第55話 修行の成果(ゴブリンの|巣窟《そうくつ》、駆除クエスト)

55.修行の成果(ゴブリンの巣窟そうくつ、駆除クエスト)






「「「ぎ、ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいい⁉」」」


バタ、バタ、バタ!


10体のゴブリン・ソードたちが一斉に倒れた。


それをやったのは聖槍ブリューナクに選定された俺の弟子ラッカライだ。


ここはゴブリンの巣窟そうくつで、俺たちはその掃討クエストにいそしんでいる。


ベルタでの御前試合までの1か月の間、俺は様々な修行を彼女に課した。


特に彼女は『目がいい』ものの、まだ幼いために思った通りに体が動かないと言う課題があった。


勇者パーティーを追放されたときも、勇者の究極的終局乱舞ロンドミア・ワルツや、他のメンバーからの一斉攻撃をいなし切れずにやられたという。


逆にその欠点さえ克服すれば、彼女に大きな欠点はなくなるだろう。


だから彼女にはこの1か月間、実際に多数の攻撃にさらされても冷静にそれら攻撃を受け流しつつ、反撃するすべを実戦で学び、そして修得してもらったというわけである。


その結果が、先ほど一斉に襲い掛かって来たゴブリン・ソードたちの成れの果てというわけだ。


背後からでも死角からでも問題なし。


俺の考案した修行によって、ラッカライは完全に以前の欠点を克服していた。


ゴブリンたちを倒したラッカライはリラックスした様子で戻って来ると、


「先生の修行方法は本当に凄いですね。ボク、おかげでこんなに強くなれました!」


そう言って、俺に向かって屈託なく微笑んだ。


フッと俺も微笑み、


「これくらい大したことではないさ。もともと君には才能があった。才能を引き出すのは、人々の上に立つ俺のような人間の役割さ」


だが、ラッカライは「そうでしょうか」と首を傾げると、


「そもそも、人の才能を見出すということ自体が物凄い慧眼ですよ。鍛えるだけなら出来るかもしれないですけど、才能の種を見つけるなんて、余程の目を持っていないと出来ないことです。はい、ボクも特別な目を持っているからこそ、そう断言できます!」


なぜか興奮気味に言った。


やれやれ、俺にとっては普通のことなのだが、世間一般からすればそうなるのかもしれんなぁ。


いくら俺が説明しても、非凡であるという評価を受けるならば、反論しても無駄だろう。


本当に俺にとっては大したことではないのだがなぁ。


「じゃが、それにしても、ラッカライが加入してくれたおかげで、パーティーのバランスや連携が格段に良くなった気がするのじゃ。さすが旦那様じゃなあ」


そう言ったのは、ゲシュペントドラゴン種族の長が娘『コレット=デューブロイシス』。


俺の旅の道連れだ。銀色の髪を長く伸ばした紅き瞳のドラゴンの末姫はカラカラと言った。


俺は肩をすくめつつも、彼女の言葉を認める。


俺の判断によって、俺たちのパーティーはずいぶんと『手堅い』パーティー構成になった。


そのことを思うと、自然と勇者パーティーのことが頭に浮かぶ。


残念ながら、勇者パーティーはバランスが悪い、典型的なアンバランスなダメパーティーだ。


攻撃に偏重しすぎていて、一度崩れるとパーティーが崩壊しやすい。


評価をすれば、Dランクあたりだろうか?


勇者は攻撃型で突出しがちであるし。


デリアはサポート役を任じてはいるが、その勇者を全くコントロール出来ていないばかりか、全体を見る視点もないので補佐としても全然機能していない。


プララは魔法使いだが、本来、俯瞰的、戦略的思考が必要な補助魔法の使用が極めて苦手だ。タイミングも頻度もセンスがない。そのため攻撃魔法に偏重してしまう。


エルガーも体を張った筋肉タンク役しかできない不器用さを露呈しがちであり、とにかく絡め手の攻撃に弱い。


以前は、俺や大聖女がいたから良かったのだが、今は別のメンバーの、ローレライという以前一時的に冒険を共にした少女と、バシュータというポーターが加入しているらしい。


彼らが勇者パーティーに散々苦労させられているのではないかと、心配でならない。


まあ、さすがにそこまで酷いことにはなっていないとは思うが……。


俺がいなくなったとは言え、腐っても勇者パーティーなのだから。しっかりと自分たちのレベルを見極めたダンジョン攻略、仲間と絆を深めつつの連携の模索、そして間違っても犯罪などは起こさないだろうし……。


