report9. アッシュの正体



 その晩――


 ルーヴィング村にはまだ破壊の痕が残ったままであったが、その悲壮さを感じさせないほどのお祭り騒ぎになっていた。


 村の中央広場に飾られたミノタウロスの頭部。そしてそれを取り囲むように並べられたご馳走の数々。収穫祭の時の華やかな衣装を着た村人たちが歌い、踊り、魔物を打ち倒した勇者たちを讃える。


「おお勇者たち! その誉れ高き武勇に感謝を!」

「その救世の旅に幸あれ!」


 村娘たちが脇に抱えたカゴから花びらを撒く。

 ジークが頭に乗った花びらを手に取り、へらっと照れ臭そうに笑うと、横から訓練学校の同期たちが「よっ、勇者様」と小突いてきた。


 結局のところ、彼ら含め村人たちは全員無事であった。

 彼らはジークとは違い、自らの身の程をよく分かっていたのだ。

 相手がミノタウロスと知るなり、自分たちが戦って勝てる相手ではないと早々に判断。助けを呼ぶために村に火をつけて、村人たちと共に教会の地下に避難していたらしい。


「まさか、ジークに助けられるとは思わなかったけどな」

「まったくだ。そんな才能があるなら訓練学校で落ちこぼれる必要なかっただろ」


 空になったグラスにすかさずぶどう酒を注がれる。ジークはそれを早速飲みながら、うーんと首を横にひねった。


「俺にもよく分からないんだよな。ただ、仲間の短剣を借りた瞬間、急にこうしっくりきたというか、手になじんだというか」


 突然視界が鮮明になって、何をすべきかが明確に脳裏に浮かんだ。自分がしたいように身体が動いた。あの時の感覚はそう、例えるならば――


「まさか、包丁を握った気になっていたとか?」

「…………」


 見事友に言い当てられて、ジークは笑みを浮かべたまま口を閉ざす。呆れたような視線がぶすぶすと無遠慮に刺さってきて痛い。


「あのなあ、ジーク。これから『勇者』として旅に出るんだろ。だったらなおさら、早いとこ料理人か盗賊に転職したらどうだ? その方がきっとお仲間の足を引っ張らずに済むぜ」


 まっとうな助言であるはずだった。

 だが、ジークは一言。


「いやだ」


 躊躇いなくそう言った。


「だってさ、盗賊ならすでに頼れる仲間がいるし、料理人ってのは戦闘向きじゃないだろ。何より……」


 気づけばテーブルの周りに人だかりができていた。村娘たちが集まってきたのだ。彼女たちの注目の的は、ジーク。


、ぶどう酒のおかわりはいかがですか?」

、私と一緒に踊りましょうよ」

、魔物を倒した時のことぜひお話ししてくださいな」


 ジークは彼女たちをなだめながら、唖然とする同期たちに向かって「ほらな」と得意げに肩をすくめてみせた。

 つまりは、「モテ」だ。

 『勇者伝説』の主人公の職業ジョブだったこともあって、剣士セイバーはやはりパーティの花形なのである。


「大丈夫大丈夫! 短剣であれだけ動けたんだ、きっと練習すれば剣もまともに振れるようになるって!」

「お前なぁ……」


 相変わらず楽観的で反省しないジークに、同期たちは彼の新たな仲間たちの心中をお察しするが、その仲間たちも一癖二癖ある者の集まりであることを彼らはまだ知らない。


「おーいジーク! こっちこいよ!」


 少し離れたテーブルから、酔っ払ったパウルが大きく手を振ってきた。テーブルにはマシューとフェンロンもいる。


「俺、そろそろ行くわ」


 本当はまだ同期たちとくだらない会話をしていたい。名残惜しさはあるが、ジークはこれ以上だらだらと留まってしまわないように席を立つ。そしてその背を押す友の手。


「行け行け。ようやくお前の就職先が見つかったんだからさ」

「せいぜいクビにならないように気をつけろよ」

「まぁ、そうなったら今度こそレストランでもやれよな」


 思うに、自分は今、幸せを自ら手放そうとしている。

 分不相応な『勇者』という役割に手を出して、気の合う仲間たちとのうだつの上がらない平穏に別れを告げようとしている。

 それでも、だ。

 ジークは焦がれる。背伸びした先に見える景色に。父が生きて叶えることのできなかった夢に。


「魔王を倒し……いや、惚れさせたら、ちゃんと戻ってくるさ」


 そうして一歩。

 いよいよ勇者一行としての旅の始まりに向け、友が囲むテーブルから離れるのであった。




 勇者一行の席に着くなり、パウルが「まあ飲め飲め」とビールの入ったジョッキを渡してきた。マシューとフェンロンも宴を楽しんでいるようだ。マシューは昨晩の反省を活かして酒は控えており、フェンロンはマシューの魔法によって骨抜きになった川魚を頬張っている。


