第16話第二次反抗期

 いつもの日常へと帰り、二年たつ。

 ルアザも十四歳だ。

 もう、体の強さ、大きさなどは保護者二人を越して、子供と言える幼さは掠れてきている。

 目付きは凛としてきて、体の輪郭が男らしく変化している。

 それでも、まだ幼さがのこる容姿が、青く未熟であり、完熟物特有の色ある香りが発せられない。


 現在は夜、夕飯ケーナを三人で食している。

 だが、その空間には家族で共に食べる時、自然と出る会話がなかった。

 宗教、文化によって制限されているわけでもないのに。

 ただ、机に並ぶ料理を黙って口の中に入れているだけで、変化はなかった。

 特別に暗いという空気はないが、透明な何かに包まれた無気感が漂う空間だった。


 そして、ルアザか最初に食べ終わり、皿、食器を片付けると、外へと出るため、ドアへと向かう。


 無言で太陽が沈みかけている薄暗いの世界へと旅立つルアザにエウレアが母親として待ったをかける。


「ルー、どこに行くの?」


 母親としてもうすでに暗く、時間的にもすでに遅いのにどこかへ出かける息子に行き先場所を聞かなければならない。


「どっか」


 だが、ルアザはぶっきらぼうに要領のない答えが帰ってくる。


「ルー、行き先はどこですか?」


 クラウもルアザの行き先を聞こうとする。


「すぐに帰るから」


「前にそう言って一夜明けて帰ってきたじゃない。その時言った言葉は憶えてないの?」


「その通りですよ。我々がどんな思いで家の中で待ち、森の中を探したか」


「それは悪いと思うけど、あの時言ったよね。一人にさせろ、関わるなと」


 ルアザは特に理由はないが、深夜森の中へと入り、森の中をなにを探すわけでもなく、長い夜に散策していた。

 当然、保護者である二人は深夜になっても家に帰ってこないため、あらゆる最悪のパターンを想像してしまう程心配をした。

 そして、朝帰って来たルアザを心が休まなかったため体力が削れていても、ルアザのために咜りに叱った。


 だが、ルアザは一応、反省したが、二人に反論をして見せるが、その時のルアザの目は、反感心に満ちており、納得がいかなさそうだった。


「でも、言ったよね」


 だが、ルアザは反省の言葉を己の口から吐いた。


「そうだね。じゃあ、この砂時計が百回全て落ちるまで、帰ってくるから」


 ルアザは机の上に置いてある、小さな砂時計をひっくり返し、砂が一粒落ちるのを確認したら、すぐに外へと出ていってしまう。


 そして、地面を走るより、空飛んだ方が速いため飛行魔術を使い森の方へと飛び去っていく。


「はぁ、本当にうざい。何が言ったよね、だ。こっちも言った。関わるなと。話聞いてよ」


 ルアザは先程のやり取りに悪態をつき、不快な思いをしていたため、この闇夜よりどす黒い愚痴が口から零れ落ちる。

 不快感に乗じて怒りも湧いてき、冷静さを失いそうになると飛行魔術の術式維持に乱れが生じ、高度が少し下がる。


「ちっ! ……忘れよう。それが楽だ」


 ルアザもそれに気づき穴の空いた術式を修復し、さらにこれからスピードを上げるため、術式を強化し闇夜の冷たい空気を切り裂いていく。


 闇夜を飛ぶ鳥となったルアザは地上へと降り立ち、陸を命とする元の人間へも戻る。


 ルアザが振り向くと、星光も届かないそこに黒い何かが現れたように漆黒の空間が存在している。


 そして、ルアザは星が漂う、空へと顔を上げる。


「友よ。汝の友ルアザが約束の地に来た。空を梯子に降り願う」


 そう短めの詠唱すると、一つ、二つ、三つと増えて行く白や青色、赤色の尾を引く流れ星が出現し、ルアザへと近づく程、その光の大きさは増すが、光度は穏やかな輝きを保っていた。


