第51話 追放されてボロボロな弟子は賢者に救われる
~ラッカライ視点~
ボクはボロボロの状態だった。
精神的にも体力的にも、極限まで追い詰められていて、思わず涙がにじんでしまう。
手足には擦り傷が沢山できて、髪の毛も顔も泥だらけだ。聖槍を持つ手は震えている。息もあがっている。
でも、それだけならまだいい。だって、
「おい、そっちへ行ったぞ‼」
「どこに隠れやがった‼」
「へへへ、馬鹿な
(ひぃっ……!)
ボクはブルブルと震えた。目の前に死の予感が迫っているのだ。
恐ろしい野盗がボクの命と、聖槍ブリューナクを狙っていた。
30人……いや、もっといるかもしれない。
ボクという獲物をあぶりだすために山狩りの最中なのだ。ボクの命はまさに風前の灯だった。
「うっうっ……えぐっ……」
だから思わず涙がにじんでしまう。体中が痛くて、心が折れそうで、知らないうちに嗚咽が漏れてしまう。
なんでこんなことになったのか?
ボクは余りに才能がないと言われて、勇者パーティーを追放された。
でも、それは当然なんだ。
本当にまったく、ボクには槍を扱う才能がなかったのだから。
そんなボクを聖槍が担い手に選んだ理由はいまだに分からないけれど……。
だから、そんな非力なボクが、この野盗たちの目をかいくぐって窮地を脱出するなんて、余りにも無謀なチャレンジだと言うしかなかった。
そもそも、この山がどこの山なのか、天性の方向音痴なボクは知らないうちに迷い込んだため、帰り道も皆目見当がつかないのだ。
「どこだー! ボウズー! 慣れない山で鬼ごっこなんてやめて、さっさと出てこいよー! そうしたら、楽になれるぞー? ぎゃーはっはっは」
野盗の下卑た笑い声が響く。
だけどボクは唇を噛んで、その言葉に含まれた真実を認めるしかない。ボクは山に慣れていない。
いや、そもそも槍……というか武器なんて、聖槍の使い手として選定されるまで、一度も握ったこともなかったのだから。
そんなボクが平地ならともかく、山のようなイレギュラーな地形で武器を振るうなんて、出来るはずもなかった。
しかも、ここは相手のテリトリー。相手にはボクがどこにいるか、ある程度分かっているはずだ。
ボク助かる見込みなんて万に一つもなかった。
「でもボクは……」
……いいえ。
「でも、
私は恐怖を抑え込むように歯を食いしばって、聖槍を胸に抱く。
槍の名門の一族として名高い武門ケルブルグ一族。その一族から聖槍の使い手が現れたことは喜ばしいことだった。
けれど、私は女性だった。末娘だった私は、当然槍など握ったこともない。
だから、ケルブルグの当主……私の父は、その日から私を男子として扱うようになった。
長くて絹のようだと言われていた黒髪をショートにし、言葉遣いも少年らしくした。普段着だったドレスは簡易甲冑となったのだ。
でも、そのこと自体は嫌ではなかった。一族の誇りを、末娘である私が担うことができるのだから。
一つ残念なのは……。
私は目をつむり、呼吸を整えながら思う。
(髪の毛を短くした私を、誰も女性だと見てはくれなかった)
それが少し残念だった。
別に男性に見られるのが嫌というわけではない。それは必要なことだった。
でも、髪を切ったくらいで、誰も本当の私を見てくれないんだ、という事実には、少し寂しい気がしていた。
(もし本当の私を見てくれるような人に会えたら……?)
私はどうするだろう?
嬉しがるだろうか? お礼を言うのだろうか? それとも良いお友達になれるだろうか?
誰にも触らせたことのない髪に、触れて欲しいと思ったりするのだろうか?
