第153話 千年の星の歴史
153.千年の星の歴史
~アリアケ視点~
「さて、皆さんお集まりですね。ではこれより作戦会議を始めましょう」
星の女神イシスの声が凛と響いた。
と、同時に俺に始めますよと、アイコンタクトを取ってくる。
(別に俺は会議の幹事でも何でもないんだがなぁ)
俺は嘆息する。
すると、
「おいおい、待てよ、えーっと、女神さんとやらよう。俺の聖剣のおかげで、アリアケの野郎が辛うじて邪神を撃退したんじゃないのかよ!? ま、まぁ俺がやってりゃ、逃がしたりなんてしなかったろうがな!!」
勇者が甲高い声で叫んだ。
この部屋には、南部戦線の基地の広々とした会議室に、主要なメンバーが勢ぞろいしている。
彼の言葉に俺は同意する。
「その通りだ。あの程度のことは前哨戦に過ぎない。次が本当の決戦になるだろう。俺も少し気合を入れた方がいいかもしれんな」
そう言うと、なぜかビビアはギョッとした表情になり、
「え? あれが前哨戦? は? まじ? え? え?」
となぜか顔面蒼白になり、まるで逃げ出せないかと、出口の方をちらちらと見るようにした。
しかし、出口には、出入りを制限するためにローレライが番をしている。
彼女がなぜか絶対零度の視線を勇者に向けると、彼はばつの悪そうな表情でぎりぎりと歯噛みした。
ふうむ。どうしたのだろうか?
「あの程度の戦いに怖気づいた可能性はないし……」
俺は首を傾げる。
「その可能性を真っ先に排除するあたりが、お優しい先生らしいですよねえ」
なぜかラッカライが好ましいものを見るような微笑みを浮かべていた。やはりよく分からない。
まぁ、それはともかく。
「ここに集まってもらったのは、邪神との戦いの前に準備と情報共有をするためだ」
「準備は分かるが、情報共有ってなんですか、アリアケさん?」
アリシアの言葉に、イシスが頷いた。
「ちょっと神話から現代までのお話になりますので、退屈かもしれませんが、お耳を拝借しますね。紙芝居を作っていたんですが、ちょっとだけ早めに最終決戦が来てしまって完成しなかったことが悔やまれます」
「他にもっとやることがあったのではないのかのう」
フェンリルが呆れように呟くが、さすが星の女神は貫録がある。動じない。
さてさて、と話を始めた。
「まず、この星は生き物だという風に思ってください。本当は少し違うのですが、そう思ってもらったほうが早いでしょう。そして、あの邪神というのは、星という生き物の生き血を吸う寄生生物だと思ってもらえれば良いです」
「生き血というのは、何をさすのじゃ?」
コレットの質問に、
「マナ。いわゆる星の持つ生命エネルギーそのものです。これを摂取しつくして星が死を迎えると、かの邪神ニクスは別の標的の星を求めて再び宇宙を漂流します。宇宙癌などとも言われるゆえんですね」
コレットが納得したように頷くと、イシスは話を続けた。
「ではでは、神話を話しますね。神様から神話を聞けるチャンス何てそうありませんよ♪」
「ちなみに他の星の女神様のテンションもそんな感じなんでしょうか?」
「うーん、他の星の女神様はもっと寡黙だったりしますね。もっと人生エンジョイすべきだと個人的には思うんですけどねえ」
「すみません、話の腰を折りました。お願いですので続けてください」
「はいはい。まずアリアケ君ですが、私ことイシス・イミセリノスの
その言葉に、
「「「「「「…………………………は?」」」」」」」
全員の声がはもるのだった。
