第6話 謎のギター少女・凪羅塔子

 その日の夜。


『電気の消えた部屋で、私は一人、今日の振り返りをしていた。最初は不安もあったが、取り敢えず一安心と言ったところか』


「Zzz……Zzz……」


『ふふっ』


 今日一日動き続けたこともあって、彼はぐっすりと眠っている。


 一真、いや、今はハナちゃんか。


『…………』


 彼(彼女)は、私の話を聞いてもあまり動じていなかった。


 これは予測に過ぎないが、今までとは違う環境にも柔軟に対応するだろう。


 そう思わせるほどの、メンタルと鈍感力を持っていると私は思う。


 これからの彼(彼女)の行動を見るのが、とても楽しみだ。


『さて、ハナちゃんが起きるまで、なにをしていようかな……』


 永遠の時間を過ごす神にとって、この時間がなによりの癒しと言える。


『ふふふっ』


 ……。


 …………。


 ………………。


 ホーホケキョ、ホーホケキョ。


「んんっ……ふわぁ~…………」


 重いまぶたを持ち上げると、口から自然と欠伸が漏れた。


「うぅぅ~ん……もう朝か……」


 ベッドに仰向けで寝転んだまま、天井に向かってグッと腕を伸ばす。


 下に敷いていたからか、腕が痛い。


 ホーホケキョ、ホーホケキョ。


 はいはい、わかってますよー……。


 枕元にあったスマホの画面に触れると、静かになった。


『おはよっ、ハナちゃん♪』


「………………おはよ」


 朝から元気だな……。こっちは昨日だけでヘトヘトなのに……。


 それから少しの間、ぼーっと天井を見つめてからスマホに目を向けると、画面には九時七分と表示されていた。


 この時間に起きると百パーセント遅刻になるのだけど、今日は土曜日だからその心配はない。


 二度寝だってオーケーだ。


 もう一眠り……といきたかったが、そんな隙を与えないとばかりに、部屋の扉が開いた。


「お姉ちゃん! おはよっ!」

「……おはよ、美桜」


 妹から『お姉ちゃん』と呼ばれることに違和感しかない。


 今の俺は妹にとって、『お兄ちゃんの天道一真』ではなく、『お姉ちゃんの天道ハナ』ということは、わかっているつもりだ。


 でも、慣れるのにはまだまだ時間がかかるだろう。


『ハナちゃんならすぐに慣れると思うけどな~っ♪』


 そうか?


『うんうんっ』


「起きたのならさっさと顔を洗って、朝ご飯食べてきてよ」

「……その前に二度寝を味わって……」

「もぉ〜っ!! ダメだって!」


 再びベッドに横になろうとする俺の手を、美桜は強引に引っ張った。


 寝させないぞ、という気合いを感じる。


 いいじゃないか、休みの日なのだから。


「昨日、晩ごはん食べてるときに約束したじゃん! 一緒に買い物に行くって!」

「え、そうだっけ……?」

「そうだよ! もう忘れたの?」

「ッ!! ……あっ、そう……だったね!」

「……絶対忘れてたでしょ?」

「…………」


 妹よ、すまん。




 朝食を食べ終え、自室に戻ってきた俺は、外に着ていく服に着替えようとしたのだけれど。


「……なにを着ていけばいいんだ?」


 部屋着を選ぶときしかり、女の子の服を着たことがないのだから、わからないのは無理もない。


『ハナちゃんが思う女の子の格好をイメージすれば、いいんじゃない?』


 俺が思う……うーん……。


「お姉ちゃーん、もう行くよー?」


 考える時間もなく、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。


「わかってるから、ちょっと待っててくれ!」


 ど、どうしよう……。


 クローゼットの中にある服を色々見ていったが、どれとどれを合わせればいいのかすらわからない。


 こうも種類が多いと、なかなか決められないぞ?


『はぁ……。ハナちゃんは、取り敢えず目に止まったサスペンダーの付いたデニムのスカートと白のTシャツを手に取った』


 ……助かります。


 ――――――――――――。


「ふぅ……まあこれでいっか。……神様、あ、ありがとう」

『そんなそんな、別にお礼なんて~~~アッハッハッハッハァァァーッ!』

「…………」


 あまり調子に乗らせるのもよくないということがわかったのは、収穫と言えるだろう。


 それにしても、やっぱりスカートは……恥ずかしい……。


 今からでもズボンに履き替えるか?


