第二章

第22話1ヶ月の熱帯雨林生活

 ルアザが高山気候である雲の上にある高い山々や高地を下り、自然の支配と繁栄を誇る熱帯気候の森の中に入り、一ヶ月たった。


 心地の良い涼しさと優しい風が常にあったルアザの故郷とは違い、絶妙な不快感を煽るジメジメした湿った空気に大きな木々とそこから生えている葉っぱが風を全てかき消してしまっている気候だった。


 ルアザはそんな場所を汗を垂らしながら進んでいた。

 魔術を使えば涼しくなるが、常に使うことにもなり普通に疲れるため、慣れない環境で余計な消費は致命的だ。


「暑い……」


 日光は当たらなくとも、光の熱は空気から伝導しルアザを襲う。


 髪を肌に張り付かせ、体の冷却機構である汗が熱を奪わず、そのまま塩も水も何もかもポタポタ落とす。


 気が滅入りながら、歩いていると上空からルアザを鷲掴みにする、大きな怪鳥が向かってきた。


 ルアザは怪鳥の影と微かな風の流れで近づいてきているのは気づいていたが、ルアザは特に抵抗もせず、怪鳥の太い足に捕まる。

 一応身を守るために結界をはっているが、特にルアザは激しい抵抗などはしない。


 ルアザは宙に漂い、今もルアザを強力な剛力で握っていても、少し楽しんでいるような様子を見せる。


 結界の術式を風など、比較的に衝撃が少ない物に関しては結界内を通過できるようにしている。


「あぁ、生き返る」


 空気が流れる、それだけでルアザは至高の快感を得ている。

 湿って、柔らかくふやけた体に恵みの風が服の中を通り抜ける。

 髪も結界内にいるため大きく靡くわけではないが、汗を吸い取った服と同じように繊維一本一本がくっつき合っていた髪の毛の間に爽やかな風が入り心なしか髪が健康的な艶が戻る。