「……だが、それにしても、ラッカライを加入させておけば、パーティのバランスが良くなったに違いないのだが……そんな簡単なことすらも分からなかったのだろうか? そうだとすれば愚かに過ぎるが……まさかなぁ……」


俺は不可解過ぎて首を傾げる。


「さすがにそれくらいは気づきそうなものだ。あれだけ不出来なアイツらでも、それくらいのことは、な。……不思議だ、まぁ、まさか自分のポジションを奪われるとか、そんな個人的なことで、パーティー全体の戦力アップの機会を手放すはずもないし。いや、本当に謎だ……」


謎過ぎて、俺ともあろうものが、深く深く眉間にしわを刻んだ。


俺をここまで困惑させるのは、世界広しと言えども、勇者パーティーくらいである。


ある意味、さすが、と言える。


「あのう、アリアケさん? いつも思うのですが、どうして勇者パーティーに対しては過大評価なんですか? 今、アリアケさんが言ったこととは、全部、十分ありえると思うのですが……?」


と、俺の独り言に返事をしたのは、大聖女アリシア=ルンデブルクだ。美しい長い金髪と碧眼を持つ、幼馴染の少女。


一旦、教団本部に戻っていたようだが、大教皇への謁見が終わった後、大急ぎで戻って来たとのこと。


「ははは、さすがにそんなことはあるまい。それが事実ならただのカスじゃないか」


俺はあっけらかんと言った。


「………………」


なぜかアリシアは黙ってしまった。


うーむ、なぜだろうか……。


まあ、ともかく俺たちのパーティーはなかなか優れた構成だと言って良いだろう。


『攻防一体型』であり、隙がない。


どんなダンジョンでも踏破可能な安定した強さを誇っているうえに、俺という存在を中心に爆発力まである。


コレットがあまりにも頼りになる攻撃の中心的存在であるし。


アリシアが蘇生魔術や上級回復魔法を使用できる聖女の頂点であるし。


ラッカライは成長途上とは言え、背中を任せられる信頼に足るタンクだ。それに、攻勢防御の型後の先を極めることを予感させる才能もある。それゆえに彼女の生還率は高い。そして、その才能は『見稽古』の才により一種異能の域に達していると思う。彼女は、勝てなくとも、負けない戦いができる戦士と言えよう。


そして、何より最強の賢者たる俺がいる。あらゆるスキルを使用できる、最強のポーターである俺が。


これほどのパーティーは大陸中を探しても見つけられまい。


「それにしても、少し怪我をしてもすぐにアリシアお姉様が回復してくれるので、何の心配もなく戦えます。本当にすごいですね」


「えっ、そうですか? んふふふふふ、照れちゃいますね~。でも、ラッカライだってピンチになっても絶対アリアケさんの背中を守ろうとしてくれますから、お姉さんも安心して呪文詠唱に集中できるんですよ?」


「えっ⁉ えっと……。あ、ありがとうございます」


「照れおって、なかなか殊勝な少年・・じゃな! うむうむ、その歳であっぱれじゃ!」


「ボ、ボクなんて……そんな。コレットお姉様が前衛で敵を引き付けてくれるから、守りに集中できるだけですよ」


「ぬおおおおお! もっと言うがよいぞ! にゃははははははは!」


そして、お互いの信頼感が高いことが何より大事だ。


お互いの信頼感が低いパーティーでは、いざという時に仲間を見捨てたり、罵倒したり、アイテムでもめたりといったことが発生して、戦闘どころではない。


冒険をしていれば窮地などいくらでもある。


そんな時に、いかにお互いを信頼し、助け合い、逃げ出さずに活路を一緒に冷静に考えられるか。それが大事なのである。


まあ、窮地に陥ったときに仲たがいしたり、罵倒したり、ましてや仲間を見捨てて逃亡するようなパーティーが万が一あったとすれば、そんなカスパーティーはさっさと解散するべきなのだろうけれども。







