第56話

2021年4月8日、橘和人は同じ学生寮(御萩野寮みはぎのりょう)の同級生、安井鉄平とともに県立西城高校へ歩いて登校していた。

寮から西城高校までは10分ほどの距離。

今日は和人たち新一年生の入学式だ。


「いったい何組になっているんだろうな?安井君と同じ組ならいいけど。」

「その『安井君』はやめてくれないか。『鉄平』でいいよ。友達はみんなそう呼んでいたから。」

「でも寮でまだ3日しか一緒に生活していないのに、呼び捨てっていうのは・・・。」

「いいのいいの、一昨日の歓迎会で一年生みんなすぐに仲良くなれたじゃん。だからもう君付けはやめようよ。君のことも『和人』って呼ばせてもらうから。」

もう決めたことだと言わんばかりの鉄平の口調に、和人は頷くしかなかった。

「ちょっと照れるけど、わかったよ鉄平。」

鉄平がニヤッと笑った。

「それだよ、それそれ、その方がしっくりいく。ところで和人、君はサッカー部に入るつもりだって言ってたよな?」

「ああ、入る。友達とも約束しているんだ。」

「いいなあ、俺もサッカーやりてえな。」

「え?鉄平は陸上部に入るって言ってたじゃないか。」

「うん、でも本心は陸上よりサッカーをやりたいんだ、中学でもやってたからさ。」

和人が首をひねる。

「じゃあ何で陸上部に入るの?」

「・・・記録を作っちまったんだ。」

「記録?」

「そう、県大会の100メートル走で、28年ぶりに記録を塗り替えたんだ。だから陸上部の先輩に目をつけられた。」

「すげえ、いったい何秒出したんだ?」

「10秒83。」

「え、え~!?10秒83?うそだろ中学生が10秒台?陸上部でもないのに!?」

驚く和人とは対照的に鉄平の顔は沈んでいた。

「陸上部では俺が必ず入部するものと決め付けていて、大騒ぎしているらしいんだ、スーパールーキーが入るってさ。だから・・・仕方ないよな、入部しなくちゃ。」

「はあ・・・」

和人は驚きのあまり、何も言えなかった。

ケタが違いすぎる。


その時だった。

突然カメラのフラッシュのような白くまばゆい光が、和人の目を襲った。

立ち止まり、ギュッと目をつむる和人。

(フラッシュか、久しぶりだな。)

和人は目をぱちぱちと瞬かせた。


「おい和人どうしたんだ急に?めまいがしたような感じだったぞ。」

「ん?ああ、何でもない。目にゴミが入ったみたいだ。でもすぐに落ちた。」

「な~んだ、ゴミか。・・・ん?おい。」

「何?」

「ほら、この先のバス停のベンチに座っている女の子、俺たちの方をじっと見ているぞ。」

「え?そうかな?」

確かに20メートルほど先のバス停のベンチに他校の制服を着た女子高生が一人で座っている。

しかも、鉄平の言うとおり、ずっと和人たちの方を見ているようで、すぐに和人と眼が合った。

徐々に近づき2メートルくらいの距離になると突然、何とその女の子がにこっと笑い、和人に軽く会釈をするではないか。

和人はあわてて、目をそらし鉄平の方を向く。

「おい、知り合いか?」

ベンチの後ろを通り過ぎると鉄平が小声で聞いてきた。

「いや、初めて見る顔だ。」

「じゃ、なんでお前に会釈するんだよ。」

「さあ、わからない。」

「でも、髪型はポニーテールでいいけど、あの眼鏡はいただけないよな。」

女の子は今時珍しく大きな眼鏡をかけていた。

「おい和人、お前少し顔が赤いぞ。もしかしてあの子にひとめぼれしちゃったんじゃないのか?」

鉄平が茶化す。

「ひとめぼれじゃないけど、俺だめなんだ。女の子に見つめられたりするとすぐに顔が赤くなってしまう。」

「へえ~、純情なんだな。よ~し今度会ったら声をかけてみようぜ。」

「いや、いいよ俺は。お前が一人でやれよ。」

和人はやっと元の顔色になり、落ち着きを取り戻した。

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