第16話 チキチキペット猛レース 2/5
アイルについてシルは困惑し、俺は疑念を抱く。
だが当の本人はのん気なものだ。
「師匠、師匠、姐さんカラアゲ知らないみたいだからさ、せっかくだし食べてもらおうぜ!」
「ん、お、おお」
カラアゲの布教に余念がない。これはもはや褒めるレベルか。ともすれば食べてみてオバちゃん化しそうなアイルに戸惑いつつ、俺は皿に盛ったカラアゲを創造してシルに差し出す。
「これがそのカラアゲだ。俺のいたところじゃ一般的な料理だったんだけど……こっちでは全然広まってないみたいだな」
「ふむ、カラアゲか……。妹なら知っているかもしれないな。どれどれ」
シルはカラアゲを一つ摘まみ、しげしげと眺めてからパクっと。
そしてもぐもぐからの――。
カッ!
「ほう、美味しいな。これは酒に合いそうだ!」
「え、そういう発想になっちゃうの?」
ドワーフと同じじゃねえか。
お前いいのかそれで。
しかし若干あきれた俺など気にもとめず、シルは一つ、もう一つ、とカラアゲをひょいパク口に運ぶ。さらには腰の魔法鞄から大型の香水瓶みたいな豪奢な瓶を取りだし、満たしていた琥珀色の液体をぐびびーっと一気にあおった。
あー、ウィスキーの香りがしますねぇー。
「ふう、やはりな。だろう?」
なんでドヤ顔してるんですかね、この竜は。
いや、ここは『うーまーいーぞぉーッ!』とか叫びながら、口からビームを吐かなかったことを安堵するべきところか?
こいつマジでビーム吐くからな。
「まあ、合う……のかな? 普通はそれを薄めたものが好まれるんだけども」
「ほほう、そうなのか」
シルは考え込み、やがて歩きだすと食堂のテーブルについた。
そして無駄に優雅な雰囲気を漂わせつつ、天板をトントンと指先で叩いて言う。
「ではそれを頼む」
「え」
「
「はい」
気迫を感じた。
なんとしてもカラアゲに合うという酒を飲んでやろうという、抵抗を許さぬ気迫を。
これは『明日もう一度来て下さい。カラアゲに合うお酒を飲ませてあげますよ』とか言って誤魔化すことは難しそうだ。
先の騒動もあり、立場の弱い俺は仕方なくカラアゲの残る皿をシルの前に置き、続いてハイボールをジョッキごと創造して提供する。
「へいお待ちー」
「ほうほう、これがそうなのか」
シルは残るカラアゲをパクパク食べると、ハイボールをぐびびーっと一気飲み。
そして満足げにぷはーっと息を吐く。
「なるほど、薄いがさっぱりしているからぐいぐいいけるな。炭酸の喉越しも良い。うん、これはなかなか」
シルはすっかりゴキゲンだ。
気に入ってもらえたことは幸いだが……これは……。
「おかわりを頼む。両方だ」
「はい……」
嫌な予感は的中し、俺はがっくりと項垂れる。
俺は追加のカラアゲとハイボールを提供しつつ、心の中でアイルを恨んだ。
まったく、カラアゲを食べてもらおうなんて言いだすから。
どうすんだ、これきっとしばらく続くぞ。
まだ時間的には余裕があるものの、シルの一人宴会をいつまでも続けさせるわけにはいかない。適当なところで切りあげさせねば。
ふと見れば、お出かけしたそうなおちびーズがそわそわしてる。
「そわそわ」
「そわそわー」
「……そわ」
俺が気にしていることに気づいたノラが口でそわそわ言い、それをディアが真似、ラウくんもそれに続く。
なんてあざとい。
でもまだ子供なので普通に可愛い。
なんだかこのまま待たせるのは可哀想な気がしてきたので、俺はいざという時、おちびーズを鎮圧するための切り札にしようと考えていたケーキの投入を決断した。
「悪いな、これでも食べながらちょっと待っていてくれ」
用意したのは、ケーキと聞いたらまず誰もが思い浮かべるであろうイチゴのショートケーキだ。
「なにこれー!」
「これ、お菓子ですか!? すごくきれい!」
ノラとディアはすぐにケーキに魅了され、まじまじと観察したり鼻を近付けてくんくん甘い香りを嗅いだりしている。
ラウくんはすでにイチゴをもちゅもちゅだ。
さらに俺は物欲しそうな顔をしていたエレザとシセリアにもケーキを用意し、シルの相手している間の、おちびーズのご機嫌取りをお願いした。
「ケイン、おかわりを頼む。酒をもっと濃いめで」
「へーい、よろこんでー」
と応えはするが、もちろん渋々である。
注文通りはイメージできなかったので、ウィスキーと炭酸水を別々に用意して3対1で作ってやる。
「うん、これだな」
何が「これだ」だ呑兵衛め。
シルはこの濃ぉ~いハイボールがお気に召したようで、何度かおかわりのやり取りを繰り返すことになった。
やがて、この事態を引き起こしたアイルがぬけぬけと屋台を引いて自然公園へと出発する頃になると、シルはいい感じで酔い始めた。
「ういー」
「出会った当初はすごく立派な奴に見えたのに……」
付き合いを重ねるごとにシルはゆるくなっていき、最終的には遊びに来てはぐでぐでーっとだらけ、満足したところで帰っていくようになっていった。
本質的に竜族はこんなものなのだろうか?
