殺貝機動班結成と貝類苦手な令嬢の悩み・後編
皆さん、車はお持ちですか。
天の声曰く、あれは人を堕落させる悪魔の乗り物やと。
ある日階段を昇る必要があった時に、だいたい予想していた遥か手前で息切れを起こして愕然としたそうです。理由は言うまでもありません。当時の天の声は始発電車よりも早く出勤する必要があって車に乗って来ていたらしいのですが、当然、地下鉄などの階段を昇降する動作は車に乗ると省略されるから、必然的に半年もそんな生活が続いたらそりゃ筋肉も筋力も落ちるわと。
ええ、宙兵隊で戦闘航空機乗務資格の一つたる体力を定期的にチェックされるために、筋トレ欠かせずなあたくしからすると「当たり前やろそんなもん。お前が体鍛えるんサボっとっただけじゃー!」と言いたいんですけど、今更なんで我慢しておきます。言うてもうたけど。
が、うちの会社、フットワーク株式会社は運送屋です。一般の消費者様にはあまりご縁のないお仕事をしておりますので世間の知名度は低ぅございますが、業界ではまぁ、それなりを自負させて頂いております。
主なお仕事が大手宅配事業者の協力企業という事で、例えば東京の大森とか平和島の海沿いの辺りと大阪の中央環状線沿いとか
定期便の大型貨物車やトレーラー車は改装された東名から名神を走るとかしておりまして、自動運転レベル3で走行する距離の方が圧倒的なんですが、深夜に電車を載せて走るとか、重連トレーラーを一般道で牽くとかすると、まだまだ手動操作で走らせる事も多かったりします。
ペダル踏むのに足も使うけどな。
で、何が言いたいのか。
うちには阿川とかミケネコニッポンの使ってるような宅配用小型トラックや、赤ヘル系軽トラックは一台たりとて置いてまへん。いや、業務用連絡車として軽の箱バンとかありますよ。ありますけど運送業務には使いませんよ。黒ナンバー取ってへんし。
つまり、クレーゼさんがくれ言うとるような車種、探して買うてこんと手に入りません。
むろん、購入するもやぶさかにあらず、とりあえずあたしが即動かせる金額なら2台や3台は楽勝です。
が、しかしですね。向こうの道路事情をちょっと考えてみて下さい。
一年通じて雨ザザ降りです。
ちょっとスコールったらすぐ、道と言わずそこかしこが冠水したりします。下手すると泥道です。馬車なんか簡単にスタックします。
となるとですね、運ぶものによってはですね。例えばダンケダンケな
あれ、うちらの世界だといまだにその名前で作ってましてね。
もちろん動力は水素エンジンモデルとか、高効率アトキンソンサイクルエンジン+シリーズハイブリッドとか色々選べるんですけど、ええ、皆さんが頭に浮かんだ奴がもうちょっと未来的な感じのに変わったのがありますけど、あれなら貨物室は雨に濡れません。最低地上高高めな四駆もあります。
なお、製造元の社員さんがかつて「ハ◯エースする」と世間で言われている真の意味を知って落ち込んだらしいと天の声がほざいておりますが、他にも似たようなんあるから別に深く気にする必要もないのではという気がします。
ただ、クレーゼさんが一体何に使いたいのか。
もっと言うと積むもんは何や。量はどれくらいやと、配車の要領でお客様の要望に沿った車を手配せねばなりません。目覚めるプロ意識。
と思ったら、武内さんが既に聞いてはりました。あたしの張り切りを返せ。
「まず、市場から聖院内の食堂厨房までの食材運搬ですわ。聖院領との関門からこちらは石張りで、わざと凹凸をつけた仕上げにしておりますが、問題は市場でして…石畳はありますけど、あまり精緻に敷き詰めてないんですよ。わたくしどもで工事を代わって差し上げてもよろしいのですが、聖院敷地の参道と同じにしてしまいますと、色々と勘繰る向きがいらっしゃいまして…」
「つまり、建前としては諸国平等で偏った支援はしないはずなのに、何であそこの市場だけ道が綺麗やねんと言われるわけね」なんか文句つけそうな国の名前も浮かぶぞ。北方帝国とか中原大陸龍皇国とか。
「まぁ、そちらの国際事情も気にはなるところですが、ちょっとそれは敢えて置いておきまして…」と、自分の時計でアフリカ辺りの市場とか、タイのメークローンとかベトナムのハノイやサイゴン駅近辺などの光景を見せる田中さん。「大体、こんな感じでしょうか?市場の道路事情と言いますのは」
「そうそうそうですわ、特にこの辺」と、カメルーンとかマダガスカル辺りの更地に開かれた市場を指す痴女。
「ですからちじょ」
「クレーゼさんちょい疑問。雨降ったらどないなるん。アフリカみたいな置き方やったら品物全滅するんちゃうん」
「食べ物などは板張りの台の上に置いてますわね。あと、屋根が天幕ではなく板作りになっているお店もございましたわね」
「ふむふむ。んで、現状ではどないやって運んでるん」
「それが先程の曳舟機ですの。小舟に積み込んで引き上げておりますのよ」
「馬車とか牛車はありませんの」と武内さん。水牛に曳かせた荷車の画像をあたしが出してやる。
「そうですわねぇ、こうした物で荷を運ぶ国もございますけど…南洋王国では本島と北島以外では厳しいですわねぇ。こうした荷車を引きやすい平地がなかなかございませんのと、毛の長い獣を飼うには少しばかり厳しい土地ですので」
「あと、道を作りましても、少し雨が降ると泥沼のようになる所もままござしまして、車輪のついた荷車を入れましても使い物にならぬとかで、山にお住まいの方からは背負って運ぶ方が早いとまで申されましてねぇ」あーなるほど、まずはこれをカイゼンできるかで、あたしらが受け入れられやすくしようという事か。