「「「「「うぎぎぎぎいいいいいいいいいいいいいいいい!」」」」」


さて、もうゴブリンの巣窟の最奥。こいつらが最後の敵だ。


コレットがゴブリンたちの集団に突っ込んで大きな穴を空けると、そこにラッカライが後衛を担う形で突っ込んで場をかく乱する。少し大きいホブ・ゴブリンもいたが、難なくいなし続ける。そして、焦っているホブ・ゴブリンをコレットが楽々と始末した。


「これで終わりだな、皆、ご苦労さん」


俺の言葉に皆「お疲れ様でした」という返事をした。


そして、一息ついたとばかりに、ラッカライは今まで結っていた髪の毛のリボンを一旦外す。


ラッカライの髪の毛は、以前出会った時よりも少し伸びていて、肩くらいの長さになっていた。


彼女は汗をかいて鬱陶しいのか、それを少し手で払う。


と、その時である。


「…………あれ?」


アリシアがラッカライを見つめながら、驚いた様な声を上げた。


「あれ、あれ、あれれれれ????」


まじまじと髪の毛をほどいたラッカライの全身を見る。


「ど、どうされたんですか、アリシアお姉様?」


ラッカライは驚いているようだ。


だが、アリシアはそんな様子には頓着せず、確信を得た様に頷き、そして深く目を閉じると、


「ラッカライ君‼ あなた女の子ですね‼」


「な、なんじゃとおおおおおおおおおお⁉」


コレットも絶叫した。


……あれ、言ってなかったかな?


俺は絶叫する二人の少女と、それに驚く一人の少女を前に、首を傾げるのであった。





~ アリシア視点 ~


はわわわわわわわ!


どうしましょう、どうしましょう!


この聖女さん、最大の不覚です。


コレットちゃんだけでも「ああ、私、二番手確定じゃないですか~(泣)」と確信し、そして「せめて、2番ポジションはキープ! アリアケさんを後衛で守るポジションは絶対キイイイプ!」と思って、大教皇様への説明もそこそこにダッシュで戻って来たと言うのに!


気づかなかった! まさか女の子なんて! 可愛い男の子が加入したな~、くらいに思っておりましたのにぃ!


ああ、まさか、女の子だったなんて! 


しかも、髪の毛をほどいたら超絶美少女! 聖槍でアリアケさんの背中を守る後衛型の美少女!


くうう、それがまたポイントが高い! 聖女さん的にも及第点!


中性的で声も綺麗で、しかもよく見ると動きが洗練されています。何やら、貴族の令嬢のような、そんな気品を感じます! 私にまたも無いものです!


私、3番手になってしまうのですか⁉


あっ、そう言えば、コレットさんの様子はどうでしょうか、ちらり!




~ コレット視点 ~


ひょええええええええ!


何と言う事じゃ、どうしたらいいのじゃ⁉


わしともあろうものが、まさかライバルの存在に気づかないとは! 最強ドラゴンの末姫失格じゃ⁉


アリシア殿だけでも「ああ、わし、これ二番確定なのじゃなぁ……(諦)」と思って、じゃからこそ「アリシア殿にはない旦那様を正面で戦って守る」というポジションは絶対に死守すべく戦っておったのに!


気づかなかった! まさか女子おなごじゃったとは!


しかも、髪の毛をほどいたら美少女になるという、超絶技巧を駆使するタイプ! 絶大なる女子力!


そのうえ、そのうえ、『戦う』といっても前衛だけではない! 


旦那様の『背中を守りながら戦う』という、そんな奥ゆかしいスタイル!


ぬああああ! 頭の悪いわしには絶対に出来ぬ何と言う、いじらしき戦闘スタイルなのじゃ! 羨ましい! やってみたいけどわしには向かぬ! 出来ぬ!


わ、わわわ、わしってば、やっぱり、3番手になってしまうのか⁉


か、肝心のラッカライの様子はどうなのじゃ⁉ ちらちらちら!