 ルアザの周りをその穏やかな光で照らす。

 空から見れば、そこだけ地上の星のように見えたであろう。

 星のように微睡む光がルアザの周りに浮いていた。


「よく来たね。昼は森の友らと進めていたが、最近君たちに会ってないから、夜に来たというわけさ」


「△▶▼◀☆」


「それは良かった。君たちに嫌われていなくて」


 ルアザの周囲を漂う光の正体は妖精。

 妖精の知性は、動物並みであったり、人間並みであったりと千差万別だ。

 動物のように餌を摂取しなきゃいけないわけでもない。

 ただ、気ままに気分や感情に則り行動している。

 感情も喜怒哀楽、好き嫌いくらいの物しか伝えられなく少ないが、強い。


 それだけで人はコミュニケーションを取ることは可能であり、難しいが、慣れて仲良くなれば楽しいやり取りができ、何か協力を頼めば力を貸してくれる。


「今は妖精の鞄を作っているのだが、何度も失敗してて、手伝って欲しい」


「☆」


「感謝する」


 そう言い、妖精の光に照らされた洞窟へと入っていく。


 妖精とルアザが、その洞窟に入ると妖精の光に反応して周りの苔や茸が淡い光を放つ。

 ルアザはその光を浴びながら、洞窟の奥へと向かう。

 ルアザが通る場所に続きながら光が生まれ、一つの流星のように見える。


 そして、奥の終着点に様々な物が置かれている。

 毛皮、果実、種、草、石などが品種によって纏められている。


 その中に革製であり作りかけの鞄と糸を手に取り、側にある、大きな平らな石の場所へと置く。


 その石の前に座り込み、結界で擬似的な針を作り糸をつける。

 妖精は作りかけの鞄の中へと入りこむ。

 妖精の光は一層強くなるが、光は漏れずに鞄の中へと留まり、革に幻想的な光が染み込んでいく。


 ルアザは革と糸に魔術をかけながら鞄を作る。

 針の動きは、一つ一つ心を込めているのか慎重であり、針の穴の場所も均等に揃い、全体的に整った作りであった。


 ルアザが製作しているのは、妖精の鞄と呼ばれる収納道具である。

 妖精の鞄は小さな見た目に反して、大量の荷物が入るという利点がある。

 無限に入るわけではないないが、それだけで十分な性能を持っており、かなり便利なため重宝されている。

 しかし、妖精の鞄を製作するには非常に困難だ。


 まず、文字通り妖精などの高位存在の協力が必要であるため、それらと一定の関係性を築かなければならない。

 そして、鞄などを作る技術と知恵、材料。

 技術と知恵は何回も練習すれば、最終的には身に付く物だが、材料に関しては違う。

 材料も妖精が好まれる材料を使用しなければならない。

 妖精によって好みも違うため、材料を探す時点で非常に労力がかかる。

 ルアザは一生懸命、材料を探したり、加工したりした。


「あと半年で、十五歳か」


 ルアザは二年前から計画をたてていた。

 この何もない自然の中で暮らす毎日から抜け出す計画を。


(いつからだったろうか。親が煩わらしく感じてきたのは。三年前のあの日からだったろうか?)


 ルアザは三年前、何も制限のない自由な期間を生活した。

 あの時の自由の快楽を知った。

 なにをしても、なにも言われない、全てが実行可能であり、気分は澄みきって健やかだった。

 だからこそだろうか、親の不自由さを感じ始めるきっかけとなったのは。


 それに加えて自分自身の事についても知れなかった。

 三年前のあの日もう一度、約束の話を聞こうとしたが、今までの母親とは思えない必死さで怒りを自分に殴り付けていた。


(あの時、悟ったな。二度と話さないと)


 クラウにも聞いてみたが、何も語らず無言だっため諦めた。


(それから、自分が何者なのか気になった)