 ガチャリ。


「もう着替え終わってるんだったら、早く行こーっ」

「ちょっ…――」


 机の上に置いてあったトートバッグを持たされると、手を引かれて一緒に部屋を出た。


 そして、玄関でサンダルを履く美桜の姿をぼーっと眺めながら、今までは気づかなかったことが頭に浮かんだ。


 美桜って、実は結構オシャレだよな……っと。


 なんというか、パッと見ただけでも、服のセンスがいいことがわかる。


『デニムスカートとフリルレースがポイントのベージュのオープンショルダーTシャツ、そして黒のスニーカー。と言ったところかな』

「へぇー。そんな組み合わせもあるのかー」

「ん? どーしたの?」

「あっ、いや、なんでもないっ」


 美桜には、俺が独り言を言っているように見えるのか、気をつけないと。




 最寄りの駅から電車で移動すること、三十分。


 俺と美桜は、たまに家族で足を運ぶ大きなショッピングモールへとやってきた。


 今日が土曜日ということもあってか、家族連れやカップルなどでとても賑わっている。


「なにしてんのー? 早く行こーっ」

「先行くと迷子になるぞー」

「ならないよっ! 来年には中学卒業して高校生になるんだからっ」


 と言って、エッヘンと胸を張る美桜。


 自信があるのなら、別にそれでいいのだけれど。


 そっか……あの泣き虫だった美桜も、来年には高校生になるのか……。


 なんというか、感慨深かんがいぶかいものだな。


「……置いてっちゃうよ」

「ちょっ、待ってくれよー」


 俺は先に進む美桜に慌てて付いて行ったのだった。




 それからブラブラと店を見て回りながら近くの洋服店に入ると、カップル客らしき男女の会話が聞こえた。


「ねぇーどっちが似合うー?」

「そうだなー、左かな」

「そっか。じゃあ右ね」

「え?」


 ……彼氏、ファイト。


 と心の中でエールを送っていると、


「こっちもいいなぁー。でも、こっちもー……」


 ワンピースを手に取った美桜が、自分に合っているか近くにあった鏡でチェックしていた。服選びは念入りに、と言ったところか。


「〜〜〜♪」


 それにしても、楽しそうだな。


 今日一日、美桜と一緒に行動して、時間をかけてでも見ていたい気持ちがちょっとだけわかった気がする。


 ハナになったから気づけたのかもしれないな……。


『よかったね、気づくことができて』


 兄妹……じゃなくて、姉妹水入らずで買い物を楽しんでいる間も付いてくるのか?


『当たり前でしょ〜♪ だってこの世界創ったの、私だも〜んっ』

「…………」


 目には見えないけど、ドヤ顔をしていることだけはわかる。


 まぁ言われてみれば、ゲームで言うところの『ゲームマスター』みたいなポジションだもんなぁ。


「……ん? どしたの?」

「いや、ちょっと他の見てくる」

「迷子にならないでよ~?」

「わかってるよ」


 美桜もいつの間にか言い返すようになったな。


 姉妹のやり取りって、こういうもんなのか?


 そんなことを考えながら、俺は店の中をのんびり見て回った。すると、


 ……おっ、いいのあるじゃん。


 俺の目に止まったのは、メンズコーナーにあったこんのパーカー。


 ねんがら年中ねんじゅうパーカーを着ていた生粋のパーカー男子だったから、気になってしょうがない。


 早速、それを手に取ってみると、軽くて着心地がとても良さそうだった。


 季節的にこれから徐々に暑くなっていくけど、新調しておいてもいいかもしれない。


 そう思い、裾を腕に当ててみると、長さの問題か萌え袖のようになっていた。


 これはこれで、ありなのか?


 サイズの大きいパーカーを着る女の子。


 うん、悪くない。というか、いい。試着してみようかな?


「あっ、いたいたー。お姉ちゃーん」


 声のした方に顔を向けると、向こうから美桜が小走りでやってきた。


 その手にはさっきのワンピース。


 どうやら決まったようだ。


「いいのあったの? ……って、それ男物のパーカーだよ? ははぁ~ん。さては、彼氏でもできた~?」

「!? ち、違うからっ!」

「まぁ、そうだよねー。『パーカー星人』のあのお姉ちゃんだもんね」

「パーカー星人?」


 なんだそれ?


「毎日のようにパーカーを着てたから、わたしが付けたのっ。ぴったりな名前でしょ♪」

「へ、へぇー……」


 ぴったり……なのか?


「あ。でも、昨日は珍しく着てなかったよね? どうして?」

「ど、どうしてと聞かれても……」


 というか、パーカーあったんだ。なら最初さいしょっから着てたっての。帰ったら探そっ。




 それから一旦、服選びに戻る美桜と分かれて、パーカーを手に試着室へと向かっていると、


「あ」


 正面に立っているボーイッシュな格好をした背の高い女性と目が合った。


 黒のキャップ、ダメージデニムのショートパンツ、ドクロマークがプリントされた派手なTシャツ。


 そして背には大きな黒のギターケース。


 パッと見ただけで、バンドをしていることがわかる。


 ちなみに、身長は向こうの方が高い。


『彼女の身長は百七十二センチ。ハナちゃんの身長は百五十六センチ』


 ハナの身長っていくつなんだろうなーとは思ってたけど、十六センチ差か。てか、脚長っ! 


それに、どうやらいいモノをお持ちのようで。


 目の前の謎の女性は、ボン・キュ・ボンを体現しているようなスタイルの持ち主だった。


 それにしても、誰だ?


 正体がわからず、どうしようかと考えていたら、彼女はテンションの高い声で言った。


「ねぇねぇ! もしかして、入学式のときに階段から滑り落ちて保健室に運ばれていった子でしょ♪」

「……イッ、イイエ」


 ロボットのような抑揚のない声で誤魔化そうとしたが、


「そうでしょ? ねっ、そうなんだよね?」

「…………は、はい」


 彼女の勢いに圧倒されてしまった。てか、どうしてそれを知っているんだ?


「やっぱり!」

「…………」


(か、神様っ! この人は誰なんだ!?)


『あたしは凪羅塔子なぎらとうこ、よろしくっ!』


 へっ?


「あたしは凪羅塔子、よろしくっ!」


 そう言って手を差し出してきたので、自然と握手を交わした。


「いやぁ〜まさか、あの有名人に会えるとはね~。今日はいい日かも♪」

「有名人? 俺……わ、わたしが?」

「入学したその日に注目の的になったんだから、立派な有名人でしょ?」

「……わたしは別に目立ちたかった訳じゃ……。あの、えっと……」

「塔子で呼んでいいよ♪ 同じクラスメイトなんだしっ♪」


 えっ、クラスメイト?


 ニコニコッ♪


「…………」


 神様~……っ。


『新たなヒロインの登場だぁーっ!!!』

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