第20話ありがとう
二つの墓石に水をかけながら汚れを落とし、艶を出す。
布で拭き、刻まれた溝の奥までしっかりと指を入れる。
手で一生懸命、墓石を洗う。
「綺麗になった」
刻まれた文字に目を向ける。
──母ここに眠る。
エウレアの墓──
──父ここに眠る。
クラウ・ソラスの墓──
丁寧に彫られた文字が墓石に刻みこまれていた。
墓石の石も岩から削り、研磨したため非常に艶があり太陽の光を鮮やかに反射する。
墓石の下には壺の中に入れたエウレアとクラウの遺灰が埋まっている。
「うん、美味しい」
ルアザは食器を洗う。
いつも以上に隅々まで、しっかりと。
最後に家の荷物を倉庫や押し入れなどにしまいこみ、机や壁を濡らした布で拭き染み一つ無くす。
そして、二つの妖精の鞄を、作った妖精の鞄中に入れ、その他の荷物も入れていく。
側にあるクラウの剣と鞘を取り、カチンと音をたててしまい、腰に差す。
鞄を肩にかけマントを羽織る。
「……」
ルアザは家の中を見渡す。
空気を吸えば、ルアザしかなわからない香りをルアザは感じとる。
ドアから入り込む日光により影は明るくし、床を透かす。
床を踏めばへこむ箇所があり、なぜか踏むのが少し癖になる。
「またね」
ルアザはその一言を家の中に響かせる。
そうすると影の一部が僅かに波を立てて蠢く。
ドアを閉じ、元々簡易的だった鍵を締めて、それだけでは心配なため新たな鍵を追加して閉める。
そして家の側にある親の二人の墓の前へと向かいその前に座る。
「母さん、クラウ、僕は外に出る」
ルアザは決意した顔と口調で力強く宣言する。
「……正直に言えば、二人が亡くなる前は突然いなくなっても大丈夫だと思っていた」
ルアザの想像内では、二人が消えても、一人で生き生きとした生活ができると思っていた。
傷ついたら、自分で直せ、自分の力ならどんな物も守ることができると。
実際、一人で暮らしていたため、ルアザはその想像の確信に滑車をつけた。
「でも、実際消えるとなると、ここまでおちてしまうとは思わなかった」
ルアザにとっては親という存在は当然近い場所にあり、己の身体の一部のような感覚だった。
だからこそだろうか、普通自分の手足、内臓が無くなる感覚は痛みから、消失感まで想像できるだろうか。
できないというのが結論である。
人というのは経験していない物を正確に想像するのは難しい。
想像というのは予想とも言い換えられるため、自分が知っている以上の事は想像はできない。
知覚以上の事を想像しても実感があまり湧かないのだ。
「二人は僕にとって、それほど大きい存在だったということを確認されたよ」
ルアザは苦笑しながら、ため息を吐く。
一ヶ月間は寂しさと後悔に満たされた期間である。
どんな行動を起こす時も、無意識に二人を計算に入れて行動しているせいか、何かしら行動が空振り無駄が多い生活だった。
その無駄の原因に気づいた時は、薄らげようとしていた消失感が元に濃く戻り、何度も表情を固め暗くさせた。
「僕は二人を救えなかった。それに関しては本当に申し訳ないと思う」
ルアザは墓の下に視線を向け憂いのある影をつくる。
「意味がわからないかもしれないけど、その代わりに何かを救う。別にこれは贖罪というわけではない」
ルアザがこの一ヶ月考えた罪の償い方は常に自分の罪を忘れずに考え、思い続けることだ。
いかに素晴らしい行動を取ろうが己が犯した罪は消えたわけではない。
過去やってしまったことは変えられない。
「罪に目を背けない。それが贖罪の方法だと思う」
行動も大事だが、ルアザにとって行動とは犯した罪に対して反省した証拠でしかない。
証拠自体に力はなく、ただある程度は罪に意識や反省を向けている証の一つにすぎない。
結果的に繋がるだけであって、行動は一番大事な事ではない。
最低でも罪を忘れないこと。
「恨んでいるなら、僕に罰でもなんでも、与えてもらっても構わない。でも、恨んでいないなら応援してもらえると嬉しい」
ルアザは二人が亡くなった時、後の心情は知るよしもない。
恨まれても当然な事をしたから、その後のどう思われるか容易に予想できる。
だが、ルアザは恐れない。
全てを認める開き直りと似ているが、逃げたわけではない、向かい進むのだ。
