第58話『衝突』

 この話より三条リンの一人称を”僕”→”ボク”へと変更します。

 

 ――

 

 文化祭でやることが決まってからの話し合い、場所は相変わらずの視聴覚室だ。

 今日も男子七名が集まり、生徒会の姉さんと智子先輩も俺から見える位置に立って様子を見守っている。


「じゃあ、まずはコンセプトだけど『お嬢様方に極上のおもてなしを』って感じで行こう。メニューはシンプルにドリンクを数種類用意する。紅茶がメインになると思うけどね。あとは軽食としてケーキも数種類用意して……ひとつはボクのお勧めとして特製のケーキを用意するよ」


 リンの説明に全員が注目し、話を聞いている。

 自分の話を終え、目線は俺の方へ。


「それでこの間バイト中に恵斗が言っていた案だけど……」

「あぁ、俺から言うよ。店の名前は『執事喫茶』でどう?」

『執事喫茶?』


 他男子たちの声が重なる。


「リンの挙げた『お嬢様方に極上のおもてなしを』ってコンセプトはまさに執事がぴったりだと思うんだ」

「それって、恵斗が夏休みにバイトで噂になってたアレか?」

「アレはどっちかって言うとホストかなぁ……」


 ホストという役割は男性が少ないこの世の中において『フレンドリーに親しみやすい存在』だ。

 

 相手を楽しませるといった役割は前の世界とあまり変わりがない。

 まぁ、男の価値が高い分、より貢がれる金額が前の世界の比じゃないらしいけど、何処も存在するのは俗にいう高級ホストだ。

 

 だからこそ、身近な喫茶店でホストまがいのことをしている俺の存在がウケたのだろう。

 

 対して執事は『男の希少価値が高い世の中で、あえて女性に尽くす覚悟を持った忠誠心のある存在』といった認識がこの世界にはある。

 

 本来特別な存在という認識のある男性が、女性を特別に扱うといったところがポイントだ。


 女性たちに心地よさと特別感を与え敬う存在、それこそが執事。

 女性に尽くす覚悟を持たないと出来る役割ではないということだ。


 そのことをメンバーに話すと一気に空気が重くなる。


「……なぁ、及川。お前出来んのか?」

「なっ、僕が一度決めたことを途中で投げ出すわけないだろっ」

「その割には後悔した顔してねぇ?」

「そ、そんなわけないだろっ!」


 必死で否定しているがその顔には『やりたくない』といった心の声が浮かんでいる。


「及川、今から降りても大丈夫だよ。元々はそこまでの話じゃなかったんだけど、やるなら思い切ったことやりたいって思って俺がリンに相談したんだ。俺一人でも接客は慣れてるし大丈夫だよ」

「フンッ、そう言われて引き下がれるか、今更降りることはしないぞ」


 そう言って及川はともに執事役をやることを決意する。


 リンに相談した時は『及川は降りるかもよ』と言っていたが杞憂にすぎなかったようだ。

 安心して話を続けられるとホッとしていた矢先に――。


 「なんでわざわざ女に尽くすような真似しなきゃいけないんだ? 男が執事なんて、どう考えてもおかしいだろ」

 

 その言葉に俺は一瞬息を呑んだが、内川がさらに続ける。


「女がぼくたちに尽くすのが普通だろう。なんでわざわざこんな下働きをしなきゃならないんだよ? 特にキミみたいなEクラスのやつが率先してやるのも気に入らない、何か企んでるんじゃないのかい?」

「企んでなんかいないって、言ったじゃん新しいことにチャレンジしようって、確かにこの世の中俺たち男の価値っていうのは高いと俺も思ってるよ。だけどそんな俺たちが女性に尽くし、女性のために働く姿を見せたらさ……それってものすごいことに思えない?」


 俺の言葉に彰も『まぁ……そうだな』と納得しつつあった。


 だが俺を嫌う彼らには響かなかったようで――。


「納得いかないな」

「そうさ、なんでおれらが女の為なんかに……」


 村田と吉村、二人が揃って否定的な意見を述べた。

 すると成り行きを見ていた彰が苛立ったように声をあげる。


「お前らいい加減にしろよ、オレたちはやるって決めたんだろ? 今さら文句言っても仕方ねぇだろうが。オレだって『執事』って聞いて最初は気乗りしなかったけど……恵斗の言う通りあえて男のオレらがやるってすげぇじゃん、女子たちをギャフンと言わせてやろうぜ」

「いや、ギャフンて言わせることはないと思うけど……」


 これは女の子を負かすんでなく、もてなすのが目的だからな?


