第四章 『渋谷』ダンジョン 浅層編

第45話 企業ダンジョン

 日ごとに新たなダンジョンが生まれ、発見される世界において、日本では2031年8月2日現在、1024個ものダンジョンが確認されている。

 その多くは十等級~六等級までのいつでも、誰でも潰すことのできるダンジョンであるが、資源層眠る五等級~一等級ダンジョンのような法によって潰すことのできない―――つまりは半永久的に管理を続けなければならないダンジョンも少なからず存在している。その数は88。

 人里離れているが故に、旨味が少ないが故に放置されている全国の十等級~六等級までの各ダンジョンなどにも人員を派遣している冒険者センターが管理するにはちと多すぎる数である。


 だからと言って放置するわけにはいかない。


 ダンジョンが正しく管理され安全が確保されない限り、人は寄り付かなくなる。ダンジョン出現以前の都市の繁栄など関係なく衰退する。

 国や冒険者たちにとってダンジョンとは金が湧き出る宝箱であるがそれ以外の人間には怪物溢れる魔境でしかないのだ。

 また「管理できない、だから怪物たちよ、繁殖を止めてくれ。ダンジョンよ怪物の生成を止めてくれ」と言ってもダンジョンは聞いてくれない、「人間は大変だな~、ちと止めてやるか」とか言わない。人間の事情など知ったことかと怪物は繁殖を続け、ダンジョンは怪物を生み出し続ける。

 結果、管理されていない怪物どもが間引かれていないダンジョンはいずれパンクする。俗にいう大量流出スタンピードである。

 ダンジョン外にはマナが存在しないため、大量流出スタンピードで外に出た怪物たちは数日のうちに勝手に死滅し収まっていくものではあるが、それでも数日は行動することが出来る。つまりは数日しないと収まらないということ。人外の能力を持つ化け物たちにとって人類の文明などただの鉄屑でしかない。

 数日のうちに周囲数十㎞に渡って甚大な被害を人類が被ることになるのだ。


 だからダンジョンは管理もしくは踏破されなければならない。ダンジョンの大小に問わず、だ。


 しかし、先ほども言ったように冒険者センターだけで1000を超えるダンジョンの管理をするなど不可能なこと。


 そこで国は苦渋の決断をした。


 それはダンジョンを民間企業に売り払う、ということだ。

 つまりはダンジョンの民営化である。


 これが『国営ダンジョン』と対を成す存在

 ―――『企業ダンジョン』の成立に繋がったのであった。




 ◇◇◇




 細長く丸みを帯びた近未来的外観、白を基調とした清潔感溢れる内装。


 そんな建物の中にダンジョンゲートはあった。

 日本が誇る世界的冒険者メーカー―――『Seeker’sFriend』が所有、管理するダンジョンの一つ、『木更津』ダンジョンである。

 現段階で106階層、未だ最下層が見えない一等級ダンジョンを所有しているとは流石の大企業である。民営化にかかった費用だけでどれほどの数の人生を買うことが出来るのだろうか。


 そんな『木更津』ダンジョンのゲートから出てくる人影が一人、二人、三人……いっぱい。

 赤、青、黄、緑色の髪と目がチカチカする集団の一人一人が身に纏っている装備には『Seeker’sFriend』という文字が印刷されていた。『Seeker’sFriend』と契約している冒険者の証である。


