第5話 一真、女の子を知る

「ただいまー……」


 リビングの扉を開けて中に入ると、明るい声が出迎えた。


「おかえりなさ〜い♪ 初めての学校はどうだった?」

「いいところだったよ……美桜は?」

「午後も授業があるから、帰ってくるのは夕方よ」

「そっか……」


 中三だから普通に授業があるのか。


 まぁ、俺も来週から普通にあるんだけど。


「ねぇハナ。今日の夕飯、カルボ――」

「カルボナーラは昼に食べたから、別のがいいです」

「そうなの? じゃあカルボナーラは今度ね」

「はーい……ふぅ」


 セーフ。危うく連続カルボになるところだったぜぇ……。


 明日こそ明太子クリーム……明日こそ明太子クリーム……


「? 元気ないみたいだけど、大丈夫? 熱でも測る?」

「……っ! だ、大丈夫だよ……ちょっと疲れただけだから」


 ほんとは物凄く疲れたけど、わざわざ言う必要もないだろう。


「そう? あ、冷蔵庫にプリンあるから食べていいわよっ。でも、一つだけだからねっ」

「わかったよ。じゃあちょっと着替えてくる」


 前に一度、美味しすぎて家族全員分のプリンを食べて以来、毎回言われている。


 反省はしている。けど、美味しかったらまた食べたくなるじゃん?


 そんな力説を頭の中で語りながら自室に戻ると、ベッドに仰向けに寝転がった。


 やっぱり……家のベッドが一番落ち着く……。保健室のベッドは……悪くなかったかな……えへへっ。


 それにしても、大変な一日だったな……。この生活がこれからずっと続くのか……。


『そぉーでぇーすねぇー!』


 神様ってほんとに存在したんだな……。


『そぉーでぇーすねぇー!』


 ……バカですか?


『……………………………』

「言わんのかいっ!!」

『えへへっ♪』

「はぁ……」


 もう少し寝転がっていたいが、プリンがあるって言っていたし、着替えるとしますか。制服がシワくちゃになるのも嫌だし。


 渋々ベッドから起き上がると、いつも部屋着が入っているタンスの引き出しを開けた。


「……やっぱり」


 何度開けても引き出しの中には、女物の部屋着の数々が並んでいた。そして、


「下着だけでいくつあるんだよ」


 上下お揃いのブラジャーとショーツが綺麗に分けられていて、パッと見てわかりやすいようになっている。


 俺、こんなに几帳面きちょうめんだったか?


 それに、見てはいけない物を見るこの背徳感はいとくかん。……いやいや、自分の下着にドキドキしてどうするんだ……。


 と、取り敢えず、ここは適当に選ぶとしよう。


 引き出しの一番手前にあったピンクのショートパンツと白のTシャツを手に取り、それをベッドの上に並べた。


『ハナちゃんはワンピースを脱いでから、リボンタイを外してシャツのボタンを外していく』

「いちいち言わんでいい……って、外しにくっ。そういやぁ、男女でシャツのボタンが逆だったんだっけ……」


 それから苦戦しながらも、ボタンを外してシャツを脱いだ。


 そして、何気なく部屋にある鏡の前に立つと、その姿につい見惚れてしまった。


 本当に……俺なのか……?


