占いに新たな解釈を
結界を張ったシオンはひとつ呼吸を置いてから山札より順番に配りはじめる。その手つきに迷いはなく、とんとん拍子に進められていき、山札が残り五枚になったところでようやく手を止める。水晶を山札の右隣に、香炉を反対隣に、蠟燭を手前へ静かに配す。
「我、シフォル・イジェニムト・ハーヤ・ミュレン・ボッスウォルオリタフィア・エリクリクス。我が声に応えよ。この国に在りては我が最愛に影ぞあるか、ここに教えよ」
相変わらず呪文のような真名である。なんでも万年を生きた竜にのみ名づけが許された上に、我こそはとこぞって双子に名を贈りたがったので双子併せて膨大な名がこめられたのだという。ハリ姫ももちろん名を贈ったそうだが、他の竜らの喧嘩を笑ったとか。
……。多分、実際は喧嘩などと生易しいものでなかったのは明白。なにしろそれぞれが世界にその名がある神だ。クィースたちに
「お返りなさい」
ふと、フェネアが意識を遠く遊ばせていると凛とした声が聞こえてきた。シオンの声がなにかに返るように、と言いつけている。フェネアが飛んでいた意識を戻すとシオンが配った札が表に返るところだった。でた札の絵柄は本当に珍妙、との言葉がよくあう。
そして、シオンにはその札の絵だけで意味がわかるらしいが、彼女の手は水晶に翳される。水晶の中の靄が蠢き、形になる。なにか広大などこかの景色? と思っているとシオンが次の札を返す。そして、水晶に手、を繰り返し、最後に山札の一番上を取った。
そして、迷うことなくその札を蠟燭の頭に宿る火にそっとつける。もちろん、札は即座に火で炙られて燃えてしまう。炭屑となったそれをシオンは香炉の中に落とす。すると不思議なことに香炉の中で羽毛もまばらな鳥の雛のようなものが生まれたではないか。
シオンの手が雛鳥を拾いあげてそっと息を吹きかける。今度は摩訶不思議を極め、雛鳥は急成長。赤と金色の羽毛と尾羽が美しい変わった鳥に変化した。フェネアは目が点状態だったが、シオンが口を開いたのでそちらの方に集中する。彼女はまず、鳥を指す。
「不死鳥、と呼ばれる伝説の生き物でございます。灰から生まれ、灰に還りまた生まれる永遠の輪を象徴し、示すものです。こちらはのちほど説明いたしますわ。水晶の中を見られましたね? 広大なる地、というよりこれは海です。……お気づきでしょうか?」
「……まさか、壊れる盾というのは」
「ええ。エネゼウル女王陛下、マシーズ王が張っていらっしゃる結界であろう、と」
「難攻不落の結界が破られる、のか?」
「この世に完全無欠がないのと同じです。形あるものみな壊れゆく
「だが、エネゼウルが落ちるわけでは」
「大丈夫です。彼の地にはツチイエ、ザラ。そしてなにより鎮守の片割れがいます」
「では、ふたつの影と血は、いったい」
シオンは少しの間、黙った。思考をまとめる、というよりはどこまで言うべきか悩んで見える。当然だ。未来を事前に知るということは
それは不利益だ。誰にとっても。未来を不安に思いながら期待を寄せて生きるからこそ人間は生きることに価値と幸を見いだすのだから。わかっている時間を淡々と生きることほど退屈でつまらないことはない。料理に
どこまで言うか、言うべきで言わないべきかをシオンはしばし考えていたが、ややあって面紗の向こうから強い視線を感じたのでフェネアは強くしっかりと頷いてみせた。
シオンは受け取って水晶に手を翳す。現れたのは影だったがひとのモノではない。
「こちらを」
「これは、猫、と酒瓶?」
「これらはその者たちを象徴するモノ。ふたつの影はとある二体を示すのでしょう」
「二、体?」
「はい。ひとでない者。獄卒です」
「ザラの?」
「いいえ。ザラにあてがった者は補助を得意とする一体のみです。少なくとも猫と酒瓶は関係ない者でございます。こちらは、そう。ヒサメの使役する者たちではないかと」
それは初耳。とフェネアはこっそり思った。シオンが異次元の超大陸で獄卒の近距離と中・遠距離得意をそれぞれ従えた、というのは聞いたが、ヒサメも獄卒を使役とは。
ただ、万能型のシオンと違い、中・遠距離型の典型であるヒサメが使役するならば近距離戦闘を得意とする者か、とだけ想像がついた。姉妹で戦闘の得手、
なるほど。シオンの言っていた意味がわかったような気がする。巻き添えか、直接的に巻き込まれるか。ニタの王族は生き残りナフィツを匿うエネゼウルにこれで戦の影ができるということ。だが、すると、シオンは実際そわそわどころではないのではないか?
だが、シオンはフェネアの心配を鋭く察して微笑む。緩く優しく柔らかな弧を描く唇にあるのは信頼と自信。妹への揺るぎない信が故の笑みなのだ。普通には無理だ。なにしろ相手となるのは地獄の遣いが如き悪将ザンキ。当たり前に心配するし、したくなる。
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