第27話 二人の残念美女

「…はははっ、予想以上だ!」


 小鬼頭との死闘を終え、事切れたかのように地面に崩れ落ちる海を寸前で受け止めた竜胆は声高々に笑う。


 彼女は歓喜していた。

 先の戦闘で海が己の戦いの才をいかんなく発揮したからだ。海が自分の想像を上回ったことに喜んでいるともいえる。


 特に開幕のぶつかり合いの中で放った二太刀目。

 回転することで小鬼頭の打撃を受け流し、背中を切りつけたあの動き。竜胆が駆け出しだった頃、同じような動きが出来たかと問われれば悩まざるを得ないほどのものだった。

 他にも剣をコンパクトに振るったり、力の差を考えなるべく武器を合わせないように判断したり、衝撃を緩和させるために後ろに飛んだり、戦況と小鬼頭の心中を読み取り適切なタイミングでとどめの一撃を叩き込んだり…。


 詰めが甘い場面も何度かあったがそれをひっくるめても海のポテンシャルは凄まじいものだった。


「……ただ、どうしようか。流石に無理をさせ過ぎた…とりあえず治療するか…」


 一頻り笑い終えた竜胆は我に返り、全身痣だらけ、出血し放題の海に急いで中級ポーションを使用する。傷口が塞がるとともに海ではなく、竜胆の少し青ざめていた顔色も元通りになった。


「ふぅ…さて」


 桜子と朝陽から聞いた美作海という青年が竜胆の心を震わせるような才能を持っているということが分かった。そこまではいい。しかし、ぶっ倒れるまで海を追い詰めたことはいただけない。これは冒険者としてではない。実技講習の教官として、冒険者センターの幹部としてだ。


「朝陽の所に連れて行くか……」


 だから竜胆は共通の知人を頼ることにした。


「「「ギャギャギャッ!」」」

「うるさいな…」

「ギャギ―――――」


 怪物雑魚たちは自分が死んだという自覚がないまま理不尽にその生を終える。


 竜胆は辺り一帯を血色の草原に変え、海とともにその場から姿を消した。




 ◇◇◇




 面倒なことに巻き込みやがった。いつも通りダンジョンラボで自身の研究を行っていた朝陽は突然の来訪者である竜胆を見て密かに思う。いや、言った。


「面倒なことに巻き込んでくれたね~マコちゃん?」

「はは……いや朝陽、すまない」

「はぁ、もういいよ。―――で、カイ君どうしちゃったの?」


 ほんの少しだけ申し訳なさそうにする竜胆のその腕、俗にいうお姫様抱っこをされている海を見て朝陽は怒気を放つ。

 海の姿は一言で表すのならボロボロ。

 着ているジャージは足から肩にいたるまで何か所も破れており、そこから覗く肌には傷が一つもついていないものの、全身から完全に力が抜けきっている。

 ナニカと戦ったか竜胆にボコボコにされたかのどちらかであることは明白だった。


(私の大事な研究素材に何してくれてんのさ!)


 海が聞いたらこう言うだろう、え?そこ?と。

 ただ残念ながらこれが間瀬朝陽というダンジョン研究家である。


「いやなに。海の戦闘センスを知りたくてだな。物は試しにと八等級の小鬼頭と戦わせてみたのだよ」

「は?何やらせてんの?」


 いや~好奇心がとのたまう竜胆に朝陽は心底呆れる。


 本職が冒険者でない朝陽も知っていた。むしろ冒険者よりもある意味でダンジョンに詳しい朝陽だからこそ知っている。八等級以上は生身の人間が勝てるような相手ではない、と。数多の怪物を屠り身体能力を底上げしたうえでスキルを使いこなしてようやく倒せるようになるのが八等級から上の怪物なのだ。


 それなのに竜胆はダンジョンに入ってまだ間もない、冒険者になる前の講習生にその八等級と戦わせたという。海の身体能力が元から秀でており、かつ【身体能力補正】によって10%の効果バフが乗っていたとしても所詮は人間レベル。しかも戦いに関しては全くの初心者。正気の沙汰ではない。