 上はブラ、下はショーツだけという恰好。


 そして、なにより……。


 ビー玉みたいな目、小さな鼻、形のきれいな唇、サラッサラの髪。


 我ながら、絶世の美少女と言ったところか。


『ハナちゃん、可愛い~っw』


 あんたの趣味だな、これは。


『ギクッ。ふゅっ……ふゅ〜ふゅ〜♪』


 口笛くちぶえもどこかぎこちないし、これ以上は触れないでおこう。


 そんなことより、今日一日、あの制服を着てわかったことがあった。


 それは、ズボンと比べてあまりに心許こころもとないということだ。


 スースーするし、自分のではないと錯覚してしまうほどすべすべな太ももが当たる度に、恥ずかしさが込み上げてくる。


 ちょっとの気の緩みで、誰かに見られるかもしれないと思ったら……。


 だから、見せパンが存在するのか……。


『どうしたんだろう……今日のわたし……』

「どうしたんだろう……今日のわたし……」


 ………………。


「……着替え終わったら、じっくりと話を聞かせてもらうからな」

『わかってるよっ。ハナちゃんには聞く権利があるからね』


 それから、顔を真っ赤にしながら部屋着に袖を通したのだった。


「よしっ。じゃあ早速、包み隠さず全部話してもらおうか。あんたが何者で、なにが目的なのかを」


 ベッドに座って斜め上辺りを見つめながら言うと、


『……私が、この世界を創った理由。それは』

「それは……」




『私の趣味だからだ』




「……へっ? 趣味?」


 予想外の回答に、一瞬ポカンとしてしまった。


『神は、生と死を超越した存在。永遠と言える時間を過ごしていれば、趣味の一つや二つできるものなんだよ』

「そういうものなのか……?」


 へぇー。神にも趣味とかあるんだな。


『うむ。私は昔から物語を読むことが好きでね。長い時間を過ごす中でも、それだけは飽きずに続いたのさ』

「ほうほう、それで?」

『そんなあるとき、ふと私は思ったんだ。物語を読むだけではなく、実際に自分が思い描く世界を創ってみようと……』

「つ、つまり、俺はあんたが趣味で作った世界の登場人物ってことだな?」

『その通りっ!』

「…………」

『世界の創造は、神の間では一般的な娯楽のようなもので、今も数えられないほどの世界が生み出されている』

「マジか……」


 今の話を聞いて思ったことは、ただただ信じられない、だった。


 俺が今まで生きてきたこの世界が、実は神様の趣味によって生まれたなんて。


 これを他の人に言っても、なに言ってるんだこの子は? という感じで避けられるのがオチだろう。


 なんというか、偉い学者でも知りえない真実を知ってしまった気分だ。


「神様って凄いんだな……色んな意味で」

『そうでしょ〜? もっとうやまってもいいんだよ?』

「それは結構」

『そんなに照れなくても〜♪』

「照れてない」

『ほんとかな〜?』

「…………」


 あれ、なんの話をしてたんだっけ?


『あっ、どうして君が女の子になったのか、聞きたい?』

「!!? 聞きたいに決まってるだろ!」


 やっと聞けるのか……ごくり。


『ハナちゃんは、TSって知ってる?』


 ………………うん?


「TS? なにそれ?」

『……まさか、TSがなにか知らないと?』

「お、おう」

『……今度、ネットで調べてみるといい。いや、調べてね? 絶対っ!』

「は、はぁ。……で、それがなんだって言うんだ?」


 すると、神様は一拍間を置いて言った。


『TSで百合をテーマにした世界を創ってみたかったんだよね~。ラブコメ的な?』

「……はい?」


 百合って、女の子同士のあれだろ? ラブコメ……ラブコメ?


「なあ神様、百合ってことは……もちろん相手の子がいるってことだよな?」

『うんっ。それも、とびっきりの美少女!』

「美少女!」

『スタイル抜群!』

「スタイル抜群!」

『そして、候補たくさんっ!』

「候補たくさんっ! ……え。それって、どういう……」

『まだ、ナ・イ・ショ♡』

「マジかよ……」

『マジです』


 おっ、おぉ……。


『どうだい? 嬉しいだろう?』

「……候補が多すぎて、一人に決め切れなかったな?」

『ギクッ』


 まぁ、この話はまた今度するとして、


「あ、あのさ、一つ聞いても――」

『いやぁ~色んな世界を創ってきたけど、まさかここまで面白くなるとは思ってなかったよw』

「どういう意味だ?」

『すってんころり♪ あぁ~れぇ~♪』

「…………っ」


 一回キレてもいいよな? いいよなぁぁぁー!?


『エヘヘッ♪』


 ……ほんとにこれが神様だって? ちょっぴり信じそうになっていたけど、やっぱり怪しい。


『本当だよ? この世界が誕生日した瞬間からこの時間までスキップしたの、私だし』

「スキップ? そんなことが……あ、神だからできるのか」

『その通りっ。神にできないことはない。多分』

「? 自信なさげだな。あんた、ほんとに神様なのか?」

『神様に、き、決まってるじゃないか~っ。いやだなぁ~』

「怪しいーっ」

『……オッホン。で、なにかな? ハナちゃん』


 あっ。今、話を逸らしたぞ……って、


「俺はハナちゃんじゃ……まあ今はそうだけど……」


 リズムが乱されそうになったが、ここで諦める俺ではない。


「あんたは……どうして、俺に話しかけたんだ?」


 そう。この世界を創ったのが本当だというのなら、俺とわざわざ会う必要なんてないはずだ。


「どうなんだ?」

『……ハナちゃんたちにとって、私はこの世界の創造主。本来なら、会うことすらできない存在だ』

「……信じたくはないけど、まぁ、そうだな」

『そんな私が……もし君と行動を共にし、近くで見守ることができたのなら……一体、どんな景色が見られるのか、気になったんだ』


 外側からではなく、内側から見たいということか。


『うん。そこで、ハナちゃん……一真にお願いしたいことがあって』

「お願い?」


 神様が俺に?


