣術も殺意も、人並みではない。素早い斬撃に対し胸の痛みのあまりに剣を構えることもできない。

 真っ赤な液体が宙を舞う。男の剣先は汚れ、そして私の目の前でシトリーの身体が大きく傾いた。

「申し訳、ございま、せ……、様……」

「あなたはよくやってくれたわ、シトリー。自慢の従者よ」

 シトリーのおかげで死角ができた。幼き頃からずっと一緒にいた従者を悲しむ時間などない、寧ろその従者が作ってくれたチャンスを活かさなければ。身体も命をも張ってくれた彼女の覚悟を一瞬足りとも無駄にはできない。目の前の身体越しに見えた男の真っ赤な目が瞠目する。

 そして私の剣が男の胸に深々と刺さり、男の剣が私の腹を貫いた。

 指先から徐々に力が抜け身体が勝手に横たわる。もう指一本も動かせないし痛みも感じない。けれどこの男を止めることができた。これならば父は逃げ延びた後に国を再建することができる。この非道な男のせいで苦しむ人たちがこれから生まれることもない。ただ一つだけ。これだけは悔しい。

 最期に目にしたものがお互い相手の顔だなんて、憎き顔は脳裏に焼き付いてしまった。

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