第57話 一周回る

 ヒュオオオオオォォォ

「ギャ——」「ギャ——」

「風が気持ちいなぁ……」


 木登りによって火照った体を冷やすやや強めな風。20mくらい下から定期的に聞こえてくる小さな断末魔。大樹の天辺付近の枝の上に命綱無しで大きく手を広げ、風を感じながら仁王立ちする俺。


 何の躊躇もなくアイキャンフライをしてしまったあの日から三日が経った———。


 あの日、地上から20mほど離れた木の枝から飛び降り、空中で冷静になった俺はその後ズドンという大きな音を立てて地面に着地した……無傷で。そう、死ぬ死なないどうこうではなく怪我一つさえしなかったのだ。

 結果オーライ———しかし、俺は「あぁ良かった、死ななくて。よしもう一回!」と気持ちを切り替えることができるほど脳内お花畑男じゃあない。

 何も考えることなく言われるがままに飛び降りた俺が4割方悪いのだが、Goサインを出した朝陽さんも朝陽さんだ。1割くらいは悪いと思う。

 だから「あんた何考えてんだ?」と若干キレ気味に彼女の方へと詰め寄った。

 だがしかし、俺の非難に対して朝陽さんは特に悪びれる様子もなく「怪我しないって分かってたから飛ばせたんだよ。カイ君もそれが分かってたから飛んだんじゃないの?」とか言ってきやがった。


 ……いや、至極真っ当な発言だったから何も言い返せなかったんだけどね。まさか朝陽さんも俺が考え無しに飛んだなんて思ってもいなかったようで、口を一文字にし若干俯いた俺に対して「え、嘘でしょ?」と可哀想な子を見る目を向けてきたよ。


 マナ吸収による身体強化、僅かながらも常時かかっている【身体能力向上】、かなりの衝撃吸収をしてくれる46万のダンジョンスーツと靴、そして俺の素の身体能力。

 朝陽さん曰く20数m上空からの落下くらいなら楽勝らしい。

 どうして木登りの前に教えてくれなかったのか、どうして貴女がまともなことを言っているのかと問いかけたかったが呑み込んだ。そして石板に起きた変化を確認しながら朝陽さんの視線から逃れるために木にしがみついたっけ……。


 その日は、俺の心の傷がある程度癒えるまで登って飛んでを繰り返した後、効率良くノルマを熟すために『高所』とは一体上空何mのことを指すのかを調べた。もちろん同時並行で何m木を登れば1カウント扱いになるかも調べた。


 その結果、『高所』とは20m以上の高さを指しているということと、木登りは登頂ではなく自力で20m分の高さを登れば一回としてカウントされる——つまりは0m地点から登り始め20m登っても、20m地点から40m地点まで登っても両方同じ1カウントであるという、これからの人生において一ミリたりとも役に立たない情報を手に入れることができた。ちくしょう。


 ヘラヘラと笑う朝陽さんに「さあこれも検証の、ひいては君が強くなるための作業の一つなんだよ」と言われて40m地点の枝から20m地点の馬鹿みたいに太い枝へと文字通り命懸けで飛び降りたのに。割りに合わなさぎる……。



「そんな検証マッドのお遊びもこれで終わりだ……」


 そして今、短くも永遠に続くのであろうと錯覚までした日々を思い出していた俺はついに100回目のフライトを決行しようとしていた。


「………」

「……朝陽さーん!ラスト行きまーす!」

「……」


 最後のフライトだというのにこちらを見ることなく、小鬼討伐の片手間に情報端末をいじる朝陽さんに向かって叫ぶと彼女は俺の方をチラッと見て片手をスイっとあげた。それからはぁ〜あ、やっと終わるといった顔をしながら情報端末の電源を切り俺が飛び立つのを待つ。

 誰がどう見てもこの検証自体に飽きているといった様子だ。


「全部見えてるかんな?」


 今思えば40m地点から20m地点の枝への飛び降りをやらされたのは検証のためというより、飽きたからひぃっと言って怖がる俺を楽しもうという悪魔も真っ青な意図だったのかもしれない。


 ただその検証以降は一切の恐怖心がなくなり、木登り&飛び降りの効率が飛躍的に向上したため強く非難することはできなかったのだが。


「せめてもの反抗に桜子さんにチクろ、絶対」




 <【召喚獣】のスキルボード>

 ――――――――――――――――――――

 右上:木登りをする 

    100/100回 達成!

 右下:全力で遠吠えをする(屋外で) 

    0/100回

 左下:高所から飛び降りる 

    99/100回

 左上:小鬼頭ホブ・ゴブリンを倒す 

    100/100体 達成!


 ――――――――――――――――――――



 その一言を最後に俺は石板を見て『全力』ってなんだろうと考えながら宙へと身を投げ出す。恐怖心はない、股がひゅんっとなることもない。頭にあるのは残り一つのノルマのこと。


 世間一般ではこんな状態を一周回る慣れると言うのだろう———。




 ◇◇◇




「おっ、やっと終わんのか?次はどんなことすんだ?」


 少し離れた大樹の上、枝が密集し葉が生い茂る場所で望遠鏡を覗く男が一人。


 彼もまた一周回って慣れてしまっていた。





 ————————————————————




 海:4割

 朝陽:1割

 スキルボード:5割



 P.S. 本作を『第4回ドラゴンノベルス小説コンテスト』に応募することにしました。


 ふんっ面白いじゃねぇか、読んでやろう…と少しでも思ってくれた方は是非★の評価、フォローを。

 お前自分で言ったことくらい守って週一で投稿しろよ……でもまぁ、頑張りな…というツンデレで神様みたいな読者様は作者のフォローまでお願いします<(_"_)>


 作中失礼しました =゚ω゚)

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