第31話 黄金の果実 3/6
一般には秘匿されている、とある霊峰の頂き。
そこに生命の果実がなる霊樹が生えており、竜族が共同でこの管理を行っているらしい。
果実は半世紀ほどの間隔で実り、収穫することができるそうな。
ヴィグ兄さんの頼みはこの収穫を手伝ってくれないかという、農園のアルバイト的なもの――かに思われたが、どうやら霊樹の世話をする者たちがいて、収穫作業はその者たちがするようだ。
ならば俺にやってもらいたいことはというと、どうやらこの果実を狙って魔獣が押し寄せてくるらしく、この撃退を手伝ってもらいたいということだった。
しかし――
「竜族がいるなら俺べつにいらなくない?」
山のてっぺんは窪地になっており、その中心に霊樹があるため魔獣は全方位、それこそ空からもやってくるそうな。
とは言え竜がチームを組んで守るなら、それくらい簡単に撃退できそうなものである。
「戦力は充分なんだけどね、思いっきり攻撃するわけにはいかないんだよ。なるべく荒れないように気を使わないといけないんだ」
「畑を荒らす獣を全滅させるためとはいえ、畑ごとぶっ飛ばしたら意味ないと」
「そういうこと。そうなると討ち漏らしが出てね、それがやっかいなんだ。防衛線を抜けられた場合、霊樹の方に向けて攻撃をしないといけなくなるだろ?」
「つまりは撃ち漏らした魔獣を退治できる人員が欲しいと……。でもそれなら討ち漏らしが出ないほど竜を集めるとか、そういうことはやらないのか?」
「あはは、それが確実なんだろうけど、実はこの果実、竜にはそう必要のないものなんだよね。だから持ち回りの義務的な仕事で、わざわざ数を揃えるというのは難しいんだよ」
「それ、そもそも守らなくてもいいんじゃない?」
「そう思うよね。でもそうもいかないのが面倒なところなんだ」
「んー?」
「えっと、どう説明したものかな。全部説明しようとすると長くなるから……要点だけにしよう。まず食べると若返る果実ってのはすごく価値があることはわかるよね、特に只人にとっては」
「まあ、それはな。さっきえらいもの見たし」
人が発狂する姿なんてそうそう見るものではない。
なんならそんなもの見る機会などない方がよい。
「うん。だからさ、果実が欲しくて欲しくてたまらない只人の集団が管理するより、べつにそう欲しくもない竜が霊樹を管理した方がいいのはわかるよね?」
「わかる」
エレザみたいなのが集団で管理とか、いったいどうなることか。
想像できないし、したくもない。
「竜族は妙な混乱が起きないようにするための重しなのか」
「そういうこと。そして収穫した果実は、欲しくて欲しくて堪らない人たちに一部分配する。この人たちってのは、ケインくんみたいに強い人で、さらに世界の国々に影響力を持つ人たちだ。要は世界を裏側から操る人たちだね。その人たちは、世に無用な混乱が起きないよう監視することを条件に、この収穫作業に参加して果実を貰えることになっている。監視人とでも呼ぼうか」
なんかさらっとえらいこと言ってるな……。
だが聞いてみるとなんとなく納得もできる。
力を持つ存在が最終的に求めるものは寿命なのか。
「具体的な話をすると……そうだな、普段、霊樹の世話をするのは各地から来たエルフにやってもらってるんだけど、これはそもそもの寿命が長く果実を必要としない種族だからだ。このエルフたちの労働に対する対価は、竜族が認めた『霊樹の世話役』という立場で、これはエルフという種族を守っている」
「種族を守る?」
「うん。もしどこかの国、どこかの領主、どこかの組織がエルフ狩りとか始めようものなら、竜族はその地域の監視人に管理責任を問うことになる。要は果実の分配がなくなるんだ。だから果実が欲しくてたまらない監視人は、必死になってこんな問題が起こらないよう管理地域を監視するわけだね」
エルフ狩り……。
まだアイルしか会ったことのない俺からすると、どんな物好きだと思えてしまうが、エルフといったら容姿端麗なもんで狙われるという話はよくあるもの。これまでそういった話をいっさい聞かなかったのはこの果実を巡るシステムがうまく働いている結果だろう。
「とまあそんなわけで、世の平穏を守るためにはある程度の収穫は必要で、ようやく今の形になって上手くいっているんだからここで投げだすわけにもいかず、竜族は面倒ながらも持ち回りでお仕事をするわけなんだ」
「話はまあわかった。けど……やっぱり俺を誘う必要がちょっとわからないな」
「だよねぇ」
いや、だよねぇって。
つかシルがずっと黙って俺をじ~と見つめてくるのはなんでだ?