 風の恵みを受けているルアザは、怪鳥が向かっている方向の先へと視線を向ける。


 地平線はよく見れば凹凸しており、木々がまだまだ先にあると予想できてしまう。

 ルアザが向かっている方向は川が流れ落ちている方向へと向かっている。


 数キロ離れた場所、高い空から見れば、数キロ離れた場所、すぐにわかる場所に栄養が多く含んだ黄土色の川色をした雄大な大河が流れている。


 人は魔術で水を出せるといえ、魔術は自然程大きな力は持たない。

 水以外にも様々な恩恵を恵んでくれるため、それなりに川と近い場所に人里はあるのではないかとルアザは推測した。


 川が近くにあるため、幸い、川の恵みの一つである食料には困らず、川からは多くの魚や川に目的あって近づく獣達など熱帯らしく食料豊かなところである。


 気を付けることは、今のルアザのように森の中の生き物達の餌にならぬようにすれば良い。


 怪鳥は太陽に枝と幹を届けようと皆必死になって伸びた数多ある木々の一つに向かい、大きく曲がり旋回する。


 ルアザは怪鳥が着枝する前に、手を叩く。

 だが、叩くと同時に拡音の魔術を行使する。

 ルアザの手を叩く度に爆音が響き渡り、怪鳥は驚いてしまい、思わずルアザを離してしまう。


 空から落ちていくルアザは枝と葉の間を抜け、風の魔術で空気の柔らかく厚い床のような物を出現させて衝撃を吸収する。


 怪鳥はルアザを追いかけ、最初襲ってきたように凶悪な鉤爪を向けてくるが、ルアザは先程作った空気の床を壁へと変えて怪鳥から身を守る。


 そしてルアザは目が眩む光と僅かな熱だけを生み出す、薄く儚い爆炎を生み出し威嚇させる。

 ルアザも怪鳥を殺す気はない。


 食べるにしても、大きすぎて食べきれず、残して保存しても妖精の鞄の容量を圧迫するため、デメリットの方が大きい。

 その後の処理が一番大変なのだ。

 特別美味しいわけでもないし。


 怪鳥は爆炎を恐れ、空へと飛び去っていく。


 空が僅かながらも朱色をさしてきているためルアザは今日の寝床の準備をする。

 怪鳥がまだ近くにいるため、この場所から一時間程歩き、離れる。

 その間に適当な小さな枝や大きく広い葉っぱを拾って歩く。


 そして、自分自身が乗れ余裕のある太い枝を歩いているときに見つけたため、飛行の魔術を使いその枝に飛び乗る。


 枝の一部を少し削り、小さな穴を作り、そこに乾いた拾った小枝を放り込み、魔術で火をつける。


「うーん、今日で一ヶ月か……」


 ルアザは幹に背を任せ、足を曲げながら座り込みユラユラと風で靡く赤い草のように揺れる、炎を見つめて言った。


 熱や温かい何かを感じると胸の内の声がポロリと表に出てしまう癖がこの一ヶ月でついてしまった。


「この一ヶ月間、人の気配を感じてない」


 声が目の前の生命豊かな赤い草とは対照的で無気力で枯れていた。


「寂しい……。なぁ?」


 ルアザはここ毎日、炎に話しかけることが多くなっている。


 最初の頃は環境に対応するのに必死であり、余裕というものがあまりなかった。

 それでも、常に新しい物を発見しその時は花が咲くような気持ちとなり、植物のように活力は漲っていた。

 そんな、大変だけど充実した毎日を過ごしていた。


 ルアザも環境を学習する。

 行動も最適化し、素早く終わる。

 だが、油断はしない、完璧というわけでもないからだ。

 この中途半端で気を引き締めるのも無意識下ではなく意識的に引き締めなければならない状況と状態になり、最初の頃とは違う疲労感が溜まってきていた。


「今日も見えないか」


 東の空を眺め、文明の印である煙でもないかと視界を冴え渡らせる。


 東の空はすでに薄暗くなっており、闇夜の世界が近づいている。


 西の空を見れば、青い屋根に乗った太陽が熟れたオレンジのようになり、その果汁を屋根に吹き出して、濡らしている。


 優しい光が華やかさを誇示しているかのように空一面に広がる七つの色で飾っていた。


「雨雲が近いのか」


 ルアザはこの一ヶ月で学んだ事の一つで、虹が見えるということは近くに雨が降っているということに気づいた。

 実際、今出ている虹の近くには鉛色の雲が、上空を漂っている。


「今のうちにご飯作っておこうか」


 ルアザは雨が本格的にこちらに来る前に、今日の食事を取ることにした。


 妖精の鞄から氷付けにされた何匹かの魚と串を取り出す。

 串を魚に刺して、魚を固定し焚き火の前の枝に差し込み、焼き魚を作る。


 森の中の光がルアザの炎だけとなったときに、森をざわつかせる風が吹き荒れ、ルアザの頬に一滴の雫が触れる。

 その瞬間、次々と雫が空から落ちてきて、ルアザの髪を濡らす。


 雨が降ってきたのでルアザは周りに二重の結界を張る。

 一層目は雨やその他の飛んでくる物を防ぐための結界で、二層目は一層目の予備と空気の入れ替えを行うための結界だった。


