19.私の棺桶


 元冒険者の三人が人間の街に降りることは、意外にもすんなりと許諾されたらしい。

 これは私も予想外で、クロがすぐに許したことに驚き「…………へぇ〜」と、反応が遅れてしまった。


 でも、それだけ意外だったから、後でクロにどうして許可を出したのかと聞いてみた。そしたら──


『主が許可したのだから、我が許可しないわけにはいかないだろう』


 と、なんともクロらしい返答が返ってきた。

 私の決定があったから、三人が街を出る許可をした。


 多分、三人の証言だけだったら、話すら聞かなかったと思う。

 シュリとラルクに後押ししてもらうように頼んで、二匹も味方になってくれたから、クロは三人を無下にせずに話を聞いてくれた。


 私が二匹に味方をするようにと言ってくれたからだと、三人からは何度もお礼を言われたけれど、私は助言しただけだから、お礼を言うのは味方をしてくれた二匹に言ってあげてほしい。


 とにかく、三人が街を出て人間の国に行き、今回殺した魔物の素材を金にして、補給物資を買い込んでくる。……という計画は、順調に進んでいた。


 でも、すぐに問題と直面したらしく、クロと元冒険者三人がやって来た。


「…………付いていく、メンバー?」

『そうだ。誰を連れて行けば良いのか。人数なども含めて、どうするかと議題に上がっていてな』

「ブラッドフェンリルの、誰か?」

『それは確定なのだが……』

「何か問題があるの?」


 ブラッドフェンリルの誰かが一匹だけ行けば、それで問題ない気がする。


 彼らは他の魔物と比べて、格が違う。

 多分、この街に住む魔物全てと、ブラッドフェンリル一匹を戦わせても、ブラッドフェンリルの方が勝つ。


 それだけの実力差がある彼らなら、一匹だけ連れて行けば問題ない。


 でも、クロは納得していない様子。

 今日の当番のシュリも、誰が行くかという話になってから、少し不機嫌だ。


 …………何が問題なんだろう?


『ねぇクレアちゃん。人間の国に行くってことは、この街を数日離れるということなのよ』

「……うん。それがどうしたの?」


 言い聞かせるようにシュリが教えてくれるけど、やっぱり何が問題なのかわからない。


『ここを数日離れるってことは、その間、クレアちゃんの当番ができないってことじゃない!』


 ──嫌よそんなの!

 と、シュリは身体を震わせて拒絶を示した。


 クロも同じ気持ちなのか、うんうんと頷いている。


「数日離れる程度、私は我慢できる」

『私達はできないの!』

「…………おぉ……」


 上から来る迫力が凄すぎて、私は言葉を失くした。

 まさか、そこまで私と離れるのが嫌だとは思わなかった。

 ……でも、別に一生の別れってわけじゃないし、魔物も私も、寿命はないようなものだから、たとえ一ヶ月でも一瞬と変わりない。


 そう思っていたけど、クロとシュリの反応を見る限り、間違っているのは私の方なのかな?


「クロもシュリも、他のみんなも……過保護すぎ」

『だってクレアちゃん。ほっとくと何処かへ流れちゃう気がして……』

「そんなこと、ない」

『いや、主は危険だ。周囲が焦土になっていようが眠り続けている可能性だってある。そんなお方から目を離すなんて…………片時も離れることなんてできるわけがないだろう』

「ぐぅ……反論できない」


 私は眠り続けることができれば、それでいいと思っている。

 それに加えて私は物理攻撃と属性攻撃の全てに耐性を持っているから、クロの言った通り、周囲が焦土に変わっていても眠り続けられる。


 いや、でも流石に一回は起きると思うよ?

 その後は…………多分、気にせずに寝ているかもだけど。


「でも、他のみんなが居るから、安心して?」

『私が見ていたいの!』

「…………じゃあ、御託抜きに行きたくない……ってこと?」

『そうよ! 悪い!?』

「…………おぉ……」


 包み隠さない逆ギレで、私はまた、言葉を失った。


「でも、誰かが行かなきゃ、監視にならない」

『それはわかっている。……だが、皆が同じ気持ちなのだ』

「みんな、私から離れたくないの?」

『…………うむ』


 それは困った。


 だからって三人だけで行かせるのも問題がある。

 まだ三人を信用していないから、誰かを行かせることになっているのに、誰も行きたくないときた。これは予想外。


『しかも、まだ問題は残っている』

「…………なに?」

『今回、襲撃して来た魔物は約500。その内の100は逃げてしまったが、それでも400体の魔物の素材を運ぶとなると……』

「三人だけじゃ、難しい?」

「……ああ、そうだな。馬車が何台かあればまだいいが、この街にある馬車は一台だけだ。これじゃあ、少なくても数十回は往復することになる」

「…………ふむぅ……」


 数十回も往復していると、最後の方の素材は腐っちゃうかもしれない。それでは勿体無い。できるなら全部を売りたいところだけど、馬車一台だと難しい、か…………。


「──あ、いい物、あるよ」


 こういう時にとても便利な物を忘れていた。

 今はどこにあるかわからないけど、ダメ元で呼び出してみよう。


「【血溜まりの棺桶】──来て」


 指を噛んで、血液を床に垂らす。

 するとそれは徐々に形を作り、人が一人分入れるくらいの棺桶になった。


『主、それはなんだ?』

「……ん、私の棺桶。この中にいっぱい荷物を入れられる。すっごい便利」


 この棺桶は私の血液で出来ているから、持ち運びが便利。

 でもそれは私が運ぶ。という前提だから、他の人が使うならこの棺桶を持って直接運ばないとダメだけど……この棺桶の中の上限はほぼない。だから、400体の魔物の素材くらいは簡単に入ると思う。


「……なるほど。収納袋のようなものか」


 クロ達には馴染みがないものだから、説明しても首を傾げるだけだったけど、元冒険者の三人は心当たりがあるみたいだった。


「収納袋?」

「ああ。見た目は小さい袋なんだが、見た目以上に荷物を収納できる、とても便利な道具だ。…………だが、とても高価で、持っている奴はほとんど居ないが……おそらく、それと似たような物と考えていいだろう」

「…………うーん? ……うん。そんな感じ?」

「だが、貴重な物だろう? 俺達が借りていいのか?」


 リーダーさんが言うには、収納袋は貴重で高価だから、ほとんどの人が持っていないらしい。

 それでも欲しがる人は沢山いて、手に入れられないなら奪えばいいって考える悪い人も居るみたい。……だから、収納袋を持っている人は、盗まれないように気をつけるんだって。


 私の棺桶は、見た目も大きさも目立つ。

 それで収納袋と同じ性能だと知られたら、そういう悪い人達が寄って来るかもしれない。


 悪い人達は、奪うためならどんなことだってする。

 だから、危険かもしれない。


 それでも貸していいのか? と、彼は言いたいらしい。


「別に、問題ないよ?」


 でも、そんなのどうでもいい。

 手に入れられないなら奪えばいい、っていう考えの人がいるのは少し残念だけど、私は別に盗まれても気にしない。


「この棺桶は私の血液。盗まれても呼び戻せる」


 盗まれようが、遠くの場所に運ばれようが、私と棺桶は血で繋がっている。


 だから問題ない。


 この棺桶の存在を思い出したのはさっきだし、それまでは多分、私が追い出されたお家に放置されていた。

 それでも問題なく手元に呼び出せたから、盗まれても問題はないと思う。


「これで、一回で全部運べる。取り出す時は、欲しいものを思い浮かべると勝手に浮かんでくる……多分。遠慮しなくていいから、使って」

「……感謝する。そういうことなら、ありがたく使わせてもらうぜ」

『話しは纏まったな。では、我も三人について行くとしよう』


「「「「え?」」」」


『ちょっとクロ! 抜け駆けは許さないわよ! 私が行くの!』


「「「「え?」」」」


 クロ、それにシュリ……さっきまでと言っていること、違う。

 あんなに行きたくないって言っていたのに、急にどちらも行きたいと言い争いを始めた。


「クロもシュリも、どうしたの? 行きたくないって、言ってたのに……」

『だってクレアちゃんの大切な棺桶を守れるのよ!?』

「…………うん?」

『吸血鬼にとって、棺桶は何よりも大切な寝床と聞いている。それを守護できる機会なのだ。行かないわけにはない!』

「…………へぇ〜」


 今まで忘れていた棺桶に対して、何をそこまでやけになっているんだろう?


 でも、やる気が出たなら、それはそれでいいのかな?


 別に誰が行こうが、誰が残ろうが、私には関係ない。

 その上で私の棺桶を守りたいと言うのであれば、私がそれを阻止する理由もない。


「…………好きにして」


 私は潔く、考えることを諦めた。

 その後も二匹の言い争いが聞こえてきたけれど、私は気にせず夢の中に旅立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る