「あれ、アッシュは?」

「あー、あいつはなんか用事があるとか言ってさっき席を外したぞ」


 近くにはいないらしい。ざっと周囲を見渡しても姿は見当たらない。


「みんなに聞きたいことがあったんだけど……まあいいか」

「聞きたいこと?」

「ああ。俺、ミノタウロスにけっこうやられたはずなんだけど、戦いが終わって目が覚めた時には傷がほとんど塞がってて痛みも引いてたんだ。誰か回復魔法でもかけてくれたのかなと思ってさ」


 するとパウルは「はて」と首を傾げた。


「俺様じゃないぞ。言った通り、回復術の類いは一切使えないからな。というか、知らないうちに回復してたのは俺様も同じだ」

「僕もだよ」

「オレも、だな」


 パウルに続き、マシューとフェンロンも頷いた。どうも全員、気を失っている間に何者かに回復してもらっていたようだ。


「ってことは、アッシュが?」

「おいおい、あいつは盗賊シーフだろ。回復術は専門外のはずだぜ」

「それはそうか……」

「まあでも、不思議ではあるよね。アッシュが一番大怪我してたはずだけど、いつの間にかケロッとしてたし」


 マシューの言う通り、戦いが終わった後、彼は何事もなかったように動いていた。彼もまた何者かに回復してもらったのだろうか。それとも――


「そういえばお前、ミノタウロスの他にも魔物の気配がするとか言ってなかったか?」


 フェンロンの問いに、マシューは思いだしたようにポンと手を叩いた。


「そうそう、それ、さっきアッシュにも同じことを聞かれたんだけど……」




 その頃――


 宴の賑やかさからは遠く離れた村はずれの食料庫。その屋根の上に一人の女の影があった。

 青白い肌に、あらゆる魔物の皮をつなぎ合わせて作った露出の多い軽装、腰にげるは刺々しいいばらの鞭。ピンク色のツインテールをなびかせながら、中央広場の宴の様子を遠目に見ながら、ギリリと自らの指を噛む。


「ううう……ぐやじい〜〜〜〜っ! ミノちゃん、けっこうお気に入りの子だったのにぃ!!」


 その左の薬指にはまっている指輪は、魔王ディアンナの配下の証。蛇の目のような宝玉の色は黄色。『位階クラス:3』――言葉を理解し、知性を持つ魔物に与えられる色である。


「でもいいもん! こうなったらこの〈魔物使い〉ベンディちゃんのとっておき、サラマンダーちゃんで勇者もろとも焼き払って……!」

「なるほど、黒幕はお前だな」

「っ!?」


 気づいた時には、彼女はすでに身動きが取れなかった。

 すぐ後ろに立つ何者かの気配。喉元に突きつけられた短剣。拘束されているわけでもないのに、殺意に絡め取られて微動だにできない。


(ウソでしょ……! アタシに気取らせないなんて、そんなことできるのは『位階クラス:4』以上のヤツじゃなきゃ……!)


 相手の顔を見ようとそろりと視線を動かす。が、それを咎めるように短剣が首の皮に食い込み、ベンディは「ぎゃっ」と悲鳴を上げた。


「振り向くな。声を上げるな。俺の質問にだけ答えろ」


 冷たい声音に脂汗が止まらない。ベンディは両手を挙げ、こくこくと頷く。


「もう一度聞くが、あのミノタウロスはお前の使い魔だな?」

「そ、そうだよっ!」

「目的はなんだ?」

「知らないって! アタシはただ、この村を壊せって言われただけ」

「誰に?」

「それは、言えな――いぃッ!?」


 指先に激しい痛みが走る。気づけば左手の彼女の指があらぬ方向へと曲がっていた。一層青白い肌を青くするベンディの首元で、容赦なくチャキと短剣が音を立てる。


「わわわわかった、言う、言うから!」

「…………」

「騎士だっ! 国境に駐屯してる騎士団の中に、魔王軍に通じてるヤツがいる!」

「騎士団か……そいつの名前は?」

「知らないっ! 本当だって! 顔も隠してたんだ! ただ」


 相手がベンディの言葉の続きを期待しているのを見計らい、彼女はシュッと姿勢を低くして後ろ蹴りを繰り出した。


「っ!」


 確かな手応え。相手がよろめく。


「あはは、ばーか! 知ったって意味ないでしょっ! あんたはここで死ぬんだか――らっ?」


 ベンディはとっておきの魔物を召喚して敵にぶつけるつもりであった。しかし、気がつけば彼女は宙に浮いていた。それも、首だけの状態で。

 先ほどまで自分がいたはずの屋根の上を見やれば、闇の中に溶け込むような暗い装束を着た人間が血に濡れた短剣を握って立っている。目深に被ったフードの下から、鋭い金色の瞳がベンディを刺すように見上げた。