「泥地になるから、雨はめんどいな」


 暗くなった空を見上げ、星や月が見えなくなった原因に愚痴を吐く。


 ルアザは様々な出来事に対応するために、なるべく高い位置に休む。

 出来事というのは虫や蛇などの毒など多く持ち厄介で防ぎにくい小動物の接触率を減らし、対応しやすくするためだ。

 それに加え、環境の急激な変化から身を守るためだ。

 深い森というのは一見すると平穏で複雑な関係が組合わさっているからこそ堅固な環境を作られている。

 しかし逆に言えば堅固な状況だからこそ変わる時は大きく変わる。


 今降っている雨で川が氾濫し、川の面積が広がり、木から降りて進むとなると、魔術を使うか泳ぐという選択肢しかない。

 どちらも身体、精神の体力を著しく削ってしまい、必然的の油断してしまう。


「最悪沼地を覚悟しておこう」


 さらに最悪なのが中途半端な沼地。

 固い、冷たい、進まないなどの悪い部分しかない状態をルアザは想定しておく。


 白身の焼き魚を食べ終わって、その後歯を炭などで磨いたルアザはマントを羽織、目を瞑る。

 完全に意識を落としているわけではなく、結界を維持し続けるくらいの意識は残している。

 仮に、意識を落とした場合、二層目の結界に置いてある小石が何個かルアザの頭に当たる仕組みとなっているため、すぐに起きるようになっている。


 今のルアザはかなり質の悪い睡眠をここ一ヶ月続けてきて、今は若い体と妖精と混ざり合った体で本格的な疲労を誤魔化してはいるが、体は悲鳴をあげている。


 そんな体からの悲鳴が形となって出てきたのか、胸辺りから妖精が出てきた。


 ルアザも妖精の気配に気づき目を開ける。


「妖精か…………」


 朧気だが、霧のようにそう簡単には消えない声で小さく呟く。


「△▷」


 妖精は白い粉のような輝かない細かい光を出して、僅かだが、ルアザは白い粉を呼吸と共に吸い込んでしまう。


「何……………………。グゥ……」


 吸い込んだ、すぐ後にルアザは抵抗なく意識を落としてしまった。

 結界が解かれ石がルアザの頭に当たる瞬間ルアザに薄い膜のような物を纏っており弾かれそのまま地面へと落ちていく。


 妖精はルアザの体の中へと戻る。




 ◆◆◆




「やらかした! なんで寝てるんだよ!」


 ルアザは日光の熱で目を覚まし、焦りと驚愕が

 組合わさった混乱が爆発したような感覚で起き上がる。


 起き上がった後すぐに自分と周りに何か異常はないか調べる。

 体に腫れた場所や呪いなどの体調管理から。

 空気の変化やそれによる匂い、そして全体的に大きな変化はないかと隅々まで探し当てる。


「地面が泥に変わっている以外、特に何もないか?」


 体には異常無く、環境も想定内の出来事しか起きておらず、異常と言えるものはなかった。


 だが、ルアザは疑っていた。

 何の理由もなく自分が寝落ちしてしまうなど、あり得ないことだと。

 この緊張感を保たせる燃料は常に命を脅かす不安と恐怖だということを。


「今夜、今夜はたしか。魚食べて、寝て、……………妖精がいたっけな。そして落ちたんだったな。ということは妖精か?」


 ルアザは曖昧な記憶から妖精の存在を思い出し、妖精が原因なのではないかと考える。


「……良いことをしたと言えないが、疲れはだいぶ取れた。その事には感謝だな。ありがとう」


 危険な可能性が起きる方が高いが、ルアザも内心どこかでしっかりと熟睡したいと思っていた。

 それが、この機会で叶ったため、ルアザは嬉しかった。


(この件で頼るべき物が一つもない状況で自分が全て一人で対処するのは不可能だとわかったな)


 ルアザは今回の壁は運良く乗り越えられたが、この壁は次もあると予想し、対応策を考える。


(困難の壁は目の前に来てから登り始めるでは、遅い。何かしっかりとした拠点を見つけたり作りながら進むか)


 壁を登る方法は数多の方法がある。

 時間はかかるが、堅実で安定感抜群の緩やかな階段を作ったりと。

 階段なら、もし次の人が登る場合、登りやすくなるから、後にも今にも長所がある。


 結論を出し終わったルアザは下の泥地に瞳を向け、小枝を地面に向けて落とす。


 落ちた枝は深々と地面に刺さる。


「うーん、柔らかすぎるな。歩いたら埋まるなこれ。仕方ない、今日は地面に降りないで木をつたっていくか」


 小枝の落下速度は重力による加速がついたとしても、その衝撃はルアザの体重よりも軽いとわかるため、地面は沼地寄りの泥地と確認する。


「まぁ、ちょうど良い。高い場所の方が地理を見やすくなるし」


 そう言い、ルアザは所狭しと生えている木々の枝を跳びながら進んでいく。


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