「そ、そうだったのか!? 旦那様!?」
「いや、初めて聞いたが?」
「その割には落ち着いているのじゃ!?!??!」
「まぁ、そうかもしれんが……。しかし冷静に考えると、星の女神とやらが当たり前のように眼前にいるんだから、俺が何者であっても驚くに値せん。両親だって存在しなかったしな」
「あっ! そう言えば、聖都セプテノでも旦那様の両親だけはなぜか見かけなかったのじゃ。あれは……」
「そもそもいない。まぁ、千年前にはいたんだろうが、さすがに生きてはないだろうな。と言っても、俺は幼かったから、覚えてはいないが……」
「アリアケ君の両親は、邪神がせめて来た時。つまり、陸地の半分が海面に水没して、人口の3割が失われ時に死んでいます」
「じ、人口の3割じゃと!?」
「そうです。ちなみに、私自身も不意をつかれまして死にかけました。その時に私の
「そうだな。これはあんたの加護だったというわけか」
「というか、星としてあなたに縋ったというべきですね。申し訳なく思っていますが」
「救われたのではないのか?」
俺が首を傾げると、イシスは説明を続けた。
「あの時。邪神が攻めて来た時に私は致命傷を負いました。その欠損は余りに大きく、すぐに修復することが出来ない呪いに私は侵食されていました。ゆえに、その権能をアリアケ君に託した。しかし、それだけでは邪神は私を、この星を食いつくしてしまうということは予測できた。そこで私はあえてマナを大量に消費し、時間を稼ぐことにしたのです」
「ああ、なるほど。だから時間転移を行ったんですね。1000年の時間転移を行う術式の使用魔力の膨大さを考えれば、マナが地上から枯渇する可能性はあります」
「そうです。これによって、邪神はこの星に興味を失った……。と言いたいところですが、残念ながら去ることはなかった。むしろ、そのあとはマナを復活させるために、養豚場の豚のように肥え太らせるために、文明の興廃を裏で操り始めたのです。およそ1000年かかって。神にとっては大した時間ではないですが、人にとっては長い悠久とも言える時間でしょうか。ゆえに、かの邪神には善性があるように見える時が人々にはあった。ゆえに『旅の神』といった形で穏やかなる神として崇められている。そのあたり、ちょっとむかつきますね」
「まぁ個人的な感想は置いておくとしてだ」
俺はまとめるように言った。
「あえてマナを枯渇させたことで、星の神と、星喰らう神はお互いに身動きの取れない膠着状態に陥った。その再戦は俺の復活する1000年後となったわけだな」
「はい、あなたがこの戦いのキーなのです。アリアケ君。邪神が力を取り戻すタイミングにあなたを送り込んだことは必然です」
「他にもいくつかの切り札を用意していました。例えばその聖剣ラングリスです」
すでにビビアに返した聖剣を、また奪い取られると恐れてか、彼は猜疑心で血走った眼を周囲に向けた。
「それはもともと対邪神用に私が開発したものです。ですがそれほどの聖剣を誕生させるには、大量のマナが必要でした。そのために地獄の門を開けることになってしまいました。蛇の道は蛇ですので」
「なるほど、ブリギッテ教の発祥の原因はあんたってことか。とりあえず、ブリギッテに一言謝っておくんだな。300年封印していたわけだからな」
「本当にご苦労をおかけしました。最悪、私がふさごうかと思っていたのですが、期待以上に人類がレベルアップしていたのでつい頼ってしまいました」
ん?
