20.出発の日


 結局、人間の国に行くのはシュリとロームの二匹に決まった。

 当初の予定では一匹のはずだったんだけど、それでは三人の動きを把握できないって気が付いたみたいで、同行する数を増やしたみたい。


 元冒険者は、二人が男性で、一人が女性という構成だ。

 だから、ロームが男二人を監視して、シュリが残りの一人を監視するらしい。


 その報告を聞いた時、私はそれでいいと思った。

 シュリは誰にでも親しく話せるから世渡りが上手だし、ロームはクロの次に強い。何かあった時に安全に立ち回れる二匹だから、安心して送り出せると思った。




 そして、彼らを見送る当日。


 皆は私の部屋にやってきた。

 見送りって部屋でやるようなものじゃないことくらい、私でも知っているけれど、『自分達の見送りのためにクレア様の手を煩わせるわけにはいかない!』と意見が纏まったらしく、わざわざ向こうから来てくれたみたい。


『クレアちゃん! いい子にして待ってるのよ! ちゃんと我慢せずに眠ること、いいわね!』

「…………うん、いっぱい寝る」

『姫様ぁ……俺、やっぱり離れるのは寂しいよぉ』

「…………うん、頑張って」


 今、私はシュリとロームに囲まれていた。

 二匹とも、やっぱり私と離れるのは寂しいみたい。

 私の棺桶を護衛できるとは言え、よくよく考えたら私と離れるほうがもっと嫌だと遅れて気がついたらしい。


 でも、それに気づいたのは、すでに勝負で護衛役を勝ち取った後。

 やっぱりいいやと言えるような雰囲気じゃなくて、仕方無しについて行くことを決心したみたい。


 私としては『勝負』の内容が気になるけれど、なんか聞いたらダメだと思ったから、そこは忘れることにする。


「……ほら二匹とも。ずっとこのままだと、いつまで経っても出発できないよ?」


 よほど行きたくないのかな。

 出発の挨拶に来てから、二匹は私から離れない。


 その時間が長く続くほど、二匹の思いが強くなって、抱きつきが徐々に締め付けに変化しつつある。……ちょっと、苦しい。


 ブラッドフェンリルは強靭な肉体を持っているから、苦しいと主張するつもりで身体を叩いても、撫でられていると勘違いしちゃって、更に締め付けが強くなる。


 でも、二匹は私との別れを悲しんでいるのだから、私が拒絶したら可哀想。

 そのせいで口に出すことはできない。


 だから、それとなく出発を促してみたけど────


『ちょっと三人とも。私達はもう少しクレアちゃんと触れ合うから、先に行っておいて』

『一日分くらい離れていても、俺達なら数分で着けるから』


 と、監視役を投げ出す始末だった。


「シュリ。ローム。ちゃんと私の棺桶を守って? お願い」

『『──っ!』』


 吸血鬼にとって自分の棺桶は大切な物というのは、有名な話みたい。

 クロが知っていたくらいだから、二匹も知っているはずだと思ってお願いしてみたけれど……効果はあったみたい。


 私のお願いを聞いた二匹は、同時に尻尾をピンッと立たせた。

 でも、やっぱり離れたくない思いも強いのか、すぐに尻尾は萎んだ。


『うぅ……わかったわ』

『姫様のお願いは絶対だからね』


 それはお願いじゃなくて命令だよ、ローム。

 指摘したらまた面倒なことになりそうだったから、私は黙って頷く。


「あと、ちゃんと三人のことも守ってあげてね?」


 ──アォオオオオン。


 シュリとロームは吠えた。

 それは勇ましい遠吠えで、さっきまでの頼りない姿は微塵も感じられない。


 街全体に響きそうなほど長く吠えた二匹は、満足したように一呼吸。


『それじゃ、行ってくるわね』


 嫌々と抵抗を続けていた二匹は、最後に私の体に顔を擦り付けてから、あっさりと私の元から離れた。


『すぐに戻ってくるから、クレアちゃんがお留守番をお願いね』

『ちゃちゃっと終わらせて帰ってくるからねぇ』

「うん、行ってらっしゃい。……三人も、気をつけてね」


 二匹の主張が激しすぎて空気とかしていた三人は、ようやく出発できると立ち上がり、私と握手してから部屋を出て行った。


 ──絶対に帰ってくる。

 その言葉を残して、早朝、元冒険者の三人とブラッドフェンリルの二匹は、街を出発した。


 最後まで見送ることはできなかったけど、みんなが無事に帰ってこられますようにと、私は街を出て行く仲間の背中に祈り続けた。




          ◆◇◆




「……………………」

『どうした、我が主よ』

「…………ううん。なんか、変な気持ちなの」


 胸の辺りがもやっとして、少しくすぐったい。


『主も寂しいのだな』

「……寂しい?」

『主は先程から、皆が出て行ったところを眺めている。それは別れを惜しみ、寂しがっている証拠なのだろう』

「……寂しい。…………そう、なのかな?」

『ああ、そうだな。寂しいと思わなければ、そんな不安そうな顔はしない』


 言われてハッとする。

 そんな私に、クロは優しい眼を向けた。


『今はまだ理解していなくてもいい。だが、皆が帰ってきた時は「おかえり」と、そう言ってあげてくれ』

「…………うん、わかった」


 今まで生きてきて、胸が苦しくなったのは初めて。

 この感情が『寂しい』というものなのかは、まだわからない。


 でも、無事に帰ってきてほしいという思いは、自分でも知っている。


 だから私は待ち続ける。

 みんなの帰りを待って、みんなに「おかえり」と言うんだ。


 そうしたら、このもやもやしたモノも、きっと晴れると思うから。

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