(ご明察ですわお義姉様)
「で、インクラインを強化しようにも、ケーブルカーのワイヤーに使うような鋼線の生産が出来る技術が…というところですか、クレーゼ様」
「ほうか、鍛造線を作るんやったら高炉とか圧延ローラーとか、製鉄所がいるわな」
「ワイヤー自体はそら、それなりに金がかかりますけど、わたしどもの世界であれば製造する会社は何社か存在しますわ。それと、線を張るのはともかく、運んだ実績はございます。が…」
「まぁ、ケーブルカー手掛けてる会社呼ぶ方が話は早いわなぁ。ただ、金がかかるのはまだしも、工業的な保守の問題が入るやろ。クレーゼさんの世界やったら産業革命を経験しとかんと、あの手のもんの維持が出来る技術者を育てるだけでも一苦労やで」と武内さん。
「お嬢さん。これ、私の聞きかじりなんですけど、間違うてたら訂正して下さいよ。軍隊言うたら道作ったり橋をかける技術持ってまへんか。戦車通すための橋をかけたり、工事屋並みの重機持ってたり」
「つまり、武内さんの案はやね、道がないなら作ればいいじゃないと言う事かいな」マリーアントワネット的発想ですね。うん。
「ですわ。あと、軍用トラックやったら荒地を走れる奴があらへんかな、と。あとは道を作ってしもたら、牛車なりで運んでもよろしい訳ですやんか。何やったらうちの顧客でゼネコン系おりますやん。簡易舗装でええんやったらやってくれるんちゃいます?」
「あ!ある!NBやったら簡易コーティング舗装、軍に施工用機材あるで!連邦でも持ってるけど、引っ張り出す手間考えたらNBの方が早いわ!」
「なるほど、道を作るならその方法がありますか」
「あとはその、トラックやね…実はNBの軍用車は結構でかいんよ。かなり道幅広げないと厳しいと思うわ」
「とりあえず軽トラ探すか…向こうに持ち込むんやったら別にナンバー取らんでもええしな」
「現地行ってみんとわかりませんけど、ほれ、ミケネコがスキー場とか北海道で使っとる後ろキャタ○ラにした奴、あれが手に入ったら現地では使えそうな気ぃしますなぁ」
「とりあえず軽トラと1.5tの中古探して持って行って試しに走らします?あと、うちのガレージの下に寝てるランドローバー。あれ出しますわ。クレーゼさん。とりあえず車の燃料とか充電とか走らすために必要な…人間で言うと食いもんの問題があるけど、道を作れる地形なんかどうか試してみよ。んで、行けそうなら導入するもん決めたらええやん。石油使い出したら環境破壊になるんやったら、そっちで飼い慣らしてる恐竜おるっしょ、あれ使う手もあるわけやし」
「え、そんなんおりますの?」ギョッとする男2人。だから恐竜おる言うてるやん。
「うん、トリケラトプスみたいなん飼い慣らしてるのん見た。あと、象さんおるで象さん」
「まぁ、あれは餌の手間などがありますので、広く普及はしておりませんけど…使って使えないことはありませんわ。飼い慣らすのがちょっと面倒なだけで」
「しかし何ですな。こうなってくるとますます、現地視察が必要になりますなぁ」聖院の衛星写真や航空写真画像を眺めながら田中さん。「いや、この画像からでもかなり樹木密度が高いのがわかりますわ。参考までに、アンコールワットがこれで、これボロブドールですね。まぁ、こちらは遺跡発掘や修復だの観光地化のために周囲を切り開いてるのもありますけど、圧倒的に聖院の周囲の方が緑ばっかりでしょう」
「うげげげげげ。こんだけ密度高かったっけあそこ」
「乾季と雨季では森の様相が変わって参りますが…これは雨季ですわね。ほら、ため池や水田の水の張り具合が」
「クレーゼ様、これは正直、わたくしも土地開発の専門家ではありませんが、断言出来る事が2つあります。1つは、実際に現地を視察して、道路整備をどの程度進めれば良いか。2つ目は、視察には建設の専門家…そうですね、出来れば道を作ったり治水工事を行う専門家を同行させるべきではないかと思います。理由は現地の降水量にあります」なんか田中さん、ここんところ凄い出来る男オーラ放出してるんですが。この人数字いじりだけやらすには惜しくなってきたぞ。
「雨の量が問題であると?」
「はい。我が日本国は世界有数の水資源に恵まれた国ですが、同時に毎年のように、雨によって災害が起きている国でもあります。そちら様の聖院宮の所在地の半分未満の降雨量の場所ですら、時折、山が崩れたり、大雨で橋や道や集落…村が流されたりしております。うかつな建設工事で、こうした二次災害を引き起こした事例もあるのです。よって、専門家の視察により、なるべく自然災害を避ける場所に道を開いたり、工事にも災害対策を盛り込む必要を判断して頂くことを強く推奨させていただきたいのです」
「確かに、船を運んでる台車の通っとる場所も結構急な坂やしなぁ。下手に切り開いて土砂崩れ起こすとか洒落ならんことがあるんですわ」
「しかし、NBの工兵隊はなぁ…ハーミーズ、もう出港してる筈やから間に合わんか…武内さん田中さん、ちょっとNBに連絡取ってみますわ。カリバーン、こちらジーナ・ワーズワース准将。緊急。HMS-N901からN906のステータス確認。結果出力はジーナ・ワーズワースの視覚情報表示器に文字表示」
で、間髪を入れずにあたしの視野内に各艦の位置と稼働状況が送られて来ます。
例えばアークロイヤルだと今、こんな感じね。
HMS Ark-Royal 901. Osaka, Japan. Terra-UGH. In Port. Cargo Provide.
