第8話 落日
「どうして半六さんが疫病神なの? 説明してほしいです」
十和は半六に詰め寄る。
(俺は十和にだけは知られたくなかった……)
***
半六は裏家の屋敷に呼ばれた日、生前、茂吉はすべてを語った――。
三十年前のある日、
その男は山の麓を活動拠点にしている――。という噂があった。
茂吉と他五名がその周辺を調べたが何の情報も得られなかった。さすがに警戒しているので旅人を装い民宿に泊まり地元の噂を調査した。他の間者は空き家に住民として潜伏し情報を収集した。
そうして何日か経ち、帝の親族に危害を加える計画がある――との情報が入り、潜伏先の飯屋を突き止め、時間もなかったので夜に襲撃する計画になった。昼の間、付近の様子を調べるため、ふらりと立ち寄った茶屋でこれからお宮参りに行くという家族に出会った。
それが生まれて
夜になり、例の飯屋に着いた。張り込みをして謀反者の人数を確認。強盗を装って襲撃した。その中に半六家族もいた。
半六の母親と思われる女性は赤子をかばいながら
「せめて息子だけでも助けてほしい」と懇願して悲痛な叫びとともに絶命した。
通常なら例外なく全員、殲滅するのだが、茶屋での会話が脳裏をよぎり、どうしても最後まで赤子の半六を殺すことができず忍びの郷に連れ帰ってしまった。
両親とも反逆者なのか――。
半六の両親はたまたま運悪くその場に居合わせてしまったのか――。
父親だけが密かに反逆者で、油断させるために家族で行動していたのか――。
どれも可能性を捨てきれない。
調査しても半六の両親の身元も結局分からず仕舞いだった。分かっていることは半六の母は息子を「ろく」と呼んでいた。
***
――半六は畳に正座して、肩を震わせ、柔らかい布団の中で嗚咽する茂吉を睨んだ。実母の断末魔の叫び声が三十年経った今でも聞こえてきそうで、思わず両耳を塞いだ。
「茂吉さん……。今になって――。どうしてそんなことを言うのですか……」
茂吉さんが霞んで見えない。
両親のことなど考えたことはなかった――。俺は生まれた時から間者だ。いつ何時も冷静に感情を抑えるよう、そのように訓練されてきた手練れだ。なのに何故、とめどなく流れるのか……。
「すまん。オレを殺してくれ」
茂吉さんは苦しそうに呟く。
「……茂吉さん。これは墓場まで持っていく話だろ? あんた卑怯だ。今まで罪悪感抱えていて、それが溢れ抱えきれなくて最期に心が楽になりたいばっかりに告白するのですか? 俺にこの罪を背負えとでも言うのか!」
「そんなつもりじゃねぇ……。お前が泣いて……」
「――だったら、赤ん坊の時に殺してくれたらよかった。今まで何も知らないまま間者として生きて……人を殺し。俺がどんなに苦しんだか。こんな残酷なことあるか? 平気で人を
「すまん、本当ならお前の両親の身元が分かればその親戚に引き取ってもらうつもりだったが、引退してからも、どれだけ探しても見つからなかったんじゃ」
「いやだ――もう、無理だ。吐き気がする。あんた達の顔を見たくない。二度とここには来ない」
「……その方がいい」
「こんな村、消えてなくなっちまえ‼」
半六は逃げるように郷を後にした。
***
きっと俺が呪った言葉だ。
ひょっとして俺が火を放ったのか?
そう思うくらい焼け野原になった。
風上に立ち、かつて十和が脱走して、罰で縛られていた大きな木蓮の丘から半六と十和は郷があった場所を眺めていた。
「だから、どうして半六さんが疫病神なのよ」
「……俺が生まれて来なければ、親だってお宮参りに行かなくてすんだ。あんな事件に巻き込まれなかったのに」
「半六さんって……それで死のうとしていたのですか? どこまで優しい方なんでしょう」
「違う――」
「私は茂吉さんの話を聞いて、羨ましかったわ」
「何で、」
「私が生まれてすぐ、実母は男と出て行ったので治癒師の伯母に育てられた。だから、お宮参りするってことはすごく大事にされていたってことですよ。孤児の多くは寺に置き去りにされて素性なんて片鱗も分からないのに、半六さんは望まれて生まれてきた。それが三十年経って分かったなんて奇跡なことで、凄いことじゃないですか」
「違う、違うんだ……。茂吉さんは――」
半六は顔をゆがめて声を絞り絞り出す。
「――でも、結局、俺を生かすために……
茂吉さんは口封じに、郷の仲間も殺しちまったんだ‼」
「え……」
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