第56話 一方その頃、勇者ビビアたちは⑳ ~勇者はかつての弟子を思う~

56.一方その頃、勇者ビビアたちは⑳ ~勇者はかつての弟子を思う~





俺たち栄えある勇者パーティー一行は、王都『パシュパシーン』から海洋都市『ベルタ』へ到着していた。


海洋都市『ベルタ』は実際に海上に存在する大都市であり、本土に続く道はわずかにあるだけだ。


そして俺たちは今、街を挙げての歓迎パレードの最中だ。俺たちを乗せた馬車が中央通りを通ると、沿道でごったがえした老若男女が歓声を上げる。


「きゃー勇者様ぁ! かっこいー!」


「御前試合がんばってー!」


「こっち向いてー! アリアケなんか一撃よー!」


くく、くくく……。


「ぬあーっはっはっは! 当たり前だぁ! ああー、これだよこれえ! これが大衆共の正しい姿ってぇ奴だぁ! 俺の勝利と栄光を疑う必要なんてねえんだからなぁ!」


「本当ですわ! 私たちに敗北などありえないのですから!」


「うむ、大陸最強の俺たち勇者パーティーという英雄を迎えるに正当な態度というものだなぁ!」


「やっぱコレだよね! 勇者パーティーはコレがなくっちゃねえ‼」


王都から離れたここ海洋都市『ベルタ』には、根も葉もない、俺たち勇者パーティーに関する悪い噂はまだ流れてきていない様だった。


目をキラキラさせて羨望の眼差しを向ける下々の奴らの、なんと可愛らしいことか!


だが、この羨望と尊敬はこの街だけの物ではないんだ。


(ぎひひひひひひ)


ついつい溌剌とした笑みがこぼれてしまう。


何せ、明日行われる御前試合で全てが元通りなのだ。俺たち勇者パーティーの根も葉もない嘘、悪評が吹き飛び、輝かしい未来が訪れる! アリアケに勝利することは既に決定した未来! 俺たちが再び尊敬と羨望の眼差しの中で、名誉と金と名声、すべてを取り戻す未来は目の前に来ているんだ!


(し・か・も・だ!)


俺は更に唇を歪める。


王国の情報筋によれば、俺たちが追放したラッカライ……あのクソガキが、よりにもよってあの無能ポーター、アリアケの弟子になったのだと言う。


そして、更に更に、明日の御前試合には、ラッカライとアリアケの二人が出場するらしい。


「くひっ! くひー! あーっはははははははははははは!」


いかに俺が自制心の塊と言えども、嗤わずにはいられない!


だが、おかしいのは二人が出場するという事だけじゃない。


「よりにもよって、無能が無能を育てようとするだとぉ⁉ ああー! 笑わせてくれるぜえええええ‼ 俺を笑い殺す気かよぉおおおおおお⁉」


そういう高度な作戦じゃないのかと、本気で信じるほどの悪手!


何をとち狂ったのだろう、あの馬鹿は!


よりにもよって、あんな無能を弟子にして、しかも御前試合に出そうとするなんて!


俺はパレードの歓声に酔いしれつつ、約束された明日の勝利の美酒を既に味わい始める。


しかし、そんな俺にローレライが半眼で言う。


「あの、さすがに油断大敵ではないですか?」


「油断? く、く、くくくく‼ くはははははははははぁ! ぎひいひひひひひひ!」


ローレライの俺を心配してのその言葉に、思わず笑ってしまう。


だが、ローレライがなぜか俺から距離をとる様に広い馬車の隅へと移動した。


座り心地でも悪かったのだろう。


俺は彼女に声が届くよう大声で言う。


「ラッカライには才能が全く無い! だから、成長なんてするはずがねえ。何せ俺でさえ、育てることが全くできない無能だったんだからなぁ!」


そう言って唇を激しく歪める。


しかし、ローレライは眉根を寄せると、


「あれは修業と言えるんですか? 本気で襲い掛かっただけじゃないですか」


そう言って不満そうにした。


やれやれ、分かってねえなぁ。


「ま、確かにちーっとばかり厳しすぎたかも知んねえなあ。……だがなぁ、戦いってのは厳しいもんだ。本気でやるからこそ俺には分かったんだよ。あれは無能だ。絶対に成長しねえ」