今、ちょっと気になることを言ったな。
「期待以上のレベルアップと言うのは何のことだ?」
「ああ、そうですね。それも説明がいりますね」
ポンと女神は手を打つと、
「この星の人類は進化する種族なのです。しかも、それは個別の人間としてだけではなく、種族全体、子々孫々までスキルや能力が少しずつではありますが継承される力を持っています」
「だから、1000年だったわけだな」
「その通りです!」
女神は力強く頷いた。
「たとえ1%の成長でも、1000年経過すれば途方もない成長となります。神話時代よりも、現代の人々の方がよほど力があります! 断言してもいいです! 地獄の門を一人で封印し続けたブリギッテさん、初代勇者パーティーや初代魔王と比べて何倍も強い今の皆さまも本当に強くなっています。ねえ」
彼女はゆったりと腰かける少女の方を見ながら言った。
「フェンリルさん! 初代勇者パーティーの唯一の生き残り。あなたもそう思うでしょう?」
「なんだとおおおおおおおおおおおおおおおお!? しょ、初代勇者だとおおおおおお!?!?!?」
ビビアが絶叫するが、一方の当人は別の感想を述べた。
「そうようなぁ。やっと我を1000年も洞窟に閉じ込めた犯人がお前だと分かってどうしてやろうかと思っているところではあるが……」
ジロリと女神をみやると、女神は焦ったように手を振って、
「いえいえ、ちゃんと1000年後に助けに行く予定だったんですよ。ですが、いつの間にかアリシアさんに助けられてたのでオールオッケーかなと」
「はぁ……。まぁ、それはあとにしよう。そうよの。そこの勇者はともかく、この賢者パーティーは強いぞえ。かつての、そして今の勇者パーティーなど足元にも及ばぬ。それはこのフェンリルが保証しようぞ?」
「なっ!?」
「それより我からも一つ聞いても良いかのう? 星の端末よ」
「嫌な言い方ですね。まぁ、はい、1000年閉じ込めた私が悪いですね。はい、どうぞ」
「1000年来、この方勇者と魔王の戦いは続いておるが、これは邪神の仕業であるな?」
「もちろんです」
「はぁ!?!? 魔王は邪悪だから勇者が倒すもんだろうが!?!?!?」
ビビアが驚きの声を上げる。だが、女神は淡々と説明した。
「いいえ。1000年前にはそんなルールはありませんでした。私がマナを枯渇させたので、邪神が作り出した効率的なマナ生成システムの一つですね。文明の繫栄や衰退、戦争による流血など生命の生き死にの繰り返しがマナを生むのです。というか、もともと魔族というのは正式名称ではありません」
「は?」
女神は言葉を切ると、思い出すように。
「
そう言って、魔王の方を見た。
「
言われた魔王の方は、何か懐かしそうな目をすると、
「もうとうの昔に人間どもにも忘れられた名前なのだ。だが、あてぃしたちの間では、確かに自分たちをそう言っているのだ。被差別部族だから、邪神を胡散臭いとは思っていても、表向きは頼るしかなかったのだ。だが、余り人が死ぬのは好きではないのだ。なんか悲しいからな。だから、あまり戦争は仕掛けてないと思うのだ。まぁ好戦的な歴代魔王もいたとは思うが、あてぃしは好きじゃないのだ、人が死ぬのは。だから、多分それもちょっとばかり邪神には誤算だったかもしれんのだ。マナ増大があんまりしない原因の一つになったかもしれないのだ」
「そ、そうだったのか! くそ、俺は罪もない魔族の野郎どもをぶっ殺してたってのかよ……」
そうビビアは悔しがるが、魔王の方はぽかんとして、
「いやいや。今代のお前ら勇者パーティーは、なんかしらんが全然せめて来ぬから、拍子抜けしていたのだ。お前たち全然前線に出てきてないのだ?」
「あれ? そうだったか?」
「そう言えば、あまり報酬が良くないとか色々理由をつけて断っていましたわね……」
「長旅になるから美容の大敵だっつって、ごねまくったよね♪」
「俺の肉体は僻地では輝かん! やはりS級クエストをクリアし、凱旋してこのほとばしる汗と血管を大衆に見せる付けることこそが本懐だからな!!!!」
勇者パーティーは意気揚々と語る。
こほんと女神は咳ばらいをした。
「と言いますか、邪神によって魔族を殲滅させる邪悪な魂を持つ人間が勇者なのです」
