第33話『佐良千尋という少女』
佐良千尋という少女は今でこそ内気な少女だが、過去の彼女は幼馴染の仙道みく、砂村紗耶香よりも明るく元気な女の子だった。
そんな彼女は背以外の身体の成長は早かった。
小学生の頃には周囲の少女たちとは比べ物にならないくらい胸の膨らみがあり、彼女の身体は性に消極的な男性にもときめくくらいの魅力があると周囲の大人たちは思っていた。
しかし事件は中学生になり最初の日に起きる。
彼女のクラスには三人の男子生徒がいた。
一ノ瀬恵斗の地区には他の男子は居なかったが、他の地区には少ないながらも男子は存在していたのだ。
中学生になった佐良千尋は持ち前の明るさと、身体の発育がありクラスの男子生徒の目をくぎ付けにしていた。
だからこそ事件は起きてしまう。
元の世界ではありえないこの世界だからこその行動が。
「ちょっとソレ触らせろよ」
「え?」
他のクラスメイトと談笑していて男子の接近に気が付いていなかった千尋は振り向きざまに胸を揉まれた。
「ひゃぁ……っ」
「おぉ、すげーな、お前らも来いよ」
「うはっ、すげーな」
「揉むだけで変形してんじゃん!」
無遠慮に揉まれる彼女の乳房、他の女子生徒にはないモノを持っていた彼女は彼らにとっては珍しいモノだった。
この行為に欲望や興奮など今の彼らにはない、ただ珍しいから揉んでいるだけ。
あえて彼らを庇うとすれば中学生でありながらこれほど胸を中心とした発育をした女性は今までいなかったからこそ余計に興味が湧いてしまったこと。
しかし、さすがに無遠慮に揉まれている彼女も良い気はしない、もし彼女がこの時から内気な少女だったら我慢してやり過ごす選択も存在しただろう。
だからこそ事態は起きてしまった。
「や、やめてよ!」
男子たちを拒絶するように離れ自身の身体を抱きしめる。
中学生である彼女は自身の身体がどういうものかは既に理解している。
だからこうして会ったばかりの好きでもない男子に無遠慮に触られるのが嫌だった。
しかし相手は男。
この世界の男という存在は丁重に扱われる尊い存在。
過保護に育てられた彼らが増長するのは時間の問題だった。
そして全員が全員そうではないがこうしてたまに極端に勘違いする者が現れる。
――自分たちは何をしても許される存在なのだと。
そしてこのクラス……学校の男子たちは全員がそういう人間だった。
「え、なんなのお前?」
「俺たちは触らせろって言ったんだけど?」
「女のくせになに逆らってんの?」
男子たちの冷ややかな目と憤怒した顔はいくら彼女でも怯えさせるのは十分だった。
「おい、いいからソレもっと触らせろよ」
「ついでに服も脱ぎなよ」
「いいね、その方が柔らかそうだな」
けらけら笑いながら迫る男子たち。
この時千尋の目に映った初めて接する男子は人間とは思えない悍ましい何かに変わっていた。
「い、いやだ……っ」
『は?』
三人の声が重なる、その圧が余計に彼女を恐怖へと駆り立てる。
「あぁ、そうじゃあもういいや」
一人の男子が興味を失い吐き捨てる。
――あぁ、よかった、辱められるのは許してもらえた。
――地獄はここから始まりだった。
「おい、女たち、全員でこいつをいじめろ」
「え……?」
男たちはにやにやしながら千尋へと指をさす。
「俺たちに反抗する女なんていらないし価値がない」
「やり方はなんでもいいから絶対にやれよ」
「徹底的にな、わかってるだろうな?」
目の前のモノたちが何を言ってるのかわからなかった。
けれど理解はしてしまった。
――あぁ、わたしは彼らの敵になってしまったんだ。
もしこの場に一人でも良識のある男がいたならば。
この地獄はもうちょっとマシなものであったかもしれない。
それからの彼女は挙げるのも躊躇われるような仕打ちを受ける日々だった。
いじめ行為をしている女子たちは全員が理解している。
千尋は何も悪いことはしていない、本当はこんなことをすべきではない。
しかし男が言うのだ『千尋をいじめろ』と。
――男には逆らってはいけない。
あくまでこのいじめはクラス内だけで行われた。
本当は他のクラスの女子にもやらせろと命令されたが、何も悪いことをしてない彼女がいじめられるのはあまりに可哀想でその命令だけはクラスの女子全員が聞こえなかったことにしたのだ。
やがて千尋は学校へと行くことを拒んでしまう。
明るかった彼女の面影はなくなり塞ぎ込んでしまった。
違う学校へと通っていた親友二人はこの現状を知った頃には既に千尋は心が折れてしまい、何故もっと早く気付いてあげられなかったのかと後悔することになる。
元々の彼女にはいつか素敵な男性に恋に落ちる。
ドラマみたいな恋愛をしたい夢があった。
その夢は粉々に打ち砕かれ、この世界に千尋は絶望した。
義務教育期間である中学三年間は不登校ながらも卒業することが許された。
