第5話 半六の過去

 ガラッ

 米子は戸口を叩くでもなくズカズカ入ってきた。


「久しぶりさぁー。半六はんろく


 そう言って、新しい服と寝間着を寝床に置き横に座り、そして幼子のように半六の背中をさすった。


「米子さん。新しい服を用意してくれて、ありがとうございます。お元気そうですね。今日は暁村あかつきむらでのいつわり夫婦のお揃いですね」

「はっはっは。今はもう藤夫はあたしの実弟さ。なあ?」

 藤夫の肩をバンッと力強く叩く。実姉が来たことできまりが悪いのか藤夫は黙ってしまい煙管きせるを片手に煙をくゆらせた。


「ところで半六、若くて美人の妻をもらったって聞いたよ~おめでとう」

 米子がお酒を注ぎながら揶揄からかうが、半六はお猪口を片手に顔色を変えず答えた。


「仮初め夫婦ですが……」

「よければあの娘を本当に嫁にもらってくれてもいいのよ。昔っから半六に惚れているみたいだからさ。ここにいても老人しかいないし、ね~ぇ?」


「……若くて美人なら、もっと他に普通の――裕福な家に嫁ぎ先があるだろう。まだ籍も入れてないし、誰か紹介してやってくれねえかな」

 半六は淡々と語る。米子はため息をついて言った。


「まあ……。気持ちわかるけど、齢が離れているのは気にしなくていいからねぇ。あたしはもう婚期を逃しちゃったからしょうがないけど、半六は所帯持ちなさいよ」

「……」 



 ***



 次の日、半六は茂吉に会うため、泊まった藤夫の家をあとにする。


 忍びの郷は村が二手に分かれていて、〈表家と裏家〉がある。表家は、他の村とも交流する普通の村を装った村だ。その一方で裏家に侵入されないように監視しているとも言える。裏家は外部から分からないように外から見ると丘か山にしか見えず、内側は家が隠れるように山を削って建っていた。裏家の奥には薬の製造や薬品倉庫、他には武器製造室もある。


 万が一、侵入された場合、抜け道や逃走できるよう人工の川まである。間者にとって裏家に住むことは憧れだ。選ばれし精鋭部隊しか住めない。半六も能力が高いが、暁村の監視担当なので一度も裏家に住むことはなかった。


 茂吉は裏家に住んでいた。

 裏家に足を踏み入れることがなかったので、緊張しながら辺りに人がいないことを確認して足音を立てず隠し扉を開けた。裏家は、豪華な武家屋敷と聞いていたが、裏家の建物の老朽化は酷かった。秋の台風が来たら土砂崩れで潰れるだろうと思う。


 郷の弱体化が始まったのは五年前、国から、日ノ国軍で就職できると口利きがあり、若き精鋭部隊は出て行ったが、年寄りだけが取り残された。


 スッとふすまを開けた――畳の間だ。


「おう、久しぶりだな。半六」

「はい、茂吉さん。お加減はよろしいのですか」

「すまんな。もう起き上がることもできんぞ。もうダメだ」

「……」


 二人には共通点がない。しばらく沈黙した。天井も高く、広くて静謐な畳部屋の空間、茂吉はふかふかな布団で横になっていた。半六は畳の上で寝たことがない。今も硬い床板に布団を敷く。畳や上等な布団で最期を迎えることはないのだろう――と思った。


「よく来てくれたな。半六を呼んだのは、あれだ……お前の出自のことだ」

「出自? それなら藤夫さんから聞いています。元々は農家に生まれ両親は流行り病で死んだと……。――違うのですか?」


(……なぜ今頃、何のために茂吉さんは話すのか)


