自慢の妹であり、人智を超えた存在故に
「ヒサメに限って、そしてなによりもたかがひとの身で本物の怪物や化け物にまともな戦いを挑もうというのがそもそも間違っています。そして、ザンキ殿には驕りがある」
「……これまでと同じにいく、という?」
「ええ。ヒサメが
「そう、な、のか?」
「ええ。わたくしの自慢の妹ですもの」
そう言い切れるだけの信頼を置ける妹、というかきょうだいがいるというのも羨ましいものがある。ルィルシエが頼りないというわけではないが、妙に心配になる。つい先日などはどういう心臓をしているからなのか、シオンを供に飴を買い食いにいったので。
あとから、過去に例を見ないほどセツキに説教されて「二度とシオン様を外出に誘いません」と反省文を書かされていた。それも身に沁み込むように百回ばかり。二十回くらいでファバルが、五十回くらいでフェネアが「そのくらいで」と言ったが無視された。
最終的に百回で済んだのはシオンが仲裁に入ったからだ。「ある意味悪乗りしてしまいましたわたくしに非がございますのでわたくしも書き取りをさせていただきますわ」などと言ってセツキを困らせ、自らの軽率さを列挙し、代理謝罪したので解放となった。
しかし、さすがに完全な無罪放免、とはいかずルィルシエはしばらくの間、勉強五倍の刑に処された。もちろんクィースに教わるのもなし。んで、ルィルシエ当人は書き取り罰則が祟って軽い腱鞘炎を患ったものの、その後は半べそでもお勉強をこなしている。
ある意味、ある意味でだけ天晴、と言いたくなる根性をしている。守護の神鎮守をお買い物に誘うとか。フェネアなどあの初夜の晩以降なんとなく忙しい上にお誘いをかけるのもどうだろう? と思ってしまい、そういうこともできていない、というのに……。
お陰? せい? で最近欲が身の内で悶えているのがわかるほどだ。今、シオンの色っぽい姿など見てしまってはこの場で押し倒す自信がある。ああ、欲求不満なのかな?
とか、どうでもいいことを考えかけた脳味噌に緊急停止をかけたフェネアはシオンの色香に比べてどうでもいいもののちょこっと気になったことを訊いてみることにした。
「え、ええと、不死鳥の意味というのは?」
「はい。ニタはいずれ再興するのでは、と」
「……滅んでも滅びない。不死鳥の生命が描く輪のように永遠と続いていく、と?」
「永遠なるものはありませんが、広く一般に不死鳥の札がでる、というのはそういうことですね。このコはいずれまた魔力を失って札に戻ります。この札は母上が伝説の生き物などの欠片を用いてつくった札。あちらで死神を意味する〈死棄法師〉もございます」
「しき、ほ、うし?」
「東方の退魔士を法師、と呼んでございます。彼らが死した時、死を恐れるあまり死を放棄したことで生まれた〈魔の物〉ですが、ありとあらゆる魔力の恩恵を無効化する能力を持っておりますのでヒサメや母上など生粋の魔術師の天敵たる相手、でございます」
へえ。とフェネアが思ってしまったのは仕方がない。この戦国でシオンがサイで在った時の最も辛い思い出の中に彼女と戦い、交代したヒサメもといレンと戦った記憶で彼女に通常攻撃は一切効かなかった、という覚えがあるので。あの氷の防壁がいい例えだ。
ウッペ最恐で最強であるセツキの槍を破壊するほどの極低温というか異常すぎる冷気だったので。アレを無効化できるならばそれは生身に同等となるな、との想像は易い。
「それは倒せるものなのか?」
「はい。父上やわたくしのような魔力の恩恵に頼らず人族がいうところの剛力をだせる戦士職者にとっては〈死棄法師〉もお豆腐のようなもの。軽く殴ってもぷちゅん、と」
「ソ、ソウデスカー……」
思わず棒読みになってしまう。それってつまり夫婦喧嘩で殴られでもしたらフェネアなど原形も残らないのでは? という物騒極まりない思考にいたってしまって。ほんの些細な口喧嘩ならばいざ知らず本気の喧嘩、拳骨勝負では勝てそうにない。断言できる。
妻を怒らせもとい本気にさせないよう気をつけよう、と心に誓ったフェネアでありましたとさ。シオンは不思議そうにフェネアを見ているのか、首をこてんと傾げている。
「最後の滴り落ちる血は」
「申し訳ありません。誰の血か。なぜ流れたのかまではさすがに見えませんでした」
「いや、いい。シオンやヒサメのものでなければいい。十二分に安心できるからな」
「……。もったいないお言葉です、陛下」
堅苦しく礼を述べるシオンにフェネアは軽く首を振ってからそっと、しかししっかりと妻の手を握る。きゅ、と力をこめる。喪いたくないし、失いたくない。もう二度と。
一度失って喪って絶望した。だからこそ二度とこの手からそばから放したくないし離したくない。それが為に兵たちや国民を戦の災厄に巻き込み、危険にさらしても。もう後悔だけはしたくない。後悔した。あの日あの時、果てもない闇に身投げしたかのよう。
なので、もう二度と望み断たれぬように在りたい、とそれこそ必死で願う。シオンに知られれば余計な心配をかけるだろうが、命に代えても守りたいと思っている。命尽きぬ限りずっと共に在りたいし、一緒に在れたらそれだけで幸福。幸福すぎる、とも言う。
誰よりも幸せにしたい。誰よりも彼女と共に幸せになりたい。一緒でない幸福など要らない。同じ刻みの時間を一緒に。せめて、同じ瞬間を共に生きることを希望したい。
無理だ、と他人は言うかもしれない。だって彼女は世界の神は最高神の娘。誰よりも崇高で高潔で美しい。遠目に見るだけでいいのではないか? そう言われても仕方ないのは人一倍痛感している。眩しい。彼女を見ていると心が洗われるようで、悲しくなる。
「吉報をお持ちできますことを」
「ああ、そうだな。ヒサメにも礼を言っておいてくれないか? ナフィのことで面倒をかけるだろうが、どうか、よくしてやってほしい。そう簡単に癒えないだろうが……」
そう簡単じゃない。両親の死を背に捨ててきてしまったことで負った心の傷はそう簡単には癒えない。それはわかっている。蛮国の侵攻で踏み躙られた両親の命。きっとどんなに憎んでもその心痛が鎮まり、心休まることはない。わかってもどうしようもない。
だけど、どうか心安らかに在ってほしい、と願う。大事な幼馴染だからこそ。彼のことも気にかけたい。ヒサメなのできついだろうが、あの娘も優しいので平気と信じて。
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