第61話 召喚
「はっはー!こんばんわー!」
「ただいま戻りました」
ただいま夜の9時30分。
<召喚獣のスキルボード>のノルマ、最後の関門『全力で遠吠え100回』を心に大きな傷を受けながらも完遂させた俺と、見守っていた桜子さんは昼ぶりにダンジョンラボへと戻ってきていた。
俺のテンションがおかしいのは気にしないでくれ。少しでも気を抜くと遠吠えがノーカウントになるからって理由で一瞬たりとも気を抜くことが出来なかったんだ。ちょっとくらい箍が外れてもいいだろ?
「あ、お帰り〜。カイ君壊れちゃった?」
「まぁそんなことを言うな朝陽。相当に骨が折れるノルマだったんだろう?少しの間くらいは許してやれ」
「骨というか心じゃない?折れたの」
ダンジョンラボにいたのは朝陽さんだけではなかったようだ。
まるで感情を抑えることが出来ずにいる子供に向けるような優しい目で俺を見る鬼教官。竜胆さんの存在が俺の頭を冷やす。
「あぁ…竜胆さんいらしてたんですか」
「なんだ、私がここにいてはいけないのか?」
「いやそういうことじゃなくて…その、朝陽さんしかいないと思い込んでいたものだからつい」
「はっちゃけ過ぎてしまい恥ずかしい、と」
「あはは、その通りです」
「カイくん心許してくれてたんだ〜。お姉さん嬉しいぞ」
「私にも素を見せてくれ。寂しいじゃないか」
「はは…以後努力します」
「努力してくれ」
「…無視かい。」
感情の箍のロックを兼ねた竜胆さんとの雑談。それを適当なところで終わらせ、喉が渇いたなと自分のリュックを漁る。
お茶入りの水筒を取り出し、ゴクゴクお茶を飲む。視界の先に目をキラキラさせている朝陽さんが映る。思い出す。
(あ、ノルマの報酬のこと話し忘れてた……あ~お茶うま)
「えっと、<召喚獣のスキルボード>のノルマの報告、今します?」
「もっちろん!さぁさぁ早く!」
「朝陽さん、壊れちゃいました?」
「早く!」
「あ、はい…」
無視されてたこともう忘れてるんだろうな。本当に彼女はダンジョン狂い。根っからの研究者なのだろう。
隣で鼻の穴を少しだけ膨らませている竜胆さんにも心なしかさぁ、早く!と急かされている気がしたので、大人しく<召喚獣のスキルボード>のノルマについて話すことにした。
<【召喚獣】のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右上:木登りをする
100/100回 達成!
右下:全力で遠吠えをする(屋外で)
100/100回 達成!
左下:高所から飛び降りる
100/100回 達成!
左上:
100/100体 達成!
報酬:
・スキルボード【アイテムボックス】
・スキル【召喚獣】
召喚獣選択権▼【狼】【ゴリラ】【ニワトリ】
――――――――――――――――――――
石板の内容をそのまま紙に写し、二人に見せてから口を開く。
「―――っとまぁこんな感じです。報酬のスキルボードは【アイテムボックス】、報酬のスキルは【召喚獣】、それと召喚獣選択権【狼】【ゴリラ】【ニワトリ】……あと選択肢のインパクトが強すぎて、召喚獣選択権の右隣にある逆三角は今の今まで見落としてました」
「潔いな。私はそういった性格が嫌いではない」
「点数稼ぎのマコちゃんは黙ってて。カイ君、今すぐ確認して書いて」
研究に関わることで朝陽さんを怒らせたくない。長身美人の褒め言葉にデレながらも石板に素早く視線を飛ばし、▼をクリックする。
「……え?」
そこで俺の動作は無意識にぴたりと止まった―――。
<【召喚獣】のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右上:木登りをする
100/100回 達成!
右下:全力で遠吠えをする(屋外で)
100/100回 達成!
左下:高所から飛び降りる
100/100回 達成!
左上:
100/100体 達成!