「なんだ?」

『私に……協力してほしい。あの方に、この世界が認められるように』

「……あの方って、誰なんだ?」

「それは……あぁぁぁあああーっ、やっぱり言えないっ!』

「いや、言えよ。余計気になるだろ」

『……っ。…………ゼ』

「ゼ?」

『…………ゼ……ゼウス』

「ゼウス? ……えっ、ゼウス!? 神といえば大体最初に出てくる、あの……!?」

『……うん』

「確か、全知全能の神だっけ?」

『ゼウスは、あらゆる知識と能力を持つ、神の中の神。私程度では会うことすら叶わない、雲の上の存在だ』

「神様ですら会えないって、どんだけ偉いんだよ……」

『本当は、軽々しく名前を口に出すことすらおこがましい』


 そうなのか? ゲームの途中で平気で言ってるけど。にしても、本当に全知全能だったんだな。さすがゼウス。


「神様にもくらいとかって、あんの?」

『それはもちろん。戦いの神・アテナ、美の神・フレイヤなど、世界中の神々がそれぞれの位に分けられている。その中で、私はずっと下の方だ』

「へぇー。ゲームとかでよく見る名前ばっかじゃん」


 あのアテナが創る世界? 気になるーっ。


『世界中の神々が、自らが創造した世界をゼウスに評価してもらうんだ。そして、認められた世界は(仮)から正式な世界と認定され、存在し続けることができる』


 ………………うん? 今、スラスラっととんでもないことを言わなかったか!?


 この世界が正式じゃなくて、まだ(仮)で、それで……どうなんてるんだ!? もう訳がわからん。


 待てよ……さっき『認められたら』って言ったよな?


 考えたくもない可能性が頭に浮かんだ。


 聞いて確かめたい。でも、もし『そういうこと』だとするのなら……この世界は……


「……万が一、認め……られなかったら……?」


 葛藤に耐えながら震えた声で尋ねると、神様は言った。




『この世界は…――――消滅する』




「え――」


 ……。


 …………。


 ………………。


「という反応を期待してたか?」

『もぉ〜。ハナちゃんにはもう少し話の流れを読んで欲しいものだよ』

「予想できてたんだから、別にいいだろ?」

『よくな〜いっ! こういのはノリが大事なんです~っ!』


 ノリを大事にする神がどこにいる? ……ここにいたわ。


『せっかく、この世界が正式に認められた暁には、どんな願いでも叶えてあげようと思ってたのに……』

「願い?」

『一真が叶えたいことを、なんでもねっ』

「……っ!!? そ、それを先に言えよーっ」

『先に言ったら面白くないでしょ♪』

「…………」

『さぁ~、この世界の中心は君だ。どうする? 協力してくれる?』

「あ、あのさ。いや……」

『? 言っていいんだよ?』

「え、えぇーと……あ、天霧さんと、その……つ、つつ、付き合えるとか……そんなこと〜できるわけないよな~……?」

『私に力を貸してくれたら、遥香ちゃんを一真の恋人にしてあげるよ』

「!? ほ、ほんとか……?」

『神に二言にごんはない。さぁ、どうする?』


 嘘か本当かはまだわからないけど、信じていいんだよな?


「……細かいことはわかんねぇけど、やってやるよっ。その代わり、ちゃんとお願いは叶えてくれるんだろうな?」

『もちろんっ。悲願が達成された暁には、ねっ』


 これが、人間と神の交わることのない二人が手を組んだ瞬間だった。


 べ、別に、願いを叶えて欲しいからとか、そんなことは……。


 おっと、顔のニヤけが止まらないぞ?


「……あ、ゼウスに見てもらうのって、いつなんだ?」

『一年後』

「ふーん。……え? 一年後!?」


 おいおい、噓だろ?


