第79話

「おっ、西城がメンバーチェンジか。フォワードはツートップのままで、変わるのは右の中盤だな。」

このゲームの後には、藤村学園対吾妻あずま高校のゲームが予定されている。

そのため、コートの外ではその両チームがアップを始めていた。

「蜷川はさらに守りを厚くするだろう。西城は苦しくなったぞ。」

「でも杉内さん、今入った奴はかなりの曲者ですよ。園山って言うんですけど、なんでスタメンで出てこなかったんだろう。」

「じゃあ、あいつは太刀中たちなかと同じ1年か。」

「園山とは一度対戦しただけだったんですが、中学生離れしたプレーをする奴でした。個人技もすごいんですけど、なんて言うか、スケールが大きいんです。」

「へえ、ちょっと注目してみてみるか。」

「こら、杉内、太刀中、試合なんか見ずにしっかり動いとけ!」

藤学和田監督の大きな声が響いた。

「やべえ、パスでもしようぜ、太刀中。」

「はい。」

二人はコートの中をちらちら見ながらパスをしだした。


英が矢島の方へ小走りに近づいた。

「監督からの指示を伝えます。中央突破ばかりでなく、サイドからの攻撃をどんどん行うこと。矢島さんはもっと前線でプレーすること。」

矢島が眉をしかめた。

「でも園山、中盤がぽっかり空いてしまうぞ。」

「中盤は俺がカバーします。とにかくそういうことですから。早い時間に追いつきましょう。」

「へたこくなよ、俺はその言葉通り前線から下がらないからな。」

そう言うと矢島はじわじわと前の方へポジションを移した。

矢島はパスを出すよりもシュートを打つ方が向いていると英は思っている。

ゴール前の矢島の形相はいつもすさまじい。

それはシュートを決めることにどん欲で、かつ集中力が高まっていることを意味しているからだ。

センターフォワードの田中が相手ディフェンスの注意を誘い、雄一と矢島が縦横無尽に走り回れば、さまざまなバリエーションの攻撃ができると英は考えていた。

もちろんそれは英自身との連携が前提なのだが。


「あれ?フォワードの小さいのが下がり目になって、矢島がトップに来たぞ。」

「矢島って西城の10番ですか?杉内さん。」

「そうだ、去年俺たちと戦った時もあいつは1年生ながら10番をつけていた。テクニックはなかなかのものを持っている。俺ほどじゃないけどな。」

「フォワードの小さいのも実は俺と同じ1年生なんですよ。滝本といって県のベストイレブンに選ばれてました。」

「何?あいつも1年生か。そう言えば確かに初めてみる顔だなあ。西城の1、2年生が結構そろっているとなると、来年か再来年あたり俺たちを脅かす存在になるかもしれないな。」

「まさかあ、藤学の選手層の厚さは西城と比較になりませんよ。それにあの滝本は超わがままですからね。チームワークも何もあったもんじゃない。いわゆるトラブルメーカーってやつですよ。」

「ふうん・・・。何かあったんだな、お前がそこまで人をけなすなんて。」

「はあ、まあ少しだけですけどね。」

太刀中は視線を遠くに移した。


コートの中では英が目まぐるしく動き回っていた。

どうやら本当に10分間だけと覚悟をしているらしい。

積極的にディフェンスにも参加している。

だがそれにしても、蜷川のディフェンス力は英の思った以上だった。

中盤ではパスがよく通るが、ペナルティエリアへはなかなかパスを通してくれない。

(あせるな、マークさえずらすことができればなんてことはないんだ。一人がちょっとずつずらしていけば、ノーマークの選手が必ず生まれる。)

英は自分を落ち着かせながら回りをよく見た。

(ん?タッキーがいない・・・。いや、いた・・・あんなに下がりやがって。いつも裏を狙っとけって俺が言っているのに。)

その時、味方の選手から英へパスが来た。

(よし、とにかくボールを動かして相手をかく乱しよう。)

英はドリブルで上がり、マークを引き付けると矢島にパスをした。

矢島は右サイドを切り込んでいく。

さらに英とワンツーをして矢島はゴールラインぎりぎりまでボールを運んだ。

そしてセンタリング。

だがボールはディフェンダーの伸ばした足に当たり英の後方へ。

ボールに追いついた英。

だが敵はオフサイドトラップを仕掛けようと一斉に上がりだしている。

パスはできない。

「仕方ない。」

英はドリブル突破を図った。

巧みなステップで一人かわし、二人目もかわす。

後一人かわせば残すはゴールキーパーのみとなるが、英は大きく体勢を崩していた。

(まずい、相手を抜くどころかボールを取られる。何とか先にボールに触らないと!)

その時すぐ後方から雄一の声が聞こえてきた。

「左だ!英。」

英はスライディングをして相手より一瞬早くボールを蹴った。

蹴ったというよりも触ったという方が正しいだろう。

わずかにボールの進む方向が変わっただけ。

しかしそれで充分だった。

ボールは勢いよく出てきた相手選手の横をすり抜け、後ろから来ていた雄一に渡った。

そして相手キーパーが飛び出した瞬間、ゴールの左隅へ難なくシュートを決めた。

雄一の周りに駆け寄る西城の選手たち。

だが当の雄一は対して喜びもせず、ゴール内のボールをつかむとその祝福から逃れるようにセンターサークルへと走る。

それはすぐにあと1点を取りに行くという強い意志の現れだった。

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