「ケインくんはさ、これまでずっと森に住むことにこだわっていたでしょ? でも今はそうでもないわけだ」
「ああ」
「ならさ、たまには珍しいものとか見に行くのもいいんじゃないかなって、そう思うんだよね」
あ……。
なんとなくわかった。
これ防衛戦力とかそういうのは全部おまけで、一番の目的は俺を誘ってのお出かけだ。
森に籠もっている頃、シルにちょいちょい誘われたんだよな、世界を見て回るのもいいぞとかなんとか。
「な、なるほどな。うん、たまにはいいかもしれないな」
「あっ、わかってくれた?」
お兄ちゃん急に声が嬉しそうになった。
これシルになんとかしろと言われてたやつだな。
「現場で役に立てるかどうかはわからないけど、それでもいいなら引き受けるよ」
「うんうん、来てくれるならそれでいいさ。じゃあよろしくね!」
「よろしく」
こうして話はまとまった。
シルは満足そうな顔でうんうん頷いていた。
△◆▽
さて、こうして遠征が決まった俺だが、じゃあ少し留守にする、で話は終わってくれなかった。
「行きたいなー」
「行きたいですー」
ノラとディアが同行したいとおねだりを始めたからだ。
実態は観光であっても、なんか魔獣が攻めてくるわけだし、さすがに二人を連れて行くわけにはいかない。
ところが――
「うん? 良いのではないか?」
シルが気安く許可してしまう。
竜族や監視人、それに世話役のエルフもそれなりに戦えるので魔獣が押し寄せるものの危険は少ないらしい。なんなら自分が二人の護衛役を引き受けてもいいとシルは言う。
まあ俺とシルが居ればそうそう危険な目になど遭わないか。
仕方なく許可したところ、さらにラウくんとペロが追加され、ならばとクーニャまで同行したがった。
「私はケイン様の活動を記録する使命があるのです。どうかご一緒させてください。余計なことはしないのでお願いします」
「ふーむ」
正直、連れていきたくない。
あるいは連れていって向こうに捨ててきたい。だがそれでは猫どもの世話をする奴がいなくなる。それは困る。
「お前を連れて行くと、猫どもが宿を荒らすかもしれん」
「そこは言い聞かせますから大丈夫です。それに悪さをしたらおやつが貰えないともうわかっているので、心配はいりませんよ?」
「んー、まあ来たいなら来ればいいんじゃないか?」
「はい、ご一緒します」
こうしてクーニャが追加され、その後、屋台営業のために出発しようとしていたアイルがちょろっと顔を出して参加の旨を伝えてきた。
どうやら霊樹の世話をしているエルフの中に、アイルの里の者たちもいるようで、ちょっと顔を見せに行きたいという、わりと真っ当な理由だった。
こうして霊樹観光ツアーに出掛けるのは、俺、ノラ、ディア、ラウくん、ペロ、クーニャ、アイルとなり、ノラが行くのであれば当然エレザも付いていくだろうし、シセリアは嫌がっても強制、つまりいつものメンバーにおまけのクーニャということになった。
ひとまず話がまとまったため、シルとヴィグ兄さんはさっそく明日出発することを伝えて帰還した。
ずいぶんあっさり帰ったなと思ったが、しばらく後でシルから電話がかかってきて、ちょっと弾んだ声であれこれと明日の話を始めた。しかしそのうち『やっと外に目を向ける気になったか』とかなんとか、『森に居る頃のお前は実に頑固だった』とかなんとか、エピソード記憶をそのまま言語化して再生しているような状態になり、俺はそんなシルの話を無心で聞きつつ、なんとか膝の上に飛び乗ってくつろごうとする猫どもを撃退し続けた。
やがて長い長い長電話が終わった頃、三徹くらいした者が浮かべる死相を顔に張り付けたシセリアが現れ、エレザの生贄にしたことに対する恨み言をめそめそと言い始めたので、さすがに悪いことをしたと思った俺はフルーツパフェを進呈して機嫌を取った。
△◆▽
そんなこんなで翌日。
俺たちは朝早くに自然公園へ向かうとシルとヴィグ兄さんがやって来るのを待った。
やがてシルとヴィグ兄さんが竜の姿で空からやってくると、まずは俺たちが乗り込むための装備を取りつけさせてもらう。さすがに座席なんか用意できないので、うっかり落っこちたりしないように体を固定するためのロープと座布団くらいのものだ。
さらに――
「はーい、みんなちゃんと厚着をしましょうねー。空の上は寒いみたいですから、気をつけないと風邪を引いちゃいますよ!」
きゃぴきゃぴとした様子でおちびーズの世話を焼くのはエレザリス(二十八歳)である。
いや、昨日、エレザリス(二十八歳)は死に、今ここに居るのは謎の美少女メイド、エレザ(十四歳)であると当人から念入りな説明があったので、その振る舞いがどれほど痛ましかろうと、年相応なのでまったく問題は無いと認識をしなければならない。
こうして出発準備は進んだのだが、いざ出発となったとき、勝手に付いて来たニャンゴリアーズが『一緒に行くにゃ』『付いてくにゃ』とシルやヴィグ兄さんをよじ登るため、これをみんなで阻止するという余計な作業が発生した。
しかし引っぺがしても引っぺがしても諦めない猫ども。
埒が明かないと判断した俺は、皿にたっぷりのチ○ールを用意して離れた場所に置き、猫どもが夢中でペロペロしているうちに出発するという強行策をとった。
この作戦は実に効果的であるものの、あまり取りたくはない手段だ。
こういうおやつで気をそらすことを繰り返すと、猫は学習して何かしらちょっかいを掛けるとおやつが貰えると覚えてしまう。つまり構ってもらいたい時に加え、小腹が減ったときにもちょっかいを掛けてくるようになるので手間が増えるという結果になるのだ。
大した手間ではないだろうと思われるかもしれない。
だが考えてみてほしい。
日に三度の手間としても、一年で千九十五回、十年で一万回超えとなるのだ。
猫は無闇に甘やかしてはいけない。
甘やかすとますます懐いて大変なことになるのである。
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