 ルアザにとっては記憶の全てがこの自然の中だったため、ここに自分達三人だけで暮らしていることに何の疑問が湧かなかったし、不思議だともおもわなかった。

 それがルアザにとって思考の道標である常識だったからだ。

 だが、話は聞いていた。

 外には沢山の人々がいると、外には様々な物があると。


 あの時、世界の永遠なる美しさと壮大な素晴らしさを知ったときには目指すべき目標へと変わった。

 でも、ルアザも人だ、必ずそのときの高い興奮は冷めて、執着もしなくなる。

 それが、飽きやすい子供の時期だったら尚更だ。

 そして、今まで生きてきたが、今はもう一度あの時の夢を思いだし、目指すようになった。

 世界を見たいというのもあるが、自分は何者? 本当の父親は誰だ? どこで産まれた? なぜこんな場所に住んでいる? 最近次々と泡のように無数に浮かんでくる疑問の答えが外にあると思ったからだ。


 糸を切り、妖精は鞄の中から出ていく。

 そしてルアザは奥にある荷物を早速妖精の鞄に入れていく。


 妖精の鞄に荷物を入れるとその荷物は豆粒のように小さくなり、無事に妖精の鞄が完成したことを確認したルアザは気持ちのいい達成感に満ちた息を吐く。


「ふぅ、できた。あとは肩紐とかつけて、使いやすくすれば完成だ。でもここまで小さくなるとポケットが必要だな」


「やっぱり、母さん達が持っている妖精の鞄の方が上手だな」


 実はエウレアとクラウは一つずつ妖精の鞄を持っている。

 だから、この場所まで登ってこれたのだ。


「さてと、友よ。そろそろ時間だ。手伝ってくれてありがとう」


「▽」


「嫌なの? でも帰らないと、めんどうだし」


「▽」


「ごめんね。次は遊ぼう」


 ルアザは妖精に向かい、手を合わせて謝る。


 規定の時間までに家に帰らなければ、母親とクラウにうるさく聞かされるのは予想されるので、帰らなければならない。


 ルアザは空を駆けて帰るが、隣には妖精が一緒に駆けていた。

 妖精はルアザと離れたくないから、ルアザについていくのは必然である。


「ただいま」


「百回越えた」


 ドアの前で待っていたのは、腕を組んだ母親の姿があった。

 その声も、ルアザを責めているような湿気のある声質だった。


「そう、ごめんね。どうせ、誤差くらいの数でしょ」


 ルアザはそんな母親を気にせず、横を通りすぎる。


「ちょっと待って。その妖精は何?」


「友達」


「じゃあ、妖精と関わるの止めなさい」


「なんで、母さんがそんなことを決めるんだよ」


 ルアザはこの言葉にはさすがに頭に熱を昇らせてしまう。

 もうすでにエウレアよりルアザの方が大きいため、ルアザがエウレアを見下ろす形となる。


「妖精は危険だからよ。ルーが小さい頃どんな目にあったか憶えてないの?」


 エウレアはルアザに負けじと反論する。

 エウレアは母親として、何をするかわからなく、危険な目に何度も会っているため、ルアザの事を第一に思い、あらゆる可能性を考え規制した。


「今と昔を一緒にするな。それに彼らは安全だ。勝手に決めつけるないで」


 ルアザは大人にいつまでたっても子供扱いされることに対してさらに熱量が増す。

 少し考えればわかることなのに、なぜか子供扱いをする。

 その大人の愚かさと傲慢さに辟易する。

 愚かさと傲慢さは、自分以外の方まで伸びるからまたさらに頭に熱が溜まる。


「もういいよ。邪魔だからどいて」


 ルアザは前に立ち塞がる母親を無理矢理どけ、自室へと歩いて行く。


「こらっ! ルー!」


 後ろから母親の声が聞こえるがルアザは無視して、歩みを止めない。


 エウレアは離れていくルアザの背中が自分と息子の心の距離のように感じ取ってしまい、手を顔に覆う。


(お母さんはいつも貴方の事を思っているのに。あの時の素直なルーはどこに行ったの?)