ルアザは絶望の道かもしれない方向へと進むのに理由はない。
「もう、決して恐怖に屈しない、背を向けない、立ち進み続ける」
絶望の道でも、我が花道という気分で歩むつもりだ。
避けられない運命なら選択肢に判断したそれ相応の準備をする。
しかし、傲慢にならぬように、バカみたいに真っ直ぐ進むのではなく、斜めに進んだり、横を通りすぎることにする。
後から修正すれば良い、時間さえかければ、修正は可能。
「それに、この湿った空気よりも、澄んだ空気を愛していたい」
ここは高山気候で空気が清いが、ルアザにとっては濁っていると感じるのだろう。
そして、ルアザは様々な事を親の墓の前で語る。
今までの暮らしの思い出話だったりと気が晴れるまで話す。
「最後に
ルアザは妖精の鞄から
目を閉じ、ゆっくりとしたテンポでシンプルなリズムで弦を優しく弾く。
この曲は何度も弾いたため、目を閉じていても指が曲を憶えている。
暗闇の視界の中に楽譜の川が流れている。
洗練された音色は虹色や白、黒とは違う超常的な色を乗せていた。
そして
ルアザは立ち上がり、二つの墓を視線を空中に滲むこませるようにしっかりと見つめ、目に焼き付ける。
「本当に、今まで育ててくれてありがとう。僕は決めた。強くなると」
眩いばかりの燦然とした恒星の輝きをルアザへと集めたような笑顔を感謝の思いを乗せ、風が吹く。
笑顔の裏には別れの瞳を濡らす寂しさと相手の安らぎと解放を願う思いが籠っていた。
「行ってきます」
そしてルアザは後ろを向き、旅立つ。
家の周りの平原はルアザが昨日、自分が拾った花の種をばらまいたため、多くの種が落ちている。
あらゆる花の種がある。
愛の花、癒しの花、努力の花、幸せの花、不幸の花、希望の花、絶望の花と多くの物が落ちている。
ルアザ自身は花言葉など多くは知らない、だから何が咲いて、何が淘汰されるかはわからない。
わかるのは帰って来る頃である。
そして、いつの日か感動という記憶に刻みつけれた景色の場所へと。
「いつ来てもここは美しい……」
白雲に反射した日光を受けながら崖のギリギリまで歩いていく。
下から吹き上げる涼しく澄んだ清い風がルアザの髪を靡かせる。
「世界はこの景色に匹敵する、まだ見ぬ景色が広がっているのだろう」
あの時と同じようにこの白雲の果てを想像する。
「世界を見たいし人と仲良くしたいな」
あの時は人の姿は想像できなく、景色だけだったが、今は曖昧で希望的観測の割合が大きいが母親とクラウの話を多く聞き人の営みが想像できている。
ルアザは自身の成長を感じ、子供の時期は終わり、大人の仲間入りとなり始めたことを実感し感じる。
「……世界を楽しむのも大事だが、二人が狂ってしまった理由を知りたい」
エウレアとクラウは数年前からどこか変であった。
そして一ヶ月前その変化が正しい道を進めない狂いに変わってしまった。
戦い方も少し非効率な部分があった。
それが狂っていたのか、狂っている自分を止めているため非効率になったのかはわからない。
少なくとも何が変であったため、数年前二人が自分を残してどこかへ向かった場所へと向かう予定だ。
ルアザはそこに狂ってしまった答えがあると思っている。
「行こうか」
ルアザは止まらずに恐れることなく地を蹴り、勢い良く白雲の元へと飛び込む。
落ちているのに、重力の鎖から解き放れたような感覚あった。
マントが翼のように風で波を打ち羽ばたく。
靡く音が冒険の序曲のファンファーレを流し、ルアザの全てが詰まった故郷から旅立つ。
──後に世界を救う【勇者ルアザ(ミラレア)】と呼ばれる人物が世界に姿を現す瞬間でもあった。
◆◆◆
暗闇、暗黒、漆黒、無明という闇の混沌が存在する、とある次元、とある位相、とある空間にて。
「父上、今回の物語はいかがでしょうか?」
「お前は邪魔だ」
「それは、申し訳ございません。しかし、私は脚本家でもあり道化師でございます。それ故に性とも言うべきものが、働いてしまいまして」
「そうか」
「お詫びとしましては次の物語を献上致します」
「そんなものはどうでもいい。魂の夫を見つけだせ」
「はっ!」
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