第53話 賢者の弟子

53.賢者の弟子





~ラッカライ視点~


「そうだったのか。まさか君も俺と同じで、勇者パーティーを追放された身だったとはなぁ」


テーブルの向こうのアリアケさんは朗らかに言った。


今ボクたちは山のふもとの村にいた。ここは小さなお店カフェ


アリアケさんはコレットさんと言う方と一緒に旅をされているそうだけど、その方は別件で今は席を外しているとのこと。


「は、はい。とは言っても、ボクは『無能』で『取柄がない』から追放されたんです。アリアケさんみたいな凄い人とは全然違います」


あの山でアリアケさんに助けてもらって、とうとう自分がついて行くべき人を見つけたと舞い上がった。


絶対に弟子にしてもらおう! って。


(でも、よく考えたらボクなんかを弟子にしてくれるわけないよね……)


だって、


「アリアケさんみたいな有能な方を追放する理由は理解不能ですが……。でも、ボクみたいな人間を勇者パーティーから追放する理由は無能っていうだけで十分です。勇者様たちからも散々、無能だ、使えない奴って、何度もはっきり言われましたから」


言っていて、とても悲しい気持ちになって来た。


とてもじゃないけど、こんな無能なボクが、アリアケさんに弟子入りしたいなんて言い出せるはずもない。


弟子になって、ずっと一緒にいたい。だけど、だからこそボクみたいな無能がそんなことを言い出す資格なんて無い。そう痛感する。


けれど、なぜかボクの言葉にアリアケさんはキョトンとした表情を浮かべる。


そして、


「ラッカライ。君のどこが無能なんだ?」


そう言って首を傾げたんだ。


「えっ?」


ボクは反対に、そんな反応が返って来るとは思わず、驚いてしまう。


「ボ、ボクが無能なのは、あの山で散々御覧になったじゃないですかっ……!」


思わず声を上げてしまう。


「ろくに槍を振るうことも出来ず、野盗に囲まれていいようにやられてしまいました。アリアケさんのアドバイスで何とか一人は撃退しましたけど……。だけど、それも偶々たまたまです。ろくな攻撃手段も持たない無能者であることに変わりはないんですからっ……!」


ポロリ、と。ボクの瞳から滴が落ちた。


本当に恥ずかしい。


自分の無能さを訴える恥ずかしさで、涙までこぼしてしまうなんて。


何より、こんなことを言ってアリアケさんに嫌われてしまうんじゃないかって。


それが一番怖かった。


こういう時だけ私は女の子に戻ってしまう。


でも、


「まず、君は逃げなかった」


「へ?」


突然、アリアケさんは言った。ボクには何のことか分からない。


「戦士の資質には逃げないことがある。決して仲間を裏切らないということだ。君は野盗たちに囲まれたときに、俺を置いて逃げようとは一切しなかった。命の危険があるあの状況で、まったくその素振りを見せなかった」


「そ、そんなことは当然のことです……」


ケルブルグ家の者として、何があろうと、仲間を見捨てたりなんかしない!


けど、アリアケさんは優しく微笑むと、


「ラッカライ。それは当たり前のことではないんだ」


そう言ってボクの頭に手を置いた。


「それはまさに戦士としての前提であり、また究極の『資質』だ。決して裏切らない仲間にしか、背中を安心して任せることは出来ないのだから。これは本当に大切なことなんだぞ? ラッカライ。お前もパーティーを組めば、そのことが分かる」


ボクは最初、アリアケさんの言葉の意味が分からなかった。


でも、なぜか息が出来なかった。心臓が早鐘を打っている。


そして、先ほどと同じで、知らないうちに涙がこぼれていた。


でも、それはさっきの羞恥心からのものではない。


ボクは初めて人から戦士として認められたんだ。


聖槍に選ばれてからずっと独りぼっちだったボクに、アリアケさんは背中を守らせられる仲間の資質があると言ってくれたんだ。


そのことにボクは息が止まる程、感動していたのだった。


本当に。本当にアリアケさんは凄い。


野盗からだけじゃなくて、ボクの心まで救ってくれた。


「あ、ありがとうございます。アリアケさん……うっ……ひっく……」


思わず嗚咽を漏らしてしまう。


その間もアリアケさんは大きな手でボクの頭を撫でてくれていた。


……ああ、この手だ、と思う。


この大きな手に包まれていると、とても安心する。


気持ちが温かくなって、絶対に離れたくなくなってしまうのだ。心臓が早鐘をうって、何も考えられなくなってしまう。


「ただまあ、本来ならエルガーがこのことを言えなければならないんだがな……」


ボクの頭を撫でながら、アリアケさんは呆れたように言った。


「防御力を誇るのもいいが、戦士の真の役割は……本当に大切なのは仲間の絆を守ることなんだと、何度も教えたのだがなぁ。はぁ~」


「どういうことですか?」


「防御のかなめたる戦士タンクの真の役割とはな、パーティーの精神的支柱であることなんだ。パーティーが窮地に陥ったときでも、戦士が踏ん張り、皆を叱咤激励することで、体力的にも精神的にも持ちこたえさせる。最終的なパーティー崩壊を踏みとどまらせる。それこそが真に求められる役割なんだ。防御力が強いだの、ガタイが良いだのは、駆け出しの戦士タンクが言う事だ。もし、そんなことを今だに言っていたら、本当に何も学べていないということになるのだが……」


「……いえ、エルガーさんはずっと防御力がどうこう、筋肉がどうこうって、おっしゃっていましたが……?」


「はぁ~……。成長していないな、あの馬鹿は……」


アリアケさんが更に深いため息をついた。


あの勇者パーティーのことだ。とてもご苦労されていたんだろう。


何より、アリアケさんの教えを受けながら成長できなかったエルガーさんの事を、とても可哀そうに思うのだった。


でも、とにかくアリアケさんのおかげで、ボクの心に巣食っていた悲しい気持ちや孤独感が癒された。


だから、ボクは改めて心からお礼を言う。


「本当にありがとうございましたアリアケさん。ボクにも誇れる才能があるってことを見つけてくださって!」


そう言って、久しぶりに心から微笑む。


だけど、アリアケさんは少し苦笑いを浮かべると、


「おいおい、俺は言っただろう。『まず君は逃げなかった』と。ラッカライ、君にはまだまだ沢山の才能がある」


そう断言するように言ったのだった。


さすがに、ボクは慌てて首を横に振り、


「えっ⁉ そ、そんな……。さすがにボクにそんなにたくさん別の才能があるわけないですよ⁉」


そう言って否定する。


でも、


「いや、あるある。……が、とはいえ、これは実際にやってみて、自分で体感してもらった方が早いだろうな」


「へ?」


体感?


アリアケさんは言ってから、飲んでいたコップをことりとテーブルに戻すと、


「ラッカライ。君さえ良ければ、少し特訓してやろう。今から、どうだ?」


そう言って外に視線を向ける。


「え? え?」


突然のことだった。


あまりの早い展開に完全には頭がついて行ってない。


でも、


(だけど、嬉しい……)


ボクは喜ぶ。


まるで本当に弟子入りしたみたいだったから。


ボクははやる気持ちを抑えるようにしながら頷くと、アリアケさんの背中を追いかけるようにしてお店を出たのだった。

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