「はぁ!? 俺が邪悪なわけっ……!」
勇者が何かを叫ぶが、ローレライが素早く
「ですが今代、邪神は大きなミスをおかしました。アリアケ君が私の加護を受けていることを知らず、彼らの導き手になることを期待し、オールスキルラウンダーの力を授けようとしました。その際、本来なら邪神に精神汚染の呪いを受けるはずでしたが、私の加護で無効化された。だから、勇者パーティーは純粋にアリアケ君の弟子になったのです。邪神の息が全くかかっていないアリアケ君の指導のおかげで、邪神の意図は図らずもずれ始めてしまった。そう、全てここから邪神の計画は狂い始めたんです」
女神はまとめるように、
「勇者が期待したほど邪悪ではなくなってしまい、時として邪神の手先を倒す手伝いをしてしまうことすらありましたよね? そして、闇雲に魔族を倒しに行くといったこともしませんでした。これはアリアケ君の弟子になったから。結果として邪神はマナの増大が止まり、大いに焦り始めたのです!」
「うおおおおおおおおおおおおお! 俺はアリアケの弟子なんかじゃモガモガ!!!!!!」
「はい、ちょっとお静かにお願いしますね~。今大事なところですからね~」
大きなパンをアリシアが勇者の口につっこんでいた。
だが……。
ふむ、なるほどな。俺は女神の言葉に納得した。
「だから邪神は動いたわけか」
「あっ、なるほどですね、先生」
ポンとラッカライが納得したように手を打った。
「どういうことなのじゃ?」
一方のコレットはポカンとしている。
つまり、
「勇者ビビアと魔王リスキスの二人が平和主義のおかげで流血の量が減った。つまりマナの生成がずいぶん遅れた。だから焦った邪神は自分から色々と行動を開始したというわけだ」
「あっ、そういうことか、分かったのじゃ! つまり、魔の森やエルフの森、ミミック事件、、ゴブリンキング討伐事件、ワルダーク事件、聖都事変、全部あれは理由があったということなのじゃな!!!」
逆に言うと、奴はしびれを切らして出てきたとも言える。
本来喰らうべきマナが不十分な状態で、出陣してしまったのだ。
一方で、
「こちらには聖剣があり、頼りになる仲間たちもいる」
だとすれば勝機は……、
「あのー、ちょっとですね、まとめに入っているところ悪いのですけど、アリアケ君」
「はい?」
俺は突然声をかけられて首を傾げる。
しかし、全員の目が。
勇者ビビアたちの視線すらも、俺に注がれていた。
「聖剣も、仲間も大事ですが、やっぱりここは主役に一声頂かないと始まりませんよ?」
女神は邪気のない顔でニコニコとして言う。
ハァ。
やれやれ。
俺は嘆息する。彼女が求めていることが分からないほど、俺は朴念仁ではない。
それにまぁ、
「聞け、お前たち」
俺の言葉に、ここにいる全員が緊張して耳を傾ける。しかし、
「いつも通りで問題ない」
その言葉に、拍子抜けしたのか、首を傾げるものもいる。
だが、俺は気にせず言葉を続ける。
「俺と戦うということは、神話として語り継がれる戦いになるということだ。これはまぁ、今までも言ってきた通りだ。今更気負うほどのものでもない」
俺は皆を安心させるように微笑むと、
「それに、人類が1000年努力をし続けてきたのは、マナを喰らう寄生虫を退治するためなどではない」
俺は断言する。
「明日の。未来の。より良い景色を掴むためだ。だから宇宙を漂流する寄る辺ない邪神ごときに負けることは100%ありえない。それは、この大賢者アリアケ・ミハマが、この戦いの勝利を約束しよう。だから」
俺は言葉を区切り、
「いつも通り俺のサポートのもと、全力で戦うといい。負けることはありえないからな」
檄を飛ばすでもなんでもない、いつもの淡々とした口調と事実だけを告げた。
しかし、
「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」
予想以上の大きな声で応じる仲間たちの目には勝利の確信と、俺への信頼があふれ出ているのであった。
さあ。
行くとするか。
異次元へと退避した宇宙癌。
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