第19話 魔境からの追跡者
「むしってきた薬草一本でこんな騒ぎになるとは……」
森でいくらでも採集できる草一本が数万とは、まったくたまげたものである。
いや、あれか、元の世界と照らし合わせると、松茸生えまくりだけど、高確率で餓えた熊と複数回遭遇する場所へ行けるかどうかという話か。
そう考えると……なるほど、高値になるわけだ。
これで〈猫袋〉に放り込んであるほかの薬草も提出したら、いったいどんなことになるのやら。
「んー? あれー、これまで捨てていた魔獣の素材が募集されてるな……」
待たされている間、各等級の依頼を眺めて時間を潰していたところ、これまで自分はもったいないことをしていたという事実が明らかになった。
「でもなー、牙とか角とか、山ほど持っていても意味ないし……」
毛皮や腱だって、そんなやたらめったら使うものではない。
つか目玉とか脳なんてそんなもん普通保存しとかねえよ。
「で、ふむ……魔獣の子供の捕獲なんてのもあるのか」
魔獣の子を捕獲するための人員募集がされている。
結構な報酬が提示されているのは、ただの狩猟や討伐よりも大変だからということなのだろう。子供が攫われるのを、指をくわえて眺めている親はいないからな。
「ふーむ、魔獣の子供か……」
お金持ちが道楽で飼うのかな?
△◆▽
依頼を眺め終わって暇になった。
そこで新人である俺に絡んでくる先輩はいないかと、居合わせた冒険者たちに絡みに行ってみた。ところが、どういうわけかみんな俺とは関わり合いになりたくなさそうに、素っ気ない対応をするばかり。
「おかしいな、どうして誰もいちゃもんつけてこないんだ……?」
「おかしいのはお前だ」
失礼なことを言うのは支部長。
その隣にはハアハア息を切らす男性がいて、唐突に俺の両肩をがっと掴んできた。
「き、君が葬送花を持ち込んだ冒険者だね!?」
「ええ、まあ。あー、錬金術ギルドの人?」
べつに白衣を着ているわけではないが、なんとなく学者風味な装いはこのボロいギルドの関係者ではなく、もっと良いところの人間であることを示唆していた。
「そう、話を聞いて走ってきた。よくもまあ、あんな物騒なところにしか咲かない花を、あんな良い状態で持ち帰れたものだとびっくりしたよ。あれはアロンダール大森林で採取したものだろう?」
「そうそう、いっぱい咲いてたよ」
「い、いっぱい咲いてた……? それちょっとした地獄だろ……。なんでそんなとこ行っちゃったの? 死にたかったの?」
なんか引かれた。なんでや。
「まあ地獄はおいといて、あれが本物だってことは、確認してもらえた?」
「それはもちろん」
やれやれ、これでやっと依頼達成だな。
「ところで、地獄を覗いてきた君は、ほかにも葬送花を持っているんじゃないかな? もしかして、依頼が出ているほかの薬草も持っていたりしない?」
「あるにはある」
「おお! ぜひそれも買い取らせてもらいだいんだが!」
「今日はもう面倒くさくなったから無理! またそのうち!」
「ええっ!?」
びっくりする男性を放置して、俺はコルコルから報酬を受け取る。
なんか支部長が渋い顔をしていたが気にしない。
言われた通りちゃんと来たし、しっかり仕事もした。
だから文句は言わせないし、言えないことは支部長もわかっているから変顔を披露しているのだろう。
△◆▽
冒険者ギルドを後にした俺は一路宿へ引き返す。
寄り道しようにも行く当てがないし、下手に散策したら迷子になりそうだったので今日のところは大人しく帰り、ディアに王都を案内してもらうことにした。
「収入もあったし、案内のお礼ってことで昼食でも奢ってやるか。となると、ラウくんも誘わないと可哀想だな」
そんなことを考えながら歩いていた、その時――
「……わんわん……!」
なにやら、聞き覚えのある鳴き声が……。
鳴き声のした方を見やると、淡い砂色の毛並みをした一匹の子犬がこちらに駆け寄ってくるところだった。
「あれ、ペロ? なんで?」
こいつは森で生活しているとき、ときどき餌をたかりに来ていた子犬(♀)である。たぶん犬のはず。狼はあんなわんわん吠えないから。
つかこいつ、森から俺を追って来たのか?
「わん、わんわん!」
伏せたり、跳ねたり、ぐるぐる回ったり、ウィリーしたり、ペロは忙しなくじゃれついてくる。
だが、これは再会を喜んでいるわけではなく、餌の催促をしているだけなのだ。
「まさかこれを貰うためにわざわざ……?」
もしかしてシセリアってどっこいなのか、などと考えながら〈猫袋〉から取りだしたのは、衝撃猪の肉を撲殺樹のチップで燻した俺特製の燻製肉である。
「きゃうーん! きゅんきゅーん!」
よこせ、早くそれをよこせ、と俺の足にすがりついて催促するペロはあざといほどに可愛らしい。可愛いは正義か。これが薄汚れたおっさんだったら絶対にくれてやらないだろう。
「ほれ」
「おん!」
スマホ大の燻製肉を放ると、ペロは即座に反応してがぶっとお口でキャッチ。でもっていったん地面に置き、前足で押さえつけながら食いちぎって食べ進めていく。子犬のくせになかなかワイルド。
やがて食べ終えたペロは、また俺を見上げて尻尾をぱたぱた。
「わん! わん! きゅんきゅうーん!」
「まだよこせってのか……」
仕方なく追加。
まったくよく食う子犬である。
しかしそのわりには、さっぱり大きくならない謎の子犬。もう出会ってから半年くらいたつが、一向に育たず姿は子犬のままだ。
もしかして珍しい魔獣なのだろうか?