しかし、この後は義務などない、高校に進学せず社会に出るのならば想像するのも恐ろしいくらいの格差が彼女を待ち構えることになる。
そんな親友を心配したみくと紗耶香は共に城神高校へ行こうと声を掛ける。
都市部で難関とされるところだが、この学校にいる男共の人柄では城神高校には合格しないはずだと。
彼女たちの説得もあって千尋は受験を決意した。
しかし今年の城神高校は例年に比べて何故か女子の倍率がとても高かった。
その理由を彼女たちは入学後に理解することになるのだが今は関係のない話。
とにかくこの時の三人で一心不乱に勉強に打ち込んだ。
そして元々勉強が苦手でなかった彼女は不登校であったにもかかわらず見事城神高校に合格することが出来たのだった。
そして運命の時は訪れた。
――入学式。
彼女は久々に通う学校に緊張でいっぱいだった。
親友二人からは共に登校しようと声を掛けられたが、長年引きこもって昼夜逆転した生活を送っていた彼女が二人に合わせるのは困難で一人で登校することになった。
だからこそ気づかなかった。
この満員電車でまさか男性が目の前にいたことを、その男性が不注意で自身の胸を掴むまで。
「ふぇっ?」
胸をガッと捕まれ一瞬優しげながらも揉まれる感触。顔を上げて前を見ると自分が過去に恐怖した男という存在がいた。
「ご、ごめんなさ」
「ごめんなさいごめんなさい!!」
とにかく謝罪をし続ける、一方の男性が先に謝ったのと困惑しているのは気づいていない、彼女はそれくらいに必死だったから。
「いやいや、悪いのは俺で」
「ごめんなさいっ、わたしボーッとしてて、決してわざとじゃないんです!!」
「ま、まってください、胸を触ってしまったのは俺ですからこっちが謝らないといけないんですよ」
「ごめんなさいごめんなさい!! 男の人に胸を触らせちゃって、不愉快にさせてしまって本当にごめんなさい!!」
昔は自信にもなっていた自分の胸、けれどもそれはあの時の心の汚い男子によって汚され自分でも嫌悪するようになってしまった。
これに触れてしまったら相手は不愉快になる、だから誠心誠意謝罪をしなければならない。
「と、とりあえず一旦降りて話しましょう? 誤解を解かないといけませんから」
「ひっ、わ、わかりました……っ」
顔が青ざめていくのがわかる。
あぁ許してもらえなかった。
今度は痴漢者という社会的制裁で自分の運命は終わるのだ。
自分はただ立ってただけだというのに……。
今度こそ彼女は佐良千尋という自身の存在を、力の強い男という存在に失望した。
――どうして男の人ってみんなこうなんだろう……。
と、この時は思っていたのだ。
「貴方はなんて心の広い人なんだ、そんなあなたにはこれを差し上げますどうぞ」
気づけば目の前の男性に謝罪をされた挙句感謝までされ飴玉までもらった。
「では俺も人を待たせてるのでこれで!」
「え、あ……え?」
わけもわからず立ち尽くした千尋。
男性が去り少し経ってから、ふともらった飴玉の袋を開けて口に含む。
中身はサイダー味でシュワシュワしながらも甘い味が口の中に広がった。
まるでこの飴玉のように甘くて……優しい男性だった。
「また会えるかな……」
今度会えたら今日の謝罪とお礼をするのだ。
そして出来たら……。
ドラマみたいな恋愛がしたい。
昔の自分はそんな夢を抱いていた。
それを思い出させてくれる男性だったし、何より中学にいた嫌な男たちと比べるのも失礼なくらいカッコよかった。
この後すぐに再会し思いもよらない出来事が起きるのを彼女はまだ知らない。
――その後の人生――
この世界の男は尊い存在で丁重に扱われるのは常識である。
だからこそ増長して自分は何よりも偉い存在だと勘違いしてしまうのは意味仕方ない話でもある。
ただここで二つの分岐点がある。
ひとつは自身の与えられた男としての役割を思い出し、女性との付き合い方を真剣に考え直す人間の人生。
もうひとつは勘違いしたままその後も突き進みこの世で最も価値のない存在へとなり替わってしまう人間の人生だ。
それを理解する時が高校卒業までの婚約義務である。
中学までと違い高校では女性も自身の人生が掛かっている為男の見るべき目が変わってくる。
男よりも意識の高い女性たちを相手にいつまでも勘違いしてる男は女性たちから相手にされなくなるのは時間の問題であった。
この世界は男尊女卑であり男に有利な世界である。
しかしこの世界ですら結婚もできない男には一気に存在価値がなくなり今までの優しさの反面世界の厳しさがここまで増長した彼らを襲う。
散々甘い蜜を吸わせたにもかかわらず、社会の役に立たない男は人知れず切り捨てられるのだ。
誰がこうなるとは言わないが、とある男たちが高校に入ってから幸せを掴んだ少女の記憶に残らず野垂れ死にするのは関係ない話である。
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