「ふぅ~、やっぱ娑婆しゃばの空気はうめぇな~」


 集団の一人、先頭を歩く白髪の美丈夫が空気を吸い込み、目を輝かせた。

 そこに同僚たちからの思い思いの悪口が飛んでくる。


「大志、それやめな?かっこ悪い」

「もとがカッコいいみたいな言い方するなよ」

「ね」

「そうね、ごめんなさい」

「……みんな酷くね?てか、美咲は俺に謝れよ。なんで宗司に謝ってんだ…。原さん、どう思います?こいつらのこと」

「まぁ、柊の気持ちは分からんでもないが、声に出すな。心の中にしまっておけ…」

「えぇ……原さんは味方だと思ってたのに…」


 落ち込む美丈夫――柊大志ひいらぎたいしはがっくしと効果音が付くくらいあからさまに項垂れる。

 そんな柊を見て周りの戦友たちは年齢を問わず表情筋を緩めた。

『Seeker’sFriend』の攻略班ではよく見られる光景だ。


 死地から今しがた返ってきたとは思えないほど緩い雰囲気が漂う集団。

 そこに二つの人影が。


 その人影が誰のものであるか気づいた攻略班の冒険者たちの空気が一瞬にして引き締まったものとなる。


「社長。お久しぶりです」

「お久しぶりです…氷室社長」


 二つの人影のうち、圧倒的存在感を放つ一つの方に柊と原が代表して挨拶を行う。

 柊に社長、原に氷室社長と呼ばれた人物は柔らかい表情を浮かべた。


「お久しぶりですね、原君、柊君。そして攻略班の皆さん」


 氷室は集団の先頭にいる原と柊、その後ろにいる攻略班の面々一人一人の眼を見ながら物腰低く挨拶する。


「今日はどんな御用でこちらまで?」

「労いに来たのですよ。安全なところでぬくぬくと過ごしている私には君たちを出迎えることしかできませんからね」

「またまた~、どうせ近くを通ったからついでにって感じじゃないんですか~?」

「…おい、柊」

「はは、その通りなので構いませんよ原君。いや、耳触りの良い言葉というのはすぐにバレてしまいますね」


 柊のフランク過ぎる態度を注意する原、構わないと笑う氷室。


 氷室と自分たちは雇い雇われる立場でなく、あくまでも契約上の仕事仲間であることは分かっているのだが見ていて冷や冷やする。会話に参加していないその他一同は早く終わってくれと願うばかり。


「社長、そろそろお時間です…」という氷室の一歩後ろで待機していた秘書の女性の声がかかり「あぁ、もうそんな時間ですか。それでは」と氷室がその場を去るその時まで笑顔あるのに緊張している、何とも不思議な空気感は続いた。






「笑いながら笑ってない目ってどうやったらできんだろ」

「大志、笑えなくしてあげよっか?」

「……え?」


 その後、柊は仲間たちに先ほど以上にボロクソ言われ落ち込むこととなる。





 ◇◇◇





『木更津』ダンジョンを内包する建物を去り、夕方、次なる目的地に向かうべく氷室―――『Seeker’sFriend』代表取締役 氷室東郷ひむろとうごうは移動する。



「東郷様…今しがた入った情報なのですが『府中』にて幼地竜の異常発生個体イレギュラーが発見、討伐された模様です」


 移動中の車内、同席している秘書が氷室にそう報告した。


「で?」


 異常発生個体イレギュラーは稀であるが、世界的に見ればよくあること。日本でもひと月に一度あるかないかくらいで見受けられる怪物だ。

 そのようなどうでもいい情報を秘書がわざわざ伝えてくるはずがないので氷室は先を促す。


「はい。その異常発生個体イレギュラーを討伐した冒険者パーティに彩芽様が在籍なされているとのことです」

「彩芽?……あぁ、彩芽か。等級は?」


 まるで今の今まで忘れていたかのような反応。聞いたのは安否ではなく冒険者の等級。氷室の興味は実の娘にはなく、どのような等級の冒険者が異常発生個体イレギュラーを討伐したかにあった。


「七等級冒険者でございます」

「パーティの規模は?」

「三名でございます」

「ほう…」


 秘書からの情報に氷室は興味を深める。


 幼地竜は通常個体ならば七等級に分類される怪物である。

 余程のことがない限り異常発生個体イレギュラーは通常個体を上回るので、おそらくは六等級、場合によっては五等級。

 七等級でしかない彩芽が相手にできる怪物でないのは確かだった。


 であれば、誰が中心となり異常発生個体イレギュラーを討伐せしめたのだろうか。しかもたった三名で…。

 怪物は決してまぐれで倒せるような存在ではない。

 氷室の勘が告げる。掘り出し物がいるぞ、と。


「その他二人の等級は?」

「どちらも八等級です」

「ほう……!」


 これは当たりだ。氷室は確信した。


「名は?」

「小松佐紀と美作海でございます」

「で?」


 ―――どちらが当たりだ?


 言外にそう聞かれた秘書は一瞬の間を空けた後に答える。


「…恐らくは、美作海のほうではないか…と。あらゆる道から調べましたが美作海のスキルの情報を一切入手することが出来ませんでしたので。小松佐紀の方は【付与魔法】のスキルを持っていましたが……」

異常発生個体イレギュラーを倒すには至らない、と考えたか?」

「はい、ただあくまでも推測でございます。申し訳ございません」


 深々と頭を下げる秘書。

 ただ、氷室は一切の怒気を発さない。氷室の勘を刺激するような者に自らを近づけた。それだけで彼女は自身の仕事を達成していると言えるのだから。

 後は氷室自身の権限をフルに使い、調べるだけ。手に入れるだけ。


「『美作海』という人物を徹底的に調べ上げろ。私の権限を使って構わないがまだ接触はするな」

「畏まりました」


 争奪戦、始まりの一歩―――。







 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 先ほど、誠に勝手ながらレビューを一件消させていただきました。作者から求めたにもかかわらず、また折角お勧めしてくださったというのに、本当に申し訳ございません。

 評価を受け入れるのも作者の仕事であると作者自身理解しておりますが、一応本作には『ハーレム』というタグを付けていません。

 なので本作を「よくあるハーレムもの」と一括りにされるのはちょっと……。45話現在で誰一人として海にデレていませんからね……。

 

 何卒ご理解のほどよろしくお願い致します<(_"_)>


 作中失礼しました|Д´)ノ 》

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