第46話 再び『渋谷』へ
「じゃあ美作、また学校でね」
「さよなら美作君。学校で会いましょう」
「うん、二人ともありがとう。短い間だったけど楽しかったよ」
冒険者センター府中支部、201室の前。
ダンジョンウェアから私服に着替えた可愛らしい小松さんと氷室さんに手を振り見送る。パーティを解散するというにはあまりに軽い別れの言葉だったが、【スキルボード】のことで頭一杯の俺には好都合だった。
ちなみに何故、ここ、201室に今の今までいたのかというと、あれだ、事情聴取のようなものを受けていたからだ。
なので目撃情報だけでなく、戦闘情報、討伐確認までを提出した俺たちが「あ、はい。そうなんですね。お疲れ様でした~」と言って返されるはずがない。
ダンジョン内第16層の換券場で蜥蜴のドロップアイテムを提出し、
俺は【スキルボード】のことでいっぱいいっぱいだったので全て二人が何とかしてくれたが。何なら「情報の価値が分かり次第、討伐報酬並びに情報代をお三方の冒険者カードに入れておきますね」という言葉しか覚えていないような気もする。
(それよりも……だ)
俺はポケットからスマホを取り出してLimeのアプリを開く。
もちろん朝陽さんに【スキルボード】のことについて報告するためだ。
土属性魔法が取れたら一度来なさいと言われていたし、何よりメインであったはずの土属性魔法が霞んでしまう石板が大量に出現した。自分だけで考察するよりも専門家の意見を聞いた方が頭の整理はつきやすいと思う。
ただ、今はもう夕方なのでダンジョンラボに行くのは明日になってからがいいだろう。
『お久しぶりです朝陽さん。明日そっちに行ってもいいですか?』
秒で既読が付いた。
『おひさ~カイ君。もちろんいいよ~。なんかあった?』
『ありがとうございます。土属性魔法を無事取得したので』
『お~そっか。楽しみに待ってるよ~。ちなみにだけど他にも何かあった?新しいこと』
『石板が6つほど増えました』
ヴ~、ヴ~、ヴ~
返信の一秒後。
スマホが振動し始めた。電話だ。
画面にはもちろん丸く切り取られた朝陽さんのプロフィール写真が。これは朝陽さんと桜子さんのツーショットかな?後ろにはチラリと竜胆さんも見えている。
(てかこれ竜胆さん仕事してないか?朝陽さんどこで撮ってるんだよ…)
癒しとツッコミどころが山ほどあるプロフィール画面の下、電話ボタンをタップ。
『もしもし、朝陽さん?』
『遅い、2コールで出てよ』
向こうからの第一声はお叱りの言葉であった。あなたのプロフィール画のせいである。
『で、石板が6つ出て来たってどういうこと?』
『えっと、話すと長くなるんですけど……』
『おっけ~、じゃあ今からこっち着て』
『は?今、俺府中にいますし…』
『うん、知ってる。だから府中から渋谷に来て、交通費出すから』
『え、あ、はい…分かりました』
『待ってるよ~、じゃね~』ツーッ、ツーッ、ツーッ……
スマホを耳から離し、ポケットにしまう。
「はは、相変わらずだなぁ……」
夕方だし、滅茶苦茶疲れているしで今日はもう帰りたかったのだが、朝陽さんに来いと言われたのなら行くしかない。行かなかったときに何をされるか分かったものではないからだ。
(…でも、いやなわけではないんだよなぁ……)
嫌ではない。むしろ少し嬉しいまである。
性格がどうであれ朝陽さんはまごうことなき美人さんだ。
そして俺は美人さんに誘われたらどこへでも行ってしまうという男子校生特有のフットワークの軽さを未だに持っていた。
ピコンッ
「ん?」
『桜子ちゃんもいるから今すぐにおいで~』
『マッハで向かいます』
スマホを再びポケットにしまった俺は鍛え抜かれたその足をフルに使い、風となって府中駅へと向かった。
◇◇◇
一時間後。夜と夕方の中間、紫の空の下。
光散らかす巨大なビル群ひしめき合う渋谷を全力で走り、一週間ぶりの冒険者センター本部建物内へと駆け込む。
ダンジョンに入る際、お気に入りのダンジョンウェアは蜥蜴との戦いで汗ぐしょぐしょになっていたので着れず、仕方なく砂スライムたちによって繊維が死んでいるジャージを着ることにした。桜子さんにカッコいい姿を見せたかったので少し残念だ。これならまだ半袖ジーパンの方が見栄えはいいだろう。絶対に着ないけど。
ゲートを潜った後、ダンジョンラボにはすぐに着いた。
勝手知ったるダンジョンラボ。顔パスで入り、走りでいつもの場所へ。
「桜子さん、朝陽さん、お久しぶりです」
俺は一階の
「あ、久しぶりですね。海君」
「おっそ~い、どれだけ待たせるのさ」
「これでも全速力で走ってきたんですけどね…」
「府中からここまで?」
「なわけないでしょ…」
「朝陽、あなたが呼び出したのにそれはないでしょう。…あ、海君。これどうぞ、お水です」
「ありがとうございます。わざわざどうも」
朝陽さんがわざとらしく茶化し、桜子さんがそれを咎める。
桜子さんから貰った水で喉を潤しながら、あぁ、心地いいなと素直にそう思った。
「で、6枚ってどういうこと?」
相変わらずと言っていいほどの切り替えの早さで本題に突入する朝陽さん。疲れているので席に座らせてもらってから「えっとですね」と周囲に石板を浮かばせる。
石板に目を向けながら報告を始めた。