そう断言する。


ああ、これだけは間違いねえ。


まあ、確かにあの時は、俺の攻撃をズルでかわしたから、ちょいとばかりムカついて、少しだけ、ほんの少しだけ本気でもんでやった。


だが、そのおかげで、あいつの実力が計れたのも事実だ。


何せ俺は勇者。誰よりも優れた人間だ。当然ながら、人を見る目は確かだと、確信をもって言える。


「これだけははっきりと言える! あいつに成長の余地なんてねえ。腕力も魔力も足りない奴に、成長する余地はまったくねえ! 神にだって誓えるぜえ!」


俺はそう言ってから、


「奴が出るなら楽勝だ、楽勝。くぁーっはははははははははは! また究極的終局乱舞ロンドミア・ワルツで一撃だぜ‼」


そう約束された未来を宣言したのであった。


しかし、ローレライはなぜか頭痛がするといった様子で、


「ああ、もう……。皆さんも何とか言って下さい! 油断こそが戦いにおいて最大の敵であると! 前回だってそのせいで散々なっ……」


すると、


「まあ、無理もあるまい」


そう言ってエルガーが穏やかな表情で頷きつつ、


「あの卑怯で愚劣な回避型防御をする軟弱者だ。いくら修行しても筋肉はつくまい。成長の余地はないし、俺と防御を競えば、間違いなく俺が勝つだろう」


「まーったく、あなたは筋肉ばっかりねえ、エルガー」


はぁ、とデリアが呆れたとばかりに口を開いた。


「まあ、でも確かにあの子が成長してるわけないわね。あの子はあくまで防御型の槍使い。ペアで出るアリアケも後衛。どちらも背中を守っているようでは、文字通り戦いにならないわ。お笑い種ねえ。まさかこの1か月程度で攻撃が出来る様になってる訳ないし。し・か・も、私は防御貫通のユニークスキル持ち。出場したら、二人まとめて叩き潰して一瞬でオ・シ・マ・イでしょうねえ……」


そう言ってから、ニンマリと唇を歪め、


「ああ、それにしても、これで御前試合の賞金も入るし、勇者パーティーの人気も盛り返す。そうしたらまた沢山の宝石が買えるのね! うふ、うふふふふふふ」


こらえきれないとばかりに、笑い出した。


すると、ポーターのバシュータが


「あの、さすがにまだ戦ってもいないのに、皮算用がすぎるんじゃないですか?」


そう口をはさむ。


だが、その言葉をプララが一笑に付した。


「バシュータ、あんた心配しすぎなんだよ! 前衛で誰か戦ってくれたら、後衛からバシバシ魔法撃つからさ。あのラッカライが複数攻撃に弱いことはアタシら3人でボコったときに実証済みじゃーん。その欠点をこの短期間で克服できてるわけないっしょー。アリアケは後衛だしい、ってことは~、前衛の誰かとアタシの魔法でボコれば余裕っってわけ!」


そう言ってから、


「ていうか、ああ言う特別な力みたいなの持ってるのマジホントむかつくんだよねえ……。誰が上かはっきりさせてやんないとね。ああん、もう一回自分の立場教えてやれると思うとぞくぞくしてきちゃったよ。きゃはは♫」


目をスッと細めて微笑む。


ローレライがなぜかガックリとうなだれた。


「ああ、もう! 全員油断しかしてないじゃないですか! 戦いの前なんですから武器をぐなり、トレーニングするなりやることは沢山あるでしょう⁉」


はぁ~? 