 珍しく朝陽がまともな側になった瞬間だった。


「ほんの出来心だったのだ…。新スキル保有者であり、桜や朝陽が認める存在が如何ほどのものであるか試したくなってしまったのだ……」


 気づいた時にはそこにあったベットに海をそっと横たわらせ、竜胆はもじもじと言い訳を始める。

 海が今の竜胆を見れば、はっ!ギャップ萌えだ!と無駄に優秀で残念なその頭で思うのだろうが同性の朝陽からすれば違和感しかない。


「マコちゃん…気持ち悪い…」

「……酷いな」


 朝陽は素直な気持ちを吐露しめさせた。


「で、どうだったの?海君のセンスは」


 問い詰めても起きたことはなくならない。時間の無駄だ。海は生きている。その事実だけで十分だ。

 それから朝陽は無茶苦茶とも言える戦闘実験の結果に興味を持った。

 興味を持ってくれたことに竜胆は嬉しくなる。


「あぁ、それは素晴らしいものだったよ。何せほぼスキルなしの状態で小鬼頭と渡り合っていたからな。あの一撃には鳥肌が立った」

「あの一撃がどの一撃かはわからないけど、小鬼頭と渡り合った?冗談でしょ?」


 竜胆の話を聞くまで朝陽は海が小鬼頭にコテンパンに負かされたとばかり思っていた。

 しかし戦闘の結果はまさかのもの。常識を覆すもの。

 驚愕する朝陽に、だろ?と竜胆は語り掛ける。


「これが本当の話なのだ。それどころか海はその小鬼頭を倒している。新しく獲得した【投擲】だったか?私が渡した幅広剣を身体強化中で油断していた小鬼頭の眉間にブスりだ。冷静な状況判断能力といい、危機への嗅覚といい素晴らしかったよ…―――――争奪戦になること間違いなしだな」


『強力なスキル』『優れた身体能力』『頭の回転の速さ』『戦闘センス』

 これらのうち二つ以上の条件を満たす冒険者は往々にして各企業間の争奪戦に巻き込まれる。


 昨日までの海は『強力なスキル』『優れた身体能力』『頭の回転の速さ』、この三つの条件に当てはまっており、不幸なことに争奪戦の参加資格を獲得していた。

 そして今日。そこに最後のピース戦闘センスが当てはまった。予想以上に早く、かつての桜子と同じく世界規模の争奪戦への参加資格を得てしまったわけである。


「…俄かに信じ難いけどマコちゃんが言うなら事実なんだろうね~。でも私はそれを黙って見てはいないよ?絶対潰させない。桜子ちゃんの時みたいには…ね?」


 朝陽の顔に表れたのは絶対に海を守るという覚悟と過去への僅かな後悔。

 朝陽の心情を汲み取った竜胆は頷く。


「もちろんだ。私も個人的に彼を気に入ってしまった。彼がどこまで行くかをこの目で見たいと思ってしまった。思わされてしまったのだ。

 潰させやしないよ。未来ある若者を守るために幹部という地位がある。彼の意思は最大限に尊重するつもりではあるが、いざとなれば私の傘下に取り込むことも考えているからな」

「ついさっき潰しかけたくせに?」

「…いつでも助けに入れた状態での戦闘だ…潰しかけたことには入らない……」

「ふ~ん、そうなんだ~」

「むっ……」


 冒険者センターに取り込むのは最終手段。

 そうならないためにも二人はより一層、隠蔽工作に力を入れようと決めた。


「彼は『渋谷』をどれほどの速度で攻略していくのだろうか…楽しみだな……」

「あ~マコちゃん、言い忘れてたけどカイ君は【スキルボード】のノルマの関係で当分の間『渋谷』には来ないよ?……洞窟型はここからだと『府中』が一番良いかな~。カイ君が起きたら教えてあげよ~っと」

「…………は?」



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 短いですがこれにて第二章終了です。

 第三章はついに海単独?での冒険が始まります!

「27話でようやくかよ!」と作者も思っていますのでご容赦を( TДT)


 面白かったな、続きを読んでやってもいいぞ、と思う方は

 ☆☆☆高評価、小説フォロー、応援を是非!……是非!


 作中失礼しました|Д´)ノ 》

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