報酬:
・スキルボード【アイテムボックス】
・スキル【召喚獣】
召喚獣選択権▲【狼】【ゴリラ】【ニワトリ】
召喚獣【
召喚獣【
召喚獣【
――――――――――――――――――――
―――選択肢として挙がっている三匹の怪物の名前があまりにも有名だったからだ。主に冒険者泣かせの怪物であるからといった理由で。
(なんつー選択肢提示してくれやがるんだ!スキルボードの大馬鹿野郎!)
確かにこんなにも頑張ってるんだから、なるべく強い召喚獣を下さいって思いながらノルマを消化していた。でもここまで強い召喚獣は望んでない。
―――以上、冒険者知識検定二級テキストより。
因みに試験では『全速力で逃げて』のところが『様子を見つつ逃げて』と書き換えられて正誤問題で出てました。当然誤りです。様子を見つつ逃げれるような優しい相手ではないので。
そんな奴らを召喚する?馬鹿言ってんじゃないよ。
もし召喚獣だからという理由で召喚主の俺に絶対服従であった場合でも手に負えない。自分の横に絶対的な強者が四六時中いるなんて考えたくもないからな。
それに前提問題として一等級の怪物を操る駆け出し冒険者を冒険者センターは放ってはおかないと思う。
力は人を酔わせる。新人ならなおさらだ。
少し前まで争いとは無縁だった人間がある日突然、大抵の者が逆らうことのできない力を持てば嫌でもその人間の性格、行動原理、価値観は変わってしまう。
ある者は殺人衝動に突如駆られるようになったり、ある者は下半身に全判断を委ねだしたりと挙げればきりがない。
そんな最悪の可能性を秘めた人間を監視下に置かないほど国は馬鹿じゃない。
(しかも俺、追加で
頭を回せば回すほど、自分が今置かれている立場が分かっていって、徐々に、しかし確実に見えなくなっていくモテへの一本道。
最悪の場合は国に飼い殺しにされるのかなぁ、と行き過ぎではあるがそう大きくは間違ってはいないであろう未来を想像している俺に声がかかる。
「どうかしました…?」
桜子さんだ。どれくらいの時間が経ったのか俺には知るすべがないが、恐らく相当な時間フリーズしていたのだろう。心配そうに顔を覗き込んで来る。
「あ、いえ。その…」
「――書いて」
「……はい」
一瞬、言うべきか言わないべきか迷ったが、朝陽さんの有無を言わせぬその言葉で端から選択肢がないのだなと悟った。
一度と止めた眼と手を動かし紙に【
「っ…これは」
「……ほぅ」
「なるほどねぇ…」
紙を覗き込んだ三人の反応は三者三様。
桜子さんは三匹の召喚獣候補に驚き、竜胆さんはニヤリと笑う。そして朝陽さんは紙と俺の表情を見て全てを察していた。
「過ぎたる力だと思ったわけだ。違う?」
「…その通りです」
朝陽さんの問いかけに頷く。
正直、この後「そうだね、流石にこれは手に負えない。残念だけど検証はこれでお終いだ」とかなんとか言われるのだろうなと思っていた。
しかし、予想とは真逆。朝陽さんはやけに色っぽい声で再び問いかけてきた。
「―――どうして君はこうも私をときめかせてくれるんだい?」と。
「…ん?」
予想外、しかし何処か聞き覚えのあるその問いかけに思わず顔をあげる。
そこには声の通り、頬を紅潮させ妙に色っぽくなった朝陽さんと微笑む桜子さん、不敵に笑う竜胆さんが立っていた。
「私一人でも何とかなると思います。竜胆さんがいれば絶対です。ですから安心してください、海君。もし召喚獣があなたの制御下を抜け出し暴走したとしても私たちが何とかします。それは過ぎたる力のせいで海君が暴走してしまった場合もです」
「まぁ、海は特に問題ないと思うがな。自分には過ぎたる力であると思うのならば過ぎたる力でなくなるまで強くなればいい。違うか?」
「…そう、ですね」