「ふっ、まぁ『執事喫茶』というコンセプト自体は面白い、うまくいけば成功するだろう」


 及川も納得したように腕を組んで笑みを浮かべる。


 だが――。


「……お前みたいなEクラスのやつが何言ったって、説得力ねぇよ」

「一度おれたちよりも成績が良かったからって上に立ったと思ってるんじゃないか?」


 村田と吉村、二人の声が続けて俺に向かって浴びせられる。


 そして――。


「早川希華の婚約者だからって調子に乗ってんじゃないかい?――いや、君みたいな奴の婚約者だ。あの子も所詮はその程度の女だったってことかな」


 その一言に、何かが切れた。

 

「おい、希華を悪く――」

「てめぇっ、まれちゃんを馬鹿にするんじゃねぇっ!」


 気づいた時には、強くテーブルを叩いて立ち上がっていた。怒りで頭が真っ白になり、内川の顔を睨みつける。


 その音に場が一瞬静まり返り、全員がこちらに視線を向けている。

 智子先輩も驚いたような表情をしている、姉さんは『あーあ……』と内川の後ろ姿を呆れた表情で見ている。


「おいおい、そんな熱くなるなよ」


 肩をすくめてニヤリと笑みを浮かべる。


 その言葉と仕草がさらに苛立たせる。

 彼女は過去の俺が女性に対して恐怖を抱いた時に、この世界で生きることが怖くてダメになりかけた時――救ってくれた存在だ。

 

 彼女がいなければ、俺は今この世界でまともに生きていなかったかもしれない。

 そんな彼女を、こいつに侮辱されるなんて絶対に許せない。


 そしてなによりも――。

 愛する女の子を馬鹿にされて怒らない男なんていない。


「……お前、何もわかってないんだよ」

 

 俺は冷静な声で内川を見据えた。


「何がだよ? 君の婚約者なんの価値があるんだ」

 

 内川はまだ俺を挑発し続けている。

 怒りで殴ってやりたい気分だけど、ここで感情を爆発させたらいけない、冷静でいないくてはいけない。


 ――ふと、怒りがあるというのに訊いてみたくなった。


「じゃあさ……お前はまれちゃん――早川希華の何に惚れたんだ?」

「何に……だって?」

「そうさ、お前あの子に結婚申し込んだんだろ、何に惚れたんだよ」

「惚れただと? 馬鹿を言うなよ」


 俺を嘲笑うかのような笑みを浮かべ。


「彼女の圧倒的な能力、その美貌、何もかもが素晴らしい。ぼくや及川のような選ばれし人間の種を授けてやるのに値する女だった、それだけさ」


 及川も同じなのだろうか、彼の方へ向くと目を逸らされる。

 なんとなくバツが悪いといった雰囲気も感じられたけど。


「そこの二人も同じなの?」


 村田と吉村にも問いかける。


 彼ら二人は言い淀み口を閉ざす。

 まぁこいつらに関しては内川の手前同じセリフを吐き辛いんだろう。

 三人でつるんでいるが、序列的にはAクラスである内川が上に立っている、そんな感じがするからだ。


 ただ、これで分かったことがある。

 

「……なんにもわかってないよ」

「なにがだ」


 内川の目を見ずにそっと首を振りながら吐き捨てる。


「彼女のことをなんにもわかってないんだよ」

 