そんなことを考えているうちにも、絶体絶命の局面はすぐ目の前まで迫っていた。
「さあて~、残るはこっちだけかな~?」
「早く出ておいで~。そうすりゃ、せめて痛みを感じなくて済むぜ~?」
「ぎゃっはっはっはっは‼」
もう数メートルほどしか離れていない。
すぐ近くから、粗暴な野盗たちの荒々しい声が耳朶をうつ。
せめて、一矢報いる。武門ケルブルグ一族の末席を汚す者として。
だが、せいぜいそこまでだろう。
私の槍の腕など大したことない。何せ弟子になって早々に、勇者パーティーを追放されるくらいなのだから。
ローレライさんが勇者パーティーを離れる時、貴重な回復魔法を使ってくれたけど、それもすぐに無駄になりそうだ。
「こ・こ・かぁ~?」
「はぁっ!」
不用意に近づいて来た野盗の一人に、私は咄嗟に槍を突き出す。
「ぎゃッ⁉ こ、こいつ反撃してきやがったぞ‼」
「はっはっは‼ だっせえ! 食らってやがる!」
「うっせーぞ! くそ、許さねえぞ! 散々痛めつけた後に殺してやるからなぁ‼」
「くっ……!」
全然だめだ! 肩を少し傷つけたくらいで、相手はぴんぴんしている。
「お前ら全員で囲め囲め! んで一斉に斬りかかれ! 持ちもんは傷つけんじゃねーぞ!」
「わぁってるよ!」
しかも、そこら中に散開していた野盗たちが包囲網を狭めて来た。
(やはり慣れているっ……!)
「そうらよぉ!」
「あうっ⁉」
ガギン! と私は後ろから斬りかかって来た幾つもの剣を槍で弾く。でも、前や横からの剣は弾ききれず、せめて致命傷を避けるようにして攻撃を浅く受けた。それでも鮮血が飛び散って、お腹や腕から血が流れた。
「くっ……か……体……が……」
どうして? 傷は浅いはずなのに、身体がうまく動かせなかった。
「おっ、もう効いてきやがったな。即効性の麻痺毒さ。どうだ、これから身動きすらできず、死ぬ気持ちっていうのは~? ぎゃーはっはっはっは!」
「くぅ……。ここ……まで……なの?」
知らない山の中で、夜盗にいたぶられ殺されるのが私の運命なのか。
聖槍の使い手などと言われたけれど、その実態は才能などない只の小娘だ。
こうなることは当然だったのかもしれない。
私はそんな諦観とともに、せめて動く瞳をゆっくりと閉じた。
瞼の裏には屋敷の窓際で、風に揺れる私の長い黒髪を撫でるお母様の姿が映っていた。
だが。
その時であった。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン‼
そんな衝撃に驚いて目を開ければ、
「「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ⁉」」」」
今まさに私……ボクに剣を振り下ろそうとしていた野盗たち数人が思いっきり吹っ飛ばされる光景が目に飛び込んで来た。
何だ、何が起こったの?
それに……。
「ボクはどうして生きてるの?」
首を傾げる。
と、そんな言葉に、
「無事か? しかし、どうしてこんなところに女の子がいるんだ?」
そう後ろから、一人の男の人が答えたのだった。
女の子?
その人はボクが唖然とした表情をしているのを見て、
「おっと、驚かせてしまったようだな。俺はアリアケ。アリアケ・ミハマ。君は誰だ? それにどうしてここに? ああ、いや、それより立てるか?」
男の人……アリアケさんはボクの手を取って、立ち上がらせてくれた。
なぜだろう。
その指先が酷く熱を持っているように思えた。
「大丈夫か? 黙っているが……どこかひどく痛むのか?」
「い、いえ!」
なぜだろう。労わられるのが無性に嬉しい。人に心配をさせて喜ぶようなボクではなかったはずなのに……。
それにどうしてだろう。昔のあの長い髪でないことが無性に残念な気がした。
「それで君の名前は何だ? どうしてこんなところに一人でいるんだ?」
「ラ、ラッカライです。その迷ってしまって……」
「そうか。ラッカライ。ま、詳しい事情は後で聞く。今はこの場を切り抜けなくてはな」
そう言って、マントの下から杖を取り出した。
なぜだろう。
この人に名前を呼ばれると、ひどく心臓が高鳴ってしまうのは。
これは一体、なんだろう?
そんな不思議な気持ちを必死に押し隠しながら、
「はい! アリアケさん!」
私はそう返事をしたのだった。
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