「どうして一年後なんだ?」

『世界(仮)の寿命が、一年と一日しか持たないからだよ』

「そんだけしか時間はないのか……」


 まだ一年あると捉えるべきか、たった一年しかないと捉えるべきか。


「あ、あのさ……」


 またも、当たって欲しくない予想が頭に浮かんだ。


「さっき、神様は色んな世界を創ってきたって言っていたけど、認められたことって……」

『え? ないけど?』


「……………………………………」


 ――やっぱり。


『大丈夫。この世界を、そう易々と諦めたりなんてしないし、それに……必ずこの世界を認めてもらうんだ』


 その声からは、さっきまでとは違って真剣さが伝わってくる。


 ほんとに掴みどころがないな。


 あ、そういえば、まだ神様の名前を聞いてなかった。


「ところで、神様の名前って――」

『ハナちゃんは突然の睡魔に襲われ、眠りについたのだった』

「えっ…――」


 Zzz……Zzz……。




『一真、今の君がそれを知るには、まだ早過ぎる』




 ――かくして、神様との不思議な日々の幕が上がったのだった。


 まぁ、とっくに上がってるんだけどね。…………Zzz。




 夕方。


 夕飯ができたということで呼びにきた母さんに起こされ、リビングに入った。


 結局、神様の名前ってなんて言うんだろう?


 さっきの感じから察するに、恐らく知られたくないのだろう。


 恥ずかしいから? もしくは単純に言えないから?


(うーん……)


 こっちに来てからずっとそんなことを考えていると、テーブルを挟んでご飯を頬張っている美桜に目が止まった。


 口の端に米粒が付いていることに気づかないとは、まだまだ子供だな。


「美桜、口にご飯粒が付いてるぞ」


 俺が自分の口元を指さすと、美桜は取った米粒をぱくりと口に入れた。


(ごはん大好き美桜ちゃん、と言われているだけのことはある。うんうん)


「ねぇお姉ちゃん、学校はどうだったー?」

「…………」

「お姉ちゃん?」

「え? あ、ああぁ、よかった……ぞ?」


 と言うと、美桜はなぜかじーっと俺を見てきた。


「な、なんだよ?」

「……いつもと口調が違うけど、なにかあったの?」


 ……っ!? し、しまったー……っ。


「な、なにもない……わよ?」


 ど、どうだっ!?


 ドキッドキッ……。


「ふぅーん」

「あはははは……」

「お姉ちゃんの口から『わよ』なんて初めて聞いた」


 ギクッ。


 神様っ、ハナの口調ってどんな感じなんだ!?


『ごめんねぇ〜♪ なにも考えてなかったぁ〜♪」


 !? はい〜っ!? 聞いてないんですけど!?

『ファイト♪』


 ………………。


「いつもこんな感じ……だぞ? あ……」


 じーっとした視線を向け続ける美桜。


「まぁ、なんでもいいんだけどね。お母さんおかわりー」


 なんでもいいんかいっ!!!


 ぐぅぅぅ……。


 は、腹減った……。今日は頭を使い過ぎだな。


「い、いただきまーすっ!」


 ……。


 …………。


 ………………。


 それから夕食を食べ終え、俺は着替えを持って脱衣所へと移動した。


「ちょっと食い過ぎたな……」


 と言って腹の肉を指で摘んだ。


 ムニィ。


『食べ過ぎるとポッコリお腹になっちゃうよ~?w』

「はいはい、気をつけますよー」


 そんなやり取りをしながら服を脱いでいたのだけど、下着に手をかけたところで止まった。


 やっぱり、スタイルいいよな。


 締まっているところはキュッと、出ているところ(お尻)はボインッと。


 ちなみに胸の方はというと、ある方なのかな? 女子目線での比較をしたことがないから、なんとも言えないけど。


『色々と気になるお年頃なのである』


 どこかで聞いたことのあるようなナレーションだな。主に日曜日の夕方。


『ねぇ、ハナちゃ〜ん。美少女になってみた感想を教えて〜。五七五で』


 急だな。それも五七五かいっ。


「五七五……ええぇー。そうだな……って、どうして俺がそれに付き合わないといけないんだよ」

『……ぴえん』

「神様って、実は結構若い?」

『神の中ではなっ!』

「どうりでノリがいいと……はっ、はっくしゅん!!」


 うぅぅぅ……いつまでもこんな姿のままでいたら、確実に風邪を引いてしまう。


 早く湯船に浸かって体を温めるとしよう。


 そう思い、背中にあるブラのホックを……あれ?


「えーっと……どうやって外すんだ?」


 カチャカチャ……カチャカチャ……。


『はぁ……やれやれ』

「…………っ」


 すると、なにかに操られるように腕が動き出した。


「……助かりますっ」

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