 深く息を吸い込み静かに言葉を吐き出す。


「……普通の女の子なんだよ」

「はぁ?」

「あの子は普通の女の子なんだ。人よりも頭が良いけどその分スポーツの才能はまるでない。完璧に見えてるけど、裏では言えないような姿も多い……普通の女の子なんだ」


 その言葉ひとつひとつに力を込めた。


「ただ誰よりも優しくて、ただ誰よりも人を包み込む心の深さを持っていて、ただ誰よりも――」


 あの日の俺を救ってくれた彼女を思い浮かべる。

 本当に普通の女の子、ただその彼女が……俺にとって誰よりも輝いて映っていた。


 だから俺は彼女に……惚れたんだ。


「――普通の女の子として、好きな人と一緒に居たいと思っている……そんな女の子なんだよ」


 彼女のことを何ひとつとして理解していない奴に、彼女の価値がない等と言われるのはもっての外だった。


「冗談でも二度と彼女を侮辱するな。あの子をなにひとつ理解していないお前に……まれちゃんを馬鹿にされる筋合いはない」


 内川の表情が一瞬だけ硬直する。


「次に彼女を侮辱してみろ……何をしてでも必ず後悔させてやる」

「な、なんだとこの落ちこぼれ……っ!」


 ギリッ、と歯ぎしりを立て内川が睨み返す。


 まさに一触即発、このまま場は収まりがつかないかと思われたその時――。



 

「はーい、止めやめ」


 大きく手を叩くリン、その音に全員が視線を集める。


「恵斗に内川、二人とも落ち着いてよ、喧嘩なんかしてる場合じゃないってば。そもそも今更どうこう言ったって進まないし、また最初から考え直すのボクは嫌だよ。賛成4、反対3というわけで執事喫茶に決定、リーダーのボクに従ってね」

「え、お前いつリーダーになったの?」

「今」


 淡々と語ったリンに彰は『えぇー……』と呆れた目をするが、リンによって険悪だった空気が少し鳴りを潜めた。


「ごめんリン」

「ちっ……」


 俺はリンへと謝罪し、内川は舌打ちをして椅子へと座る。


「それじゃあ次は当日用意するものね、グラスは義兄さんに頼んで借りるとして、食器は効率を考えると紙皿とか――」


 その後もリンを主導に話し合いは進んでいく。

 結局最後まで内川、吉村、村田とは意見が合致することなく話し合いが終わったのだった。




「じゃ、各自準備怠らないようにね」

「おう、衣装は任せておけ」

「……執事について書かれた文献でも探すか」


 リンの一言によってこの場は解散となった。

 全員が片付けを始め、教室から去っていく。


「あんまり調子に乗るなよ」


 内川が他二人を連れながら、そう言い残して去っていく。


「はぁ~……」


 幸せが逃げるというけれど、なんだか無性に溜息を吐きたくなってしまった。


「けいちゃん、よく耐えたね」


 姉さんが苦笑しながら声を掛けてくる。


「耐えてなんかないよ、結局俺も怒っちゃったし」

「けいちゃんは絶対殴りに行くと私は思ったんだけどな~、希華ちゃんが悪く言われた時のけいちゃん凄く怖かったもんね~?」

「え、えぇ……弟くんの雰囲気がまるで違ってびっくりしたわ」


 苦笑しながら姉さんは言って、隣の智子先輩へ振る。

 先輩もびっくりした様子がまだ抜けきっていない。


「そりゃぁまれちゃんのことを悪く言われたんだ、俺の事だったらいくらでも悪く言われようが受け流せるんだけど、彼女に対しては……無理」

「……本当にあの子のことが好きなのね、ちょっとだけ羨ましいかも、女の子にそこまで想ってくれる男の子が居るのが」


 そう言って、智子先輩は寂しそうに笑う。

 その寂しさが何から来るものなのか、今の俺にはわからず、尋ねることも出来なかった。


「でもけいちゃん……大丈夫?」

「なにが?」

「だって……彼らとやっていけるの?」


 不安そうに姉さんは聞いてくる。

 正直言うと難しい……と思うけれど。


「やるって決めたんだ、それに上手くいけば友達にもなれればいいなと思ってるんだ、こんなことで投げ出したりしないよ」

「そっか……けいちゃんが決めたことならいいけど、無理しちゃダメだよ」

「わかってる、ありがとう姉さん」


 二人にそう言って俺も片づけを始める。

 予定より早く終わっちゃったな、まだカナたちは練習してるかな、少し顔を出しに行ってみよう。


 上手くフォローしてくれたリンや彰にもお礼を言っておかないと。

 問題は山積みだけど、投げ出すことはしない。


 先行きは不安ながらも、前だけは向いて進んでいっている。

 そんな気がしながら俺は部室の方へと足を進めていったのだった。




 ――

 〇作者より

 近況ノートにも載せましたがリメイク作業の方を1.2章を中心に行っていきます。

 書き直した話もぜひ併せてお楽しみください!

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