なんか勝手に崇められるから見栄張っているとか聞いたことあるし。
「んー、なんだ、文句あるのかー? そんなこと言ったら、お前だってなー、あれだぞ、ずっと森で暮らすとか言っておいて、勝手に出て行ったじゃないか。私に何も知らせずにー」
「あー、それに関しては誠に申し訳なく……」
むぅー、と不機嫌そうな顔をするシルに謝罪。
それを言われると弱いのだ。
「まったく、森にいる頃は私だけだったのに、ずいぶんと知り合いが増えたじゃないか。それになんかエルフも増えてた。次に来た時にはまた増えてるんじゃないか? どうなんだー?」
「どうなんだ言われても、それ俺のせいじゃないし……」
「そんなわけあるかー」
むにーっと頬を引っぱられる。
「痛いです。痛いですよ。暴力反対です」
実際はそんな痛いわけではないが、言っておかないと恐い。
酔っているシルがうっかり力加減を間違えようものなら、俺は鬼の宴会に遭遇した爺さんのようにほっぺをもがれてしまう。
「そ、それでシル、今日は遊びに来たってことでいいのか? まさか酒が切れたからたかりに来たとかではないよな?」
危機的状況ではあるものの、やっと酒から意識がそれた今は対話する絶好の機会であるため、ひとまず当たり障りのない話題を振る。
するとシルは俺のほっぺを解放し、ちょっと気まずそうに視線をそらした。
「いや、そういうわけ……うー、実はそうなんだが、聞いてくれ、違うんだ。なにも私が飲み干してなくなったわけではないんだ。うちで振る舞ったら、余計な事にお裾分けをしようと母が言いだして、なら勝手に持って行けばいいものを、わざわざ私を連れて行ったんだ」
「は、はあ」
「そのせいでこんなに来るのが遅れたんだぞ。本当は二、三日中にまた来る気だったんだ。いや、ほら、またお前が何か騒動を起こすかもしれないだろう?」
大人しくしてるんですけどね。
そんなに信用ないのか。
「そういうわけで、酒がずいぶんと少なくなってしまってな、悪いがまた頼む」
「本当にたかりにきたとは……」
「そ、それだけのためではないぞ? えっと……」
シルは視線をさまよわせ、ふとラウくんにこねられるペロを見て「あ」と声を上げる。
「そうだ、あの狼。お前どこで拾ってきたんだ?」
「拾ってきたって言うか……森で会ったんだが。半年ほど前だな。ときどき餌をたかりにきてたんだ」
そう言えば、森でシルとペロが鉢合わせしたことはなかったな。
どっちもふらっと現れて、ふらっと去る感じだったから。
「森にいたのか? では金狼族ではないか……。あいつらが住んでるのは魔界だからな」
「ふーん?」
魔界か、そういや前に聞いたな。この世界には魔界とか妖精界とか、次元を隔てた別世界があるとかなんとか。なかでも魔界は特定の場所がこっちと地続きになっていて普通に行き来できるらしいが……俺は特に興味もないから、関わることはないだろう。
「まあわかった。酒は用意するとして……実はこれから出掛ける予定があってな、このままお前の相手をしているわけにはいかんのだ」
「ぬ!? せっかく来たのにか!?」
「いや来て早々に酒飲んで酔っぱらい始めた奴がなに言ってんだ」
「むぅ……。どこへ行くんだ?」
「えっとな――」
と、俺は従魔レースについて説明してやる。
シルは恨めしげな目で俺を睨んでいたが、聞き終わったところで言う。
「わかった。私も一緒に行こう」
「え、来るの?」
「行く! またお前が妙な騒動を引き起こすかもしれんしな! ちゃんと見張っておかないと!」
「いやむしろ酔っぱらったお前を俺が見守る感じだろここは」
「私は酔ってなどいない!」
「こいつ、酔っ払いの常套句を恥ずかしげもなく……!」
正直心配である。
だがシルは大人しく帰りそうにないし、ここに置いて行ってもグラウやシディアの迷惑になるだろう。
「お前、ちゃんと歩ける? 大丈夫か?」
「大丈夫。まったく問題ない。もし問題があったとしても、その時はあれだ、お前に背負ってもらえばいい。いやむしろ最初から背負っていけばいいと思う。さあケイン、おんぶだ。光栄に思うがいい。私をおんぶしたことがあるのは父と母と兄と、あと祖父祖母と、あと……」
うん、ダメだなこれは。
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