第36話 エマ・S・ネルキス

 アメリカ、ホワイトハウスにて行われたエマ・S・ネルキスのスキル発表会見。

 発表後、エマは報道陣から取材を迫られるが、全て無視した。


「おいエミー(エマの愛称)、流石に少しぐらい取材受けてやってもいいんじゃないか」


 エマと一緒にダンジョンで活動してる仲間の1人、トーマス・ツキビーがそう促す。


「いや。疲れたもん」


 20歳とは思えない幼稚な発言に、今日もため息が止まらないトーマス。

 しかしそれに比例するような容姿であることが、憎めない理由であろう。


 殆ど銀色に近いプラチナブロンドの髪に黄色のつり目も相まって、絵本から出てきたように可愛らしいと大人気。


 2人は駐車していた車に乗り込みチームの拠点兼居住地に向かう。


 通常ダンジョンで活動するチームは3~4人で組まれることが多く、エマのチームもそれに漏れず4人である。

 メンバーが多ければモンスターを倒しやすくなるが、ドロップするアイテムの数は何人で倒しても一緒な為、1人1人の取り分が少なくなる。


 戦闘力と取り分のバランスを考えた時に、3~4人が丁度良い塩梅と言われている。




 運転はトーマスが担当する。

 運転手を雇ってもいいのだが、エマがあまり多くの人と付き合いたくないということで、仕方無く彼がその役を担っている。


「次の仕事の依頼は3日後だそうだ」


「えー速くない?」


 スケジュールを伝えたトーマスにエマはいかにも嫌そうに答える。


 エマは基本、多くても週に1度しか仕事をしない。

 その1度だけで、十分な収入を得ることが出来るからだ。


 エマのチームは政府から直接依頼を受けており、彼女しか倒せないようなモンスターからドロップするアイテムを取引している。


 高ランクモンスターは討伐が困難な分ドロップ率も高く、さらに出るアイテムも価値の高い物が多い。


「緊急の依頼でな。寧ろ3日後でも遅いくらいだ」


「...どーゆー依頼なの」


 真剣な声から、その依頼の重要さか伝わったのか、エマも神妙な面持ちで尋ねる。






「インドにあるダンジョンが...爆発するかもしれない」






 ダンジョン爆発。

 カナダで起こった惨劇がインドで繰り返されようとしている事実に流石のエマも驚きが隠せない。


「なんで?カナダでの1件以降、成長しているダンジョンは定期的に報告することになってた筈」


 爆発を未然に防ぐべく、ダンジョンが成長していた場合は随時国が階層を把握し、成長次第では国連に報告することで、各国の意見は一致していた筈だと指摘するエマ。


「隠していたんだよ。現地の人達がね」


「隠していた?なんでそんなことする必要があるの?」


 ダンジョンが爆発すればどうなるかは既にカナダで証明されている。

 そんなことを黙っておくメリットなどないと思うエマ。


「まだ数階層しか判明していないんだが、そのダンジョンはね...象型のモンスターが出現するらしいんだ」


 偶像崇拝者が多いインドにとって、象は宗教上ただの動物ではなく崇拝すべき存在として認識している者もいる。

 ダンジョン周辺の地域住民達は、中にいる象型モンスターは神の使いであり、倒すなどもっての他だと考え、鑑定スキル持ちと手を組んで階層を偽っていたのだ。


 だが流石に事の重大さに気付いたのか、つい先日その中の1人が政府に助けを求めた、というのが経緯だ。


 手を組んでいた鑑定スキル持ちの熟練度がそれ程高くなく、50階層を越えた辺りで鑑定は出来ていないらしいが、カナダの爆発したダンジョンで50階層を越えてから爆発するまでに有した期間にもうすぐ届いてしまうとのこと。


 インド政府は早急に国連へ報告し、各国の軍や個人問わず、戦闘力が高い者を集めた攻略チームを現在編成中するべく、参加を募っている。

 しかし各国は、ダンジョン爆発が近付いている上、隠していた者らの自業自得なのだから今の内に避難させ、その地域は見捨てるべきだとの意見もある。




「理由は分かった。でもそんな深い階層まで行けるの?」


 成長しているダンジョンを破壊した例はある。

 アメリカで成長しているダンジョンを発見した際、まだ浅く危険なモンスターも少ないことから、最深部へ行けば何か手がかりがあるかもしれないと考えた政府が、現地に開拓者達を派遣。


 無事最深部へ辿り着くことに成功した彼らが最奥で見たものは、中が黒紫色に光っている巨大な心臓のような物体だった。


 これがダンジョンが成長する原因だと判断した彼らはそれを攻撃。

 破壊することに成功。


 その後帰還し、しばらく月日が流れ、鑑定スキルによる鑑定でもダンジョンの成長が認められなかったことから作戦は成功とみなされた。


 しかし、さらに何日か経過したところでそれは起きた。


 ダンジョンの出入口である穴が消えてしまったのだ。

 心臓のような物体がダンジョンを形成する為の動力源と判断され、破壊されたことでダンジョンの形状を維持できなくなり消滅してしまったと推測された。


 資源の宝庫であるダンジョンを失うのは痛いが、爆発されるよりはマシだということで、今後も成長するダンジョンは破壊すべきだという各国の認識に変わりはない。


 だが、今回はそう簡単にはいかない。

 階層が深すぎるからだ。

 インドダンジョンとカナダダンジョンの成長する早さが同じなら既に80~90階層、いやそれ以上になっている可能性もある。


 そのレベルの階層となると最早モンスターのデータが無く、どれ程強いモンスターがいるか分からない。

 仮に倒せたとしても、それらを退け、進み続けるのは困難を極めるだろう。


 ダンジョンには完全に警戒を解けるような場所がないというのも、その理由の1つだ。

 故にダンジョン内で仮眠を取る際は誰かが見張りをしなければならない。


 幸い、ダンジョンの広さに対してモンスターがうじゃうじゃいる訳ではない為、そこまで気を張り詰める必要はないが、それでも安心は出来ない。


「勿論全部のモンスターを相手にしてたらキリがないからな。どれだけモンスターとの戦闘を回避するかが、今回の作戦の要だそうだ」


 今回の目的は資源の収集ではなく、あくまで最深部に存在するであろう心臓のような物体の破壊だ。

 モンスターとわざわざ戦う必要はない。


「モンスターの魔力を感じとり、いない場所を魔力で強化した体で駆け抜ける。単純だが、これが現在立案されている作戦内容だ」


 この作戦に選ばれる程の実力者ならば、かなり距離が離れていてもモンスターの魔力を感じ取ることが出来るだけでなく、常人では視認出来ない程の速さで移動することが可能な筈だ。


「断ることも出来るが、どうする?」


 エマもトーマスも軍人ではなく民間人。

 命を懸けなければならない依頼を受ける義務はない。


 普通なら断るだろうが、エマは違った。


「やるよ。世界最強でさえ手を引いたなんて言われたらムカつくし」


 エマは自分勝手で面倒臭がりなところがあるが、それでも世界最強としてのプライドがある。


 この地位のお陰で、自分は悠々自適な生活を送ることが出来ているのだから、エマにとってその地位が揺らぐことは絶対に嫌なのだ。


「分かった。普段面倒臭がりなエミーがやる気なら俺もやるしかないな。勿論あいつらも同じ気持ちだと信じよう」


 そう言うとトーマスは2人の仲間の元へ車を走らせた。

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