そう考えた、その時――
「――ッ!?」
稲妻のような閃きが。
俺はペロを抱え、急いで冒険者ギルドに引き返した。
△◆▽
「いったいなにを考えてるんですか貴方は!」
おお、コルコルが荒ぶっておられる……。
でもって、いきり立つコルコルに抱きかかえられたペロもまた「がるるる……!」と俺を威嚇中だ。
周りに集まったほかの受付嬢からも敵意を感じる。
「お前、騒ぎを日に二度とかな……」
来なくていいのに、支部長まで出てきた。
「追って来た子をさっそく売り払おうとするとかホント信じられません! 人としてどうなのですか!? この子ったら、びっくりして貴方を二度見してましたよ!?」
「え、だって……ほら、お金持ちに買われて不自由なく幸せに暮らせるかなぁー、と。俺もお金が手に入って幸せだし」
これぞWin‐Winというやつだ。
「あのな、そもそもうちでは生きた魔獣の買い取りはしていない。やっているのは従魔ギルドだ。ちなみに、所属していない者が魔獣の売買をしようとするのは違法だぞ」
「は? 依頼にあるじゃん」
「よく読め。その従魔ギルドに関係する依頼だ。冒険者は捕獲のための人員なんだよ」
「あ、そういう……」
なんだ、従魔ギルドって『鍛え抜かれた魔獣捕獲部隊!』みたいなのを保有しているわけではないのか。
「ところでさ、そいつってどういう魔獣なんだ? 出会ったのは半年くらい前なんだけど、ずっとちっこいままなんだよ」
「あいにくと子供のままでは判断がつかんな。魔獣の子供というのは珍しいもので、詳しい奴なんてそうそう居ない。しかし……ふむ、見た目は狼の子供だが、成長が遅いとなると……特別な個体か? 単独でいるのは、特別ゆえに群れを追われたか」
「そんな……! 可哀想なペロちゃん! ねえペロちゃん、よかったらうちの子になりませんか? お姉さんと一緒に暮らしましょう?」
と、コルコルはペロを懐柔しようとするも――
「くぅ~ん……」
「むぅ、売られそうになってもあの人がいいんですか……」
コルコルが渋々下ろすと、ペロはててっとこちらに駆け寄ってきた。
でもってズボンの裾をがじがじ噛んできた。
「裏切られてもまだ慕うなんて、なんて健気な……!」
「いや攻撃されてんだけど……」
「ともかく、お前が飼っていたんだから、ここでもちゃんと面倒を見ろ。従魔ギルドには俺が登録申請しておくからな」
「え!? こいつ、餌をたかりに来ていただけで、俺が飼っているわけじゃない――」
「しておくからな」
押し切られた……。
△◆▽
わんわん吠えるくせに実は狼らしいペロ。
そんなこいつは、きっと人里に遊びに来ているだけ。
飽きたらさっさと森に帰るはず。
そう前向きに考えながら、俺は渋々ペロを連れ帰った。
「あ、ケインさんお帰りなさ――ってその子は!?」
「ちいさいわんわん……!」
ディアがすぐに興味をもった。
一緒にいたラウくんも目を輝かせている。
「こいつなー、森から俺を追っかけてきたんだよ。この宿って従魔は大丈夫? 駄目なら……どうしよう。売るわけにも、捨てるわけにもいかないんだ。森へ返しにいくのも面倒だし……」
「だ、大丈夫です! ちょっと待っててくださいね! ――おとーさーん! おねがーい! 子犬飼いたいんだけどー! おとーさーん!」
ディアがどたばた走り去る。
そして残されたラウくん……いや、あえて残ったのか?
じぃ~っと、ラウくんは口半開きで舌を出したアホ面のペロを見つめている。
「抱っこしてみる?」
「……する」
こくり、と頷き、ラウくんはペロをむぎゅっと抱きしめた。
人生初もふもふだろうか?
と、そこにディアが戻って来る。
「ケインさん、大丈夫でしたよ! ――あ、ラウくんいいな! お姉ちゃんにも抱っこさせて!」
「やっ」
「ラウくん!?」
弟に拒否され、愕然とするお姉ちゃん。
なんということか、魔性の獣たるペロはその愛嬌で純朴な姉弟を魅了し、二人の間に不和をもたらしてしまった!
「ラウくーん、お姉ちゃんにもー!」
「やー」
ペロを抱きしめたまま逃げるラウくん、それを追うディア。
楽しそうでなによりだ。
「しかし、まさか森から追ってくるとはなぁ……」
居なくなった、では諦めず、森を突破してくるペロの食い意地のすさまじさよ……。
と――
「あ、そういやあいつに連絡してねえ」
ふと、シルのことを思い出す。
きっと俺を訪ねてきたらびっくりするだろう。
そりゃログハウスが爆心地に変わっていたら驚くに決まっている。
いくら勧められても、頑なに森から出なかった俺がまさかウィンディアに居るとは思わないだろうから、行方不明になったと心配するんじゃないだろうか?
うーん、なんとか連絡をとりたいところだが……。
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