「ルー、母親にそんな態度はいけません」


 クラウは先程のやり取りに眉をしかめて、ルアザに苦言を言う。


「原因は母さんだよ。なんでもかんでも否定してくる」


 ルアザはその苦言を煩わらしくされる一つの要素にしか感じられなく、親の言う言葉の全てが敵のように感じた。


「それには理由があるからです。母君殿は貴方の事を思っているのですよ」


「あっそう。じゃあ、僕の事を思うなら関わらないでいて欲しいな」


 ルアザは怒りが爆発しそうだった。

 妖精も心なしかルアザを少し離れていた。

 ルアザは爆発しそうな感情を理性で抑えこみ、今の感情とは反対な相手を諭すような優しげな笑みだった。

 しかし、声は地下深くに眠るマグマのように重低音な声を発しており、目も笑っていない。


 そう、言い残すと母親と同じようにクラウを力ずくでどかし、去っていく。


「ルー!」「ルー!」


「うるさい!! うるさい!! うるさい!! うるさい!! うるさい!! うるさい!! 消えろ!! 消えろ!! 消えろ!!!」


「★★▽▽▷▷▷」


「お前達も関わるなよ!!」


 ルアザは黒い感情に染まりきった荒い息を溢しながら、結界を引かれ自室への侵入を物理的に不可能にさせる。

 結界の術式の粗雑が、ルアザの胸中を表している。


「「「……」」」


 だが、その結界の強さは何よりも強靭であり、外敵からの侵入を防ぐという結界の仕事は完璧にこなしていた。


「ルーの友達? 先程は貴方達のことを侮辱してしまうような言葉を言ってしまいごめんなさい。(もしかしたら、最近冷たくなったルーが、友達に対して優しいから嫉妬していたのかもしれないわね。我ながら認めたくない感情……)」


 エウレアは自分達と共に残された妖精の方を向き、頭を下げる。

 孤独な息子と仲良くさせてくれて、感謝の気持ちと己の醜さが無意識に出てしまい、それが妖精に当たったことに対しての謝罪の二つの意味合いがあった。


「☆」


「それは良いという意味合いかしら?」


「☆」


「それは良かった」


 妖精はルアザの方に光を当てて、悲しそうに光を弱々しく点滅させる。


「▽」


 彼ら、彼女らはルアザの事を心配しているのだ。

 彼、彼女達は生まれてばかりであり、いつ亡くなるのかもわからない。

 その時出会ったのがルアザだった。

 彼、彼女らは自分達には無いもの、見えない物をこよなく愛していた。

 ルアザは彼、彼女にはない、友情というものを教えた。


 本人は意図はしてなく、本人も始めてだったようで喜んでいた。

 それを喜びの感情だと知り、自分達も喜びがあると知った。

 ルアザは嬉しい場合もある、悲しい場合もあるが、楽しかった。


 しかし、ルアザは自分達にさっき強烈な怒りを示した。

 我々はルアザが前に教えてもらった、正しい事から反しているから注意しただけだ。

 親を大事にしろと。

 我々の親はわからないが、考察して愛を与える物は大事にしろということか? と結論を出した。

 ルアザは自分達に唯一の愛を与えてくれる。

 だから、大事にしよう。


「妖精殿もエウレア殿も気難しく考える必然はありませんよ。ルーは今難しい時期ですから」


「じゃあ、あの問題はどうするの? このままじゃ、ルーを殺してしまうわ」


 エウレアとクラウには大問題を抱えていた。


「そうですね。意識の寄生虫を取り除かねばなりませんね。しかし、解決法は未だにまだ……」


「私達は狂い始めている……」


「そうですね。言動が変になり始めています。今はまだ自覚していますけど、これから自分でも気づかなくなってしまうかもしれません」


 彼らはまだ正常な様子だが、それは抑えているからだ。

 自分の胸の中に眠る本来の自分とは全く異なる何かの衝動が日に日に強くなっている。

 二人はそれが常に不安が頭の中を駆け巡り恐ろしくてたまらない。


「最悪を想定する必要があるわ。やっぱりルーをここから出さないようにしましょう」


「それもそうですね。ここなら安全ですルーを出さないようにしましょう」


 二人の目は澄んでおり、理性ある瞳を持っている。



「……妖精さん。頼みがあるの。もしルアザに危険なことがあれば、助けてやってください。お願いします」


「☆」


 力無き人は妖精に助けを求めた。

 そして、妖精も了承をする。

 よくある光景の一つだ。

 だが、妖精は気まぐれであり、計画的だ。

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