日本情報軍との戦いにおいて
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──日本情報軍との戦いにおいて
「私たちが相手にするのはこの国の全ての情報インフラに好き勝手に介入できる相手。この国のほとんどのものごとが、IDでタグ付けされ、生体認証が行われているとなると、このことはとても脅威だと言っていい」
だけどね、と夏妃はにやりと笑う。
「偽装IDを使うって手がある。街頭監視カメラは多すぎて、人の手では処理しきれないから結局はAIが処理している。生体認証スキャナーも同様。そしてAIは騙せる。日本情報軍は私たちのことを単なる在宅プログラマーだと舐めてると思うけど、そうじゃないってことを教えてあげよう」
「勇者がここに踏み入ってきたら、夏姉が巻き込まれてしまう。そして、今確認できてる勇者はひとり。夏姉が電波を拾ったあの天沢アリスという少女だけだ」
「天沢アリス、ね。少し調べてみよっか」
総務省のデータベースをハックして、国民IDを探る。
「該当なし……?」
夏妃が首を傾げる。
「分かった。偽名だ。リンちゃん、そのアリスって子はいつ頃事務所に来た?」
「午前10時頃だ」
「オーケー。バックアップしておいた生体認証スキャナーのデータを参照して……」
民間警備企業の生体認証スキャナーのサーバーはワームの攻撃によってダウンしている。過去のデータは回復できていない。過去のデータは全て消えた。その上、夏妃の放ったトロイの木馬が潜伏している。
だが、夏妃は過去のデータが必要になることを見越して、過去24時間のデータを自分のサーバーに保存しておいたのである。民間警備企業がここまで何も気づいていないのは、ひとえに夏妃が優秀なハッカーだからだ。
「いた。この子?」
「ああ。間違いない。この少女だ」
「生体認証スキャナーのデータは……」
夏妃がキーボードを叩く。
「認識していない……?」
夏妃が目を見開いた。
「どういうことなのだ、夏姉」
「どうもこうも。お化けだよ。生体認証スキャナーはこの子をスキャンしていない。まるで存在しないかのように。網膜認証スキャンと顔認証スキャンがここには設置されているけど、どっちも反応すらしてない」
「だが、実体はあった。幽鬼の類ではない」
「それは分かるよ。そんなものいるはずないし。となると、誰かが圧力をかけて、この子の認証をパスするように工作してるか、あるいはリアルタイムハックしているか。偽装すらしていなくて、認証がパスされている。ログも消された様子はない」
日本情報軍は相手となると両方考えられるなと夏妃は唸った。
「日本情報軍とはそこまで権力があるのか?」
「ある。実を言うとね。私、前は日本情報軍の横暴にネットを通じて抗議する運動に参加してたんだ。もちろん、誰にも気づかれないように気を付けてね。“日本情報解放運動”って運動。日本情報軍はこの日本のあらゆる情報インフラを好き勝手出来る。ってことはだよ。今の世の中、彼らの知らないことはほぼないと言っていい。よほど隠れ潜まない限り、彼らは探そうと思った情報を手に入れられる」
夏妃は語る。
「だから、政府高官のスキャンダも掴めるし、マスコミ関係者のスキャンダルも掴める。なんならスキャンダルを捏造するぐらいのことは余裕でする。これじゃあ、日本の自由民主主義は成り立たないと、私たちはネットから日本情報軍を攻撃してた。日本情報軍関係のニュースをハックしたりして」
けどね、と夏妃が続ける。
「その運動の主催者が本物のテロリストになっちゃってね。情報セキュリティ企業のビルをサーバーごと爆破したり、生体認証スキャナーにドローンを突っ込ませたり、民間警備企業のサイバーセキュリティ担当者を暗殺したりと。それで運動は自主解散。私はそれ以来、日本情報軍には関わるのを避けてきたのです」
だけど、日本情報軍がリンちゃんに手を出してくるなら応戦するよと夏妃は言う。
「私もできることをしよう。勇者は通常一時的に共同戦線を張る。魔王を倒すために。その後殺し合いに繋がるとしても、私は勇者を相手できるような力を持っている。天沢アリスという勇者が他の勇者と結託する前に叩く」
「ダメだよ。相手は日本情報軍。軍なんだよ。これまでどんな勇者と戦ってきたかは、お姉ちゃんは知らないけど、日本情報軍は何も情報戦ばかりの組織じゃない。人的情報収集や暗殺に特化した特殊作戦部隊や、ドローン、アーマードスーツも持ってる」
夏妃はそう言って日本情報軍の装備を表示する。
「このドローンというのは夏姉が使っているものと違うのか?」
「違う。これには対戦車ミサイルが搭載できる。遥か上空からいきなり死が襲い掛かってくる。流石に日本の街中で対戦車ミサイルをぶち込むほど日本情報軍が非常識だとは思えないけれど、軍用通信は暗号化が複雑だからドローンに発見されることは避けられないかもしれない」
「だが、夏姉は先ほど日本情報軍の通信を……」
「あれはただの無線通信だから。電波を拾って傍受すればよかった。けど、今時のドローンはレーザー通信が当り前だから、ハックするに大元のネットワークに忍び込まなくちゃいけない。だけどね。軍用防壁は抜くのはほぼ不可能なんだ」
軍用防壁。
日本情報軍が使用しているのはレベル1からレベル6までの段階に別れた軍用防壁。レベル1であっても抜くのは不可能だと言われている。レベル6となるともはやスタンドアローンで稼働しているに等しい侵入者の阻止を行う。
アジアの戦争の最中に、日本情報軍は軍のサイバーセキュリティの甘さと意識の低さから諸外国による攻撃を許しかねないとして、富士先端技術研究所と国防装備庁が合同で今の軍用防壁のベースとなるものを開発。量子暗号などの最先端技術が使われ、かつバックドアはなし。
防壁そのものも攻撃性を有し、侵入者に対して逆に攻撃を仕掛ける。そのことで防壁を突破することをさらに難しくしている。
「軍用防壁はまず抜けない。戦い方を考えなきゃいけないね」
「私が魔王だったときは勇者たちが結集してから、倒されるというのが流れだった。それを阻止するためには、やはり結集前に叩くしかない」
「でも……」
「空からの目に気を付ければいいのだろう? 方法がないわけではない。先を予想して、空にあるものを探る。未来視を使う」
「けど、それだとリンちゃんが人殺しになっちゃうよ……」
ああ。夏妃が本当に言いたかったのはそれなのかと納得した。
「夏姉。確かに気持ちは分かる。だが、これは殺すか、殺されるかの戦いだ。私は死を受け入れることはできる。また輪廻すればいいだけだ。またあの殺されることが決定した箱庭に戻される可能性もあるが。だが、あなたはどうなのだ? 私が、この凛之助の肉体が本当の死を迎えることに耐えられるのか?」
「ずるいよ。そんなの。耐えられるはずないじゃない。私はリンちゃんはまだ生きているって幻想に縋って生きている。今のリンちゃんが前のリンちゃんとは違うと分かっていても、リンちゃんは私の前の前にいる」
だからね、と夏妃は続ける。
「もう絶対に死なないで……」
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