~アリアケ視点~


「あ、あの……」


突然、混乱し出したアリシアとコレットの様子にドギマギとした様子で、ラッカライは口を開いた。


「た、確かにボク……。いえ、私は女の子です。非力かもしれません。で、でもっ……」


彼女は決意するように、


「アリアケさんや、そしてパーティーにこころよく迎え入れてくれたアリシアお姉様やコレットお姉様のことに迷惑をかけないように、一生懸命尽くしたいと思います。力は女の子だから弱いかもしれません。でも、どんな敵が来ても、皆さんの背中を私は守ります。いいえ、守らせてください!」


そう言って心配そうながら、決意を込めた瞳で俺たちを見たのだった。


恐らく、またパーティーを追い出されるかと思ったのだろう。


しかし、


「わ、私は自分が恥ずかしい。こんな小さな少女が私たちのことを守るって言ってくれてるのに……。わたし、自分のことばかりでした……。2番手ポジションのことばかりでした。ええ、ええ、聖女さんは反省しましたよ! だから、ここに誓いましょう。私もね、ラッカライちゃん、あなたの心を大切にし、そしてあなたのことを必ずや守ってみせましょう。私の大事な仲間として。いいえ、妹として!」


「ア、アリシアお姉様……」


ラッカライが頬を赤く染めた。


「わしもじゃ……。よもやドラゴンの末姫なのに3番目とか、そんなことばっかり考えてしもうた。ドラゴンの誇りって何それ? みたいに狼狽してしもうて、めっちゃ猛省した。誇り高いのはそなたの方であったな。……ゆえに、このゲシュペントドラゴンの末姫もここに誓おう。わしらは姉妹じゃ。どんなことがあろうとも、固く絆を結び、嘘を吐かず、けっして裏切らぬ。わしらは共に最後まであろう!」


「コレットお姉様……。は、はい! 私なんかを受け入れてくれてありがとうございます!」


涙声でラッカライが言った。


良かった、良かった。いきなり混乱し出した時は何事かと思ったが……。


2番とか3番とかは、何を言っているのか、まったく分からないけど……。


「あの、ところで、今日あたりは一緒のベッドで眠りませんか? もっと仲を深めましょう。……あと、姉妹なのはOKなのですが、少しですね、腹を割ってですね……ちょっと話した方がいい気がするのですよね……そろそろ」


「あっ、うん。そうじゃなぁ。わしもそれ、思っとった……」


「えっと、あ……。そういう……。は、はい。分かりました。お姉様方……」


3人がお互いの課を意味深に見合わせると目を伏せた。


……んん?


「何を話しているんだ、おまえたち?」


途中から話の内容がよく分からなかったが……。


「いえ、何でもありません、アリアケさん」


「なんでもないのじゃよ、旦那様」


「女の子には色々ありましてですね、先生」


むう。


何だか男の俺は蚊帳かやの外らしい。


まあ、しょうがないか。


女性には女性の世界があるのだろう。それに立ち入ろうとするのは野暮というものだ。


と、そんなことを思っていると。


「私たち3人で、アリアケさんを、守りましょうね」


遠くで何やらヒソヒソと、少女たち3人が囁きあっていたようだが、その声は小さすぎて、俺にはよく聞き取ることが出来なかったのだった。







~ 一方その頃、×××××は ~


『聖槍がそろそろベルタへと至るか?』


『はい……×××××様』


『勇者から離反したのは誤算であったな。本来ならば担い手の心を黒く染め、意のままに操る計画であったが……。かの海の神性を解き放つために……』


『あのアリアケが偶然ながら拾ったようです』


『……あの者か。なぜか奴が動くと世界の命運が共にしているように見える。ただの無能だと報告を受けていたのだが……』


『いかがいたしますか?』


『慌てることはない。奴が有能ならば、聖槍の担い手は奴の元で成長するであろう。勇者では荷が重かったであろう。だが、勇者が無能であるならば、それはそれで使いみちがあるというものだ。計画に修正はない』


『御意のままに』


『くく・・・くくくくく・・・・。御前試合が楽しみだ』


昏き洞窟の片隅で、暗黒にのまれた者どもの、暗い笑いが響いていた。




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