「答える気がないなら用はない。お前が言わなくても、内通者は必ず見つけ出す」


「ふっざけんなぁぁぁぁぁあああっ!!!!」


 断末魔虚しく、ベンディの首が地に落ちる頃には彼女はこと切れていた。

 彼――アッシュは屋根の上に残った彼女の指から魔王の配下の証を抜き取ると、小さくため息を吐いて返り血を浴びたフードを脱いだ。

 月明かりの下で、長い銀髪が弧を描く。

 口元を覆うスカーフを外せば、形の良いピンクの唇が露わになる。


「報告を」


 アッシュが指を鳴らすと、どこからともなく黒猫が現れた。黒猫は屋根に腰掛けるアッシュの横にたたずむと、にゃあと鳴いた後に少年王の声で話し始めた。


「ご苦労だった、アッシュ。いや――アーシャ」


 アーシャ・ダルク。

 それが彼、もといの本名である。

 その正体は隠密を任務とする王の懐刀。

 本来の職業ジョブは、盗賊シーフ薬師アポセカリー踊子ダンサーのすべてを極めた者のみが成ることのできる、上級職の暗殺者アサシンであった。


「早速ですが陛下、ご報告を」

「ああ、聞こうか」


 アーシャは要点をかいつまんでルーヴィング村での出来事を説明する。野盗ではなくミノタウロスの襲撃であったこと、そのミノタウロスは魔王の息のかかった者の使い魔であったこと、そして騎士団の中に魔王軍と通じている者がいること。


「なるほど、内通者か。騎士団への第一報が野盗という誤情報だったのも、その者による仕業かもしれないな」

「はい。可能性はあるかと」

「しかしいきなり『位階クラス:2』の魔物と当たるとは……大変だったんじゃないかい?」

「ええ、まあ」


 「予想以上に他のメンバーが使えなくて」と言いたいのをぐっと我慢し、アーシャは苦笑いを浮かべる。

 ミノタウロスはアーシャの実力であれば秒もかからず対処できる魔物だが、他の四人の実力を測るためにもあえて表には出ないつもりだった。

 その結果、あのザマである。

 特に手がかかったのはパウルが回復術を使えなかったせいで、彼女が薬師アポセカリーのスキルを使い仲間の回復に回らなければならなかったこと、そしてジークの無謀な行動によりミノタウロスの攻撃で胸を押さえていたサラシが切れてしまったことだ。傷自体は自らの薬でなんとでもなったのだが、サラシは巻き直す余裕がなく、一時的に戦場で身動きが取れなくなってしまった。


「やはり……『勇者』は選びなおした方が良いのではないでしょうか。彼らではとても魔王城までたどり着けるかどうか」

「そのために君がいるじゃないか、アーシャ」


 王の言葉にアーシャは押し黙る。

 穏やかな口調だが、有無を言わさない圧を感じたのだ。

 『勇者』一行に混じって魔王城を目指し、魔王が彼らに惚れた隙に暗殺する。それが彼女の任務である。そこには顔だけで選ばれた『勇者』たちを本物の『勇者』に仕立て上げるという難題も含まれていた。


「しかし、正体を明かすわけにはいきませんか? その方が何かとやりやすい気もしますが」

「それはできない。君はパーティの中で唯一の女性だ。万が一、魔王の元へたどり着く前に他の『勇者』と恋愛関係になっては困るからね」

「私からは願い下げですけど」

「君がそうでも、他の四人が君に惚れないとは限らないだろう」


 つまりこれは魔王を惚れさせるための旅であり、アーシャに惚れられないようにするための旅なのである。


「無茶を言っているのはわかっているつもりだ。だが、どうか堪えてほしい。これは君にしかできない任務なんだ」


 美しすぎるあの少年王にそう頼み込まれて拒否できる者がいようか。いや、いない。

 特にアーシャに関しては彼に「とある恩」があるため、なにぶん頭が上がらなかった。


「かしこまりました。陛下がそうおっしゃるのなら……」


 さて、どうしようか。

 アーシャの頭がフル回転を始める。

 騎士団内に内通者がいるというのは大問題だ。一刻も早くなんとかしなければいけない。

 とはいえ、今のこのパーティのまま国境付近に向かっても返り討ちにされる可能性が高い。なにせ相手は『位階クラス:3』の魔物に指示をできる立場だ。ミノタウロスの比ではないくらいの実力者だろう。

 となると次は国境付近を目指しつつ、パーティの立て直しを図るために、道中のダンジョンでレベルアップを……。


「ところで、ルーヴィング村の宿についてなのだが」


 王の声にはっとして姿勢を正す。『勇者』一行は王のお墨付きということで宿の手配をしてもらえることになっているのだ。


「小さい宿しか空いていなくてね、部屋が一室しか」

「野宿します」

「いや、でもまだ夜は冷える季節だし」

「絶対、野宿します」


 旅はまだ始まったばかり。

 『勇者』たちは無事魔王を惚れさせられるのか、それともアーシャの正体に気づいて彼女と恋に落ちるのが先か。

 物語は続いていく……。




【第一部 了】




*「戦うイケメン中編コンテスト」応募用にキリがいいこの時点で一旦締めとします。続きをもし期待していただけるのであれば、評価もしくはコメントをいただけると励みになります……!


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ロード・トゥ・フォーリンラヴ 乙島紅 @himawa_ri_e

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