で、ハーミーズ…うぎゃああああああああああ!出てる!
HMS Hermes 902. New Portsmouth, North-New England. Neo-British. Departure. Confidential Mission.
「あっちゃあああ…出港しとる…」
「そんなにすぐに分かりますの?」と、クレーゼさん。
「これは連邦もそうやねんけど、各船の状況を一括管理してるところに問い合わせたら、大まかなのはすぐに文字表示で教えてくれるんよ。ただ、船によっては機密行動してる場合があるからね。今、ハーミーズのところにコンフィデンシャル・ミッションって出てるのがそれで、内緒の動きしとるでという意味やねん」とりあえずみんなに送られてきた文字列をNB用のペイウォッチ兼多目的表示器で見せてご説明。
そこへぴこぴこ電話着信。
着メロがゴッド・セイブ・ザ・クィーンのクィーンバージョンなんで、これはNB関係者です。
で、耳にかけた骨伝導イヤホンをいじって通話開始。
「ハロー、こちらジーナ・ワーズワース准将。今日はオオツキ大佐がディスパッチルーム担当ですか」
んで、このオオツキって人ですが、実はもともと大槻義雄という日系人です。
連邦時代のNBに送られて、そのまま革命()に伴い向こうに残る事を選んだ日本自衛軍の人なんですよ。
そして、NBでも軍籍を得ているんですが、まぁ当たり前ですけど日本語喋れるという事で、艦政本部の作戦艦艇管理室では主に地球、特に日本向けの運航担当を任じられてます。うちらの貨物窓口だったりもするんですよね。
…なお、言うまでもないが相手は100光年向こうのNB本星にいてますからね。とりあえずうちらの技術だけで、NBとはリアルタイム双方向通話できるから、この事実は覚えておいてね。
「…ええ、さっきの問い合わせは、ちょっとハーミーズで送って欲しいものがありまして…え?こっちに来られない?ええ、確かにさっきステータスを見たら機密行動になってましたけど…ふむふむ。臨時の救難行動の用事が入ったと。数日遅れるからすまん…まぁ、着荷遅れの連絡だけユニオンキャリーに流しときますけど」
で、なんか近所の電話受けてるような感じで喋ってますけど、重ねて言うけど100光年向こうですからね、相手。
ちなみにこれ、アークロイヤル級かカリバーンが近くにいるか、中継通信回線つなげないとできないからね。
「え?今回はハーミーズとは別に1隻送る?ちょっちょ、ちょっと待ってくださいよ。あたしそれ聞いてないですよ?…はぁ、これこそSecretですって、まぁ、そりゃそうですけどね。とりあえずステータス送ってくださいよ…お、来ました。…え?HMS Temptress 907?こんなの造ってたんですか?」
HMS Temptress 907. New Portsmouth, North-New England. Neo-British. Preparation departure. Sir Geena Wordsworth BG-NB Space Navy. SP-Mission.
「え…あたし、いつの間にサー付きになってんすか?っていうか何ですかこのテンプレスって船名。こんな船名、昔のロイヤルネイビーにありました?これ邦訳したら誘惑とか痴女とかロクでもない語句じゃないですか!え、ええ…Slutよりは露骨じゃないって…いやその…はぁ。前から計画はしていたけど言うの忘れてたって…ちょっとそれ実戦だったら洒落なんないですよ。大槻さんも元日本だったら
ああ、なんかものすごい頭痛するんですけど。
多分この船、まともなアークロイヤル級じゃないですね。
うん、大槻さんとの電話で確信しました。
このテンプレスって船、絶対に英国面仕込まれてます。多分。
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