23.信じられる人


「………………そう」


 私に驚きはなかった。

 多分そうだろうなと予想はついていたし、むしろまだ死んでいないならと安心した。


「でも、どうして?」


 理由もなく、三人は拘束されない。

 そうなったのは何か原因があるはずだ。


 ミルドさんはギルドマスターだと言った。

 冒険者の代表だから、色々な情報は知っているんだよね?

 きっと、彼らがそうなった理由も知っているはずだと思ったから、私はミルドさんに問いかけた。


「三人が連れていた二匹の魔物だ」

「シュリとローム? 二匹が、何かしたの?」


 あの二匹が何かミスをするとは思えない。

 それはクロも同じ気持ちだったみたいで、あり得ないと呟いている。

 真偽を確かめるようにミルドさんのことを見つめると、彼は「二匹は何もしていない」と首を振った。


「クレア殿は以前、この森に大勢の人間が調査しに来たのは知っているか?」

「もちろん、知っている。彼らはこの街や、魔物のことを調べようとしていた。……あの三人も、それが目的で来たと言っていた」

『だが、それがどうした?』

「その情報は、すでに知られていたんだよ」


 ミルドさんから真実を聞いた瞬間、クロは押し留めていた感情を爆発させた。

 発せられる圧力だけで建物が軋み、地震があったように床が振動する。外で見張りをしていた魔物の悲鳴と、何かが崩れ落ちる音も聞こえてきた。ミルドさんは驚愕に目を見開いて、腰を抜かしている。


 クロに触れる。

 そして、頭をなでなでした。


「クロ、落ち着いて?」

『…………すまない。ミルド殿も、申し訳ない』


 ミルドさんは、ふるふると首を横に振った。

 まだ恐怖から抜け出せないのか、パクパクと口は動いているけど、声は出ていない。


 でも、彼が復帰するのを待っている暇はない。


「クロ。私達は人間を一人残らず殺した……よね?」

『……ああ。複数の魔物で包囲網を組んだため、逃すようなことは絶対にあり得ない』

「でも、情報が漏れている。どうして?」


「──魔法だ」


 私は、こてんっと首を傾げる。


「魔法……どんな?」

「国から派遣された騎士の一人と視覚を共有する魔法だ。それにより情報がバレた。とは言っても、一瞬で殺されたため、詳しい情報は漏れていないが、『黒い魔物』の姿だけは確認されていたんだ」


 私達の知らない魔法。

 それを使われていたから、魔物の情報が広まってしまった。


 クロは悔しげに唸る。

 人間達が魔法を使用していると、もっと注意深く行動するべきだったと後悔しているんだと思う。……それは私も同じ。その可能性を考えて行動していれば、また別だったかもしれない。


 でも、今やるべきことは後悔じゃない。


 どうやって三人を助けるか。

 それを最優先に考えて、その後で後悔する。


「私の仲間はみんな黒い。だから、その二匹を連れている三人が捕縛されたの?」

「森の魔物と関与していると睨まれ、今頃、尋問に合っているだろう」

「シュリとロームは、どうしてるの?」

「最初は自分達のせいだと助け出そうとしていたが、下手に動くとより動きづらくなるからな。街中でうろつかせるのも目立つから、外に逃げたと思わせて、今は俺の別荘でおとなしくしてもらっている」


 とりあえず、二匹が無事だとわかってホッとした。


『なぜだ?』

「…………クロ?」

『なぜ貴様は我々に協力する。こちらは魔物だぞ。普通は人間の味方をするだろう。ギルドマスターならば、尚更だ』


 クロの言いたいことは最もだ。

 私達が人間に害を与えていないとしても、人間の敵であることに変わりはない。

 ミルドさんが私達に協力する意味なんて無いはずなのに、どうしてか彼は単独で街を訪れて、二匹のことも匿ってくれている。そこまでする理由がわからなかった。


「俺はギルドマスターとして、あの三人を調査に向かわせた。遠回しに死ねと、俺は命令したんだ」


 やがてミルドさんは、己の胸の内を静かに告白し始めた。


「何日も戻らず、やっぱり死んでしまったと諦めた時、あいつらは戻って来た。もうここで活動することはできないが、新しい生活に満足していると笑って報告してくれたんだ。ギルドマスターには新たな黒い変異種の魔物の情報は回ってきていた。三人が連れている二匹の魔物を見た時は、そりゃあ驚いた。それでも三人が苦しんでいる様子はなかった」


 それに、とミルドさんは続ける。


「俺がこうして三人の現状を話した時、クレア殿は本気で考えてくれた。そんなお方が悪人なわけがない。……だから、俺はこちら側に協力することにしたんだよ」


 ミルドさんの選択は、正しくない。

 それは人間として『裏切り』に等しい行為だから。


 これがもし私達側での裏切りだったのなら、多分、みんなは許さない。

 どのような理由があっても、裏切りは許されない行為。これがバレたら、ミルドさんはギルドマスターの権利を剥奪されるかもしれない。


 そんな危ない駆け引きで巻き込まないでほしいというのが、素直な感想だった。

 ──でも、嫌いじゃない。


「ミルドさん。私達はあの三人を助ける。そのために協力して」


 この人なら信じられると思う。

 だから私は、改めて協力を申し出た。


「ああ、引き受けよう」


 そしてここに、魔物と人間との契約が成された。

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