「6枚のうち一つは今まで通り未収得のスキルが獲得できる石板です。今回は【渾身の一撃】ですね。ちなみにご存じで?」
「うん、まぁ外れスキルの部類だね。人によって変わるけど平均的な【渾身の一撃】の効果は『クールタイム10分で一撃を5倍の威力に変える』。5倍というのは驚異的な
朝陽さんの言うとおりだな。
何度も言うが【スキルボード】の最大の特徴にして最大の長所はスキルの数だ。一つのスキルの弱点は他のスキルが補ってくれる。【渾身の一撃】はクールタイムがあるが故に一般的にはロマン砲と言われているのかもしれないが、俺にとっては瞬間的な火力を補ってくれるありがたいスキルだ。出来れば蜥蜴と戦う前に欲しかったが。
「で?残り五つは?」
はやく、はやくと目を輝かせた朝陽さんが俺を催促する。
「えっと今から俺が伝えることをちゃんと信じて下さいね?」
「ん?…うん、もちろんさ。私がカイ君にウソをついたこと「あります。忘れたとは言わせませんよ?」……そうだったね…ま、信じるよ。で、何があったの?」
より一層朝陽さんの瞳が輝いているのは気のせいではないだろう。
ハードルを上げ過ぎたか?
いや、今から俺が言うことを考えれば、上げ過るくらいがちょうどいいのかもしれない。
(口で伝えるより、石板に書かれていることそのままを見た方が伝わりやすいな)
「紙とペンってありますか?」
「はい、ありますよ」
俺が紙とペンを要求するとすぐさま桜子さんがペンを渡してくれた。それも桜子さんの胸ポケットから出てきたものだ。仄かな温かみありがとうございます。
「ん」
この温もりを忘れないように一生手を洗わずに生きていこうかなぁ、なんて本気で考えていると朝陽さんがずいっと紙を俺に差し出してきた。顔に早くしろと書かれてある。
「あぁ、はいはい。え~と………………」
不機嫌そうな朝陽さんから受け取った紙に桜子さんの温かみが残るボールペンで書き込んでいく。書き込む内容はもちろん、俺の周りをふよふよと漂っている『常設』を冠する名の石板5枚そのまま。
「っし、出来た…――――――
<常設【身体能力補正】のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右上:懸垂 0/1500回
右下:ランニング 0/50㎞
左下:腕立て伏せ 0/5000回
左上:ランジジャンプ 0/2500回
報酬:【身体能力補正】+Lv1
――――――――――――――――――――
<常設【自然治癒力補正】のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右上:背筋 0/5000回
右下:拳立て伏せ 0/5000回
左下:ドラゴンフラッグ 0/2500回
左上:ランジジャンプ 0/5000回
報酬:【自然治癒力補正】+Lv1
――――――――――――――――――――
<常設【自己鑑定】のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右上:腕立て 0/5000回
右下:腹筋 0/5000回
左下:スクワット 0/5000回
左上:ランニング 0/50㎞
報酬:【自己鑑定】+Lv1
――――――――――――――――――――
<常設【投擲】のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右上:バーピー 0/500セット
右下:全力200m走 0/50本
左下:懸垂 0/1500回
左上:腿上げジャンプ 0/5000回
報酬:【投擲】+Lv1
――――――――――――――――――――
<常設【土属性魔法】のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右上:バーピー 0/500セット
右下:腿上げジャンプ 0/5000回
左下:ドラゴンフラッグ 0/2500回
左上:腕立て伏せ 両手の人差し指と親指で三角形
0/5000回
報酬:【土属性魔法】+Lv1
――――――――――――――――――――
―――……うん、大丈夫そう。はい、これです」
書き間違えがないかを確認してから紙を朝陽さんに渡す。
「ん~どれどれ~……っ………………カイ君、これ、ほんと…?」
紙を見てすぐ動きを止めた後、目をカッと開け、穴が開くのではと思ってしまう程紙を見つめる朝陽さんが声を震わせて聞いてきた。ここに書かれている情報に噓偽りないか?と。
「本当ですよ」
「えっ、えっ、えっ!?」
(そりゃ驚くだろうな……わぁ…嬉しそー…)
「ホントにホント?」
「はい、ホントにホントです」
「あぁ…そっか~…ふふふ…そっか~」
俺の返事を聞くことによってあたふたする朝陽さんの表情が段々と喜びの色、一色に染まっていく。瞳はキラキラと輝いていた。興味とは違う別の、物理的な輝き、うれし涙である。
「何がそんなにすごいんですか?」
一人現在の状況を把握できていない桜子さんに朝陽さんは元気に答える。
「桜子ちゃん!ダンジョンの謎の一つが解けたかもしれない!!!」
「……へ?」
今度は桜子さんが固まった。
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