なんでンなことしなくちゃいけねえんだよ~。


「それより飲みにいこうぜー! 久々の晴れ舞台だ! 明日にはまた俺たち勇者パーティーの栄光が再開するんだからなぁ! たかだかラッカライを倒したくらいでなぁ」


「ああ、そうだな! 俺たちは国の剣と盾! 出来損ないの軟弱者に使う時間などない! 英雄らしく街を闊歩するとしようか。筋肉を魅せながらな!」


「私も久しぶりにショッピングにでも行こうかしら。最近は下々の者たちの、私を称賛する声を聴けてないから欲求不満だったのよねえ。雑魚のラッカライより、そっちをしないと調子が出ないわ~、あの少年より、私の体調不良の方が大敵ってものよ。ね、どうプララ、一緒に?」


「いいねえ! ラッカライとアリアケだったら楽勝そうだし、それにあたしネイル綺麗にしときたいんだー。あいつら相手だったらネイルの心配しなくていいからね! 勝負に勝ったらまた世間があたしたちを英雄扱いしちゃうからぁ。今の内にちゃーんと身ぎれいにしとかなくちゃだよねえ。いひひひ」


「その通りですわ。うふふふ」 


デリアとプララはお互いに微笑み合う。


「も、もう……何だか頭痛と吐き気がしてきました」


「おいおい、大丈夫か? まあ、無理もない。この勇者の人気のせいで、これほどの人ごみなのだからなぁ」


「…………うっうっ、どうしてこんなことに」


どうやら泣くほど嬉しいらしい。


俺は更に喜悦に浸りながら、群がる大衆どもに手を振る。


俺たちへの歓声は途切れることなく、大通りの行進が終わるまで続くのだった。








パレードを終えた俺たちは、街で一番高級な宿に通された。


俺が一番上等な個室でくつろいでいると、唐突に部屋のドアがノックされる。


「ああん、誰だよ? って、ああワルダーク宰相、あんたか」


どうやら、王国の英雄たる俺にわざわざ会いに来たらしい。


「明日の準備は整っているか?」


「当然だ! 無能と無能の組み合わせ! 俺が負けるはずがねえ!」


俺はそう言って唇を歪める。


だが、ふと妙案が浮かんだので、それをワルダーク宰相に伝えた。


「…………。ってわけだ。どうだ、出来るか?」


「……まあ、ルールを拡大解釈すれば可能かもしれんが……お前はそれでいいのか? プライドとか……」


「は? 何がだ? ま、あいつらは何かズルをするかもしれねえからなあ。万が一の保険って奴よ」


「……そうか。お前がいいなら何も言うまい。それに、確かに、保険・・は重要だな。では、お前にこれを渡しておこう」


そう言うと、ワルダークは懐から奇妙な形の石を取り出した。


「うげ⁉ なんだよ、これ⁉」


俺は思わず悲鳴を上げる。


ワルダーク宰相が取り出したのは、握りこぶしほどの緑色の石に、奇妙な目玉が付いた、意味不明の物体だったからだ。


「切り札だ。いざとなったら使うといい」


俺はゲンナリとしながらもそれを受け取り、


「どうやって使うんだ?」


「よく効く薬のようなものだ。ピンチになったときに飲み干せ。そうすれば形勢逆転できるだろう」


うげえ。だが、まあ、なるほどな。超回復薬みたいなもんか。良薬は奇妙な形のモンが多いからなぁ……。


「ふん、まったく心配性なおっさんだぜ。俺たちが負けるはずねえってのによ! ……だが、俺たち勇者パーティーの復活の機会をくれたことだけは感謝してるぜ。まあ、この勇者ビビアが……国の命運を託された俺と言う尊い存在が、あんたの期待に応えてやるために仕方ないから受け取っておいてやるよ!」


俺はそう言うと、その奇妙な薬を懐にしまう。


するとワルダークは、


「その通りだ」


そう言って笑った。


ん?


俺は首を傾げる。


そう言えば、こいつが表情を見せたのは、これが初めてだったな、と。そう思ったのだった。


「君は、我々の切り札、なのだからな」


そんな当たり前のことを言うと、やはりもう一度笑ったのだった。


「そう、期待しているぞ? 勇者ビビアよ」


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