一等級冒険者と特級冒険者の言葉。これ以上に勇気が出て、信用出来る言葉を俺は知らない。
「ま、そういうことだね~。安心しなよ。桜子ちゃんとマコちゃんは強いからね。それに私がこんなにも面白い実験そ―――検証を途中でやめるわけないじゃないか」
「はは、そうですね」
今だけは朝陽さんが残念な女性でなく、頼もしい女性に見えた。
「む…何かまた失礼なことでも考えてるね?その顔は」
「何のことでしょうか」
「はぁ、まぁ今は許してあげる。早く検証したいからね。さ、いつもみたいに下に行って着替えちゃって~」
「はーい」
懸念材料はもう消えた。
万が一暴走した場合でも桜子さんと竜胆さんが止めてくれる。検証が終わり、国にガチガチな監視をされる心配も今のところない。
であれば後に残るは特大のメリットのみ。
信じられないほど強い味方を手に入れることが出来る、ただそれだけ。
「―――いきます」
「いつでも大丈夫です」
「楽しみだな」
筋トレをする時と同じ格好に着替えた後、桜子さんと竜胆さんの準備、そして心の準備、そのすべてを確認した俺は石板にある三つの選択肢から一つだけを選ぶ。
もちろん、選択するのはノルマの中で思わず見惚れてしまったあの動物、その王様。
(……っし!)
心の準備を再び行った俺は意を決して叫ぶ。
「―――【召喚】…フェンリルッ!」
一瞬の静寂、嵐の前の静けさ。
…ヴンッ―――。
直後、俺の目の前、足元に大きな魔法陣のようなものが出現する。
「「「「っ…!」」」」
魔法陣の中心から溢れ出してくる、文字通り大気を歪ませるほどの膨大なマナに四人が四人とも息を飲んだ。
そのマナがやがて収縮し始めるころに眩い光で形作られたナニカの存在を確認する。
そして、長い時を経てソレは産声を上げた―――。
「キュゥゥ…………………」
「………へ?」
誰がこんな間抜けな声を上げたのだろうか。少なくとも俺ではない。やるとしたら桜子さんじゃないかなぁ。
「キュゥゥ…………………」
(って、そんなことはどうでもいい!)
何が起きているのかを全く理解できていない。とにかく情報を!と聞き慣れない音の方へと目を向ける。
「なんだぁ…あれ」
すると既に消えてなくなった魔法陣の中心であった場所、今はただの無機質な床になった場所に横たわり今にも消えそうな産声を上げるナニカが視界に入った。
「キュゥゥ……キュゥゥ…………」
ソレは何の毛も生えていないピンク色の身体を懸命に動かしている。
その姿はまるで親に対して救いを求めている無力な赤子のようだった。
(助けないと…)
無意識に足が動き、やがて駆け足になる。
「キュゥゥ……」
床に横たわり鳴くそれのもとに着き、蝶よりも花よりも優しく丁寧にすくい上げるとピンク色のソレは閉じた眼を俺の眼にむけてから「キュッ」と鳴き、次に「スゥゥ」と安らかな寝息を立て始めたのだった。
しばらくの間、ピンク色のソレを抱きかかえたままボーっと突っ立っていると徐々に自分の身体から力が抜けていくのを感じる。
(これはあれだ…【土属性魔法】を使った時に似ている)
恐らくは体内のマナが外に漏れだしているのだろう。原因は多分こいつだ。今俺の腕の中で気持ちよさそうに寝ているピンク色のソレ。狼の幼体が俺のマナを喰らっているんだ。…ていうか——
「お前、産後かよ…」
『―――いきます』『―――【召喚】…フェンリルッ!』とか息巻いて言っちゃったんだけど。散々フォローしてくれた桜子さんたちの顔見る自信ないんだけど。
(お前は気持ちよさそうに寝てるなぁ……)
俺はフェンリルの幼体を撫でながら、どういった顔で彼女たちのもとへ行けばいいのだろうか、と真剣に考えるのであった。
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