第23話 野良少女の保護
「あー、お嬢ちゃんは冒険者になりたいのか?」
見た目も健康状態も良い少女――ノラ。
そこはかとなく、良いところのお嬢さんという雰囲気がある。
「そうなの。なりたいの。でもお父さまには反対されてるの。でもでもお母さまは賛成してくれていて、十一になったら訓練してくれるって言ってたの」
「ん? じゃあそのお母さまがここで野宿しろって言ったのか?」
「そうじゃないの。お母さまはお出かけしていて、戻ってきたら訓練を始めましょうって言っていたの。私が十一になる頃に戻るって話だったのに、なかなか戻ってこないの。だから私は、先に訓練を始めることにしたの」
「なるほど……」
家出してきたのか、それとも親父さんに「そこまで言うなら一度家の外で過ごしてみろ!」とか言われてチャレンジしているのか……まあそんなところだろう。
うーん、これはあまり関わるべきではないかな?
でも、何だか放っておけない感じのする娘だ。
それに『冒険者になる』と決意して行動を起こしたことには共感を覚える。なにしろ俺も『悠々自適な生活を実現する』と決意して行動を起こした者だからだ。
「そうかー、冒険者かー……」
冒険者になったばかりの俺が、冒険者の仕事についてあれこれレクチャーするのはさすがに無理だ。しかし、野外で生き抜く手段――特に魔獣が跋扈する森での生き延び方については専門家である。
ならば、決意した者のよしみで、ちょっとくらい手ほどきをしてやってもいいのかもしれない。
いや、してやりたいと言うか、しとかないと不安になると言うか。
なにしろ、公園で野宿することが冒険者になるための訓練だと思ってるお嬢さんだ。
その思いつき、当人は天啓のごとき閃きだと捉えているかもしれないが、そういうのは往々にしてただの暴走なのである。
せめてそこは軌道修正してやりたいところ……。
「なあノラ、ペロを返してくれるなら、野宿のやり方とか冒険者になったとき役に立ちそうなことを教えてやってもいいぞ?」
「えっ、本当!? ――あ、もしかしてあなた冒険者なの?」
「一応は。まだ登録したてだが、この都市に来るまではずっと魔獣いっぱいな森で活動していたからな。ちょっと不本意だが、野外で過ごすのは得意なんだ」
「すごい……!」
そう、凄い。
悲しいことに凄いのだ。
「どうする?」
「教えてほしい! あ、ちょっと待って……と、はい!」
ノラはペロの首に巻いたツタを解いて解放した。
しかしながら、ペロはノラの側に寄り添ったままだ。
なんだろう、俺にはわからないが、ノラからとても美味しそうな匂いでもするのだろうか?
「じゃ、契約成立ということだな」
「はい! よろしくお願いします、先生!」
「先生て、そんな大げさなもんじゃないけど……」
やることはちょっとした技術指導。
短期のインストラクターみたいなものだ。
「ひとまず、今日はこのあと雨が降りそうだから、教えるのはまた明日だ。昼過ぎくらいに来る。お前も今のうちに帰った方がいいぞ」
「あー……。うん、わかった」
こうして俺はサバイバル指導を条件にペロを回収し、宿屋へと帰った。
△◆▽
宿に戻った俺は、散歩がてら公園でペロに運動をさせてきたことをディアに報告した。
さらにノラとの出会いも。
「ケインさんケインさん、わたしも教えてもらいたいです! 実はわたし、お父さんやお母さんから冒険者として活動できるようにって訓練を受けているんですよ!」
「それは――あー、そうか。ならノラと気が合うかもしれないな。明日は一緒にいってみるか」
「はい! 行きます!」
ふう、危うく「それは宿がいよいよ危なくなったときのことを考えてのものか?」などと失言が飛び出すところだった。
「ならラウくんも誘うか……」
ディアとノラが訓練している間は、ペロと遊ばせるのがいいだろう。
そんなふうに明日の予定を考えていると――
「あ、ケインさん、雨がふってきましたよ。危なかったですね」
「そうだな。危なかった」
泥の化身と化したペロが宿屋で大暴れする事態は免れた。
「さて、ノラは濡れる前に帰れたかな……」
なんとなく俺はノラのことを考え――
「帰った……か?」
ふと思い出したのは、帰るよう告げたときノラの返事がなんとなく歯切れ悪かったこと。
あれー? まさか家に帰ったら親父さんに捕まってチャレンジ終了、冒険者断念なんて縛りがあったりしないよな?
いやまさか……でも……。
うーん……。
「しゃーない、行ってみるか」
どうせこの後は予定もなく、宿屋でのんびりするだけだ。
居なければ居ないでいい。
すべては俺の心の平穏のため。
家の鍵はちゃんと閉めてきたか、それが気になって戻るようなものである。
△◆▽
公園へ戻ると決めた俺は、魔法で雨を弾きながらてくてく移動。
やがて日が傾いてきた頃、公園に到着する。
そして――
「マジかー……」
お嬢ちゃんたら、居ちゃったよ。
林の中でもなければ、雨を凌ぐことすら難しいポンコツ秘密基地。
ノラは体操座りで膝を抱え、顔を伏せうずくまっていた。
「うん……?」
声で俺の存在に気づき、ノラが顔を上げる。
きょとんと。
「あ、先生……。えっと……雨宿り、する?」
そうじゃない。
そういうことでなくて、あーもー。
ため息一つ。
これ完全に段ボール箱入りの子犬だか子猫だかを拾うやつだ。
「あのな、野宿はただ野外で夜を越せばいいって話じゃないからな?」
ノラを強引に引っぱり出し、ひょいっと脇に抱える。
「おお!?」
「ん? 抱え方が雑か?」
「ううん、いい。よくこうやって抱えられてるから」
「そ、そうか……」
良いところのお嬢さんかと思ったが、普段から荷物扱いされているのだろうか?
だがそうなると、なんだか嬉しそうなのがよくわからない。
「ひとつ確認するが、もしかして家に戻るのはまずいのか?」
「あー……うん」
「そうか。じゃあ、ひとまず俺の泊まっている宿へ行くぞ」
「え? 宿って?」
「家に戻るわけじゃないから、いいんじゃないか?」
「ふぇ? ――あ、そっか!」
ノラとしてはこの詭弁をセーフと判断したようだ。
親御さんも、俺みたいな奴が現れて、ましてノラが懐いて付いていくなんて想定してなかったんだろうな。
「んじゃ、行くぞー」
「はーい!」
とっとと連れ帰って、まずは風呂へ放り込もう。
そう考えながら、何故かうきうきしているノラを抱えて歩きだす。
と、そのとき――
「――ッ!?」
脅威が。
森でも感じなくなって久しい脅威の気配が忽然と現れた。
咄嗟に視線を向け――目を剥く。
「なんだあれ……!?」
林の木々、そのうちの一本。
太い幹からぬっと現れたのは、有機的な曲線をもつ禍々しい全身鎧を身につけた何者か。
もし戦隊モノの敵幹部として出てきたら「あ、これ殉職者が出るやつ」と勘ぐってしまうこと間違いなしだ。
瞬間移動でもしてきたのでなければ、奴は少し前にはこの辺りに居たことになる。
つまりそれは、森で魔獣と命がけの隠れんぼを二年も楽しんだ俺の感覚をすり抜ける隠形、そんなものを使える実力者――隠れんぼガチ勢ということだ。
さすがにこれ、隠れんぼのお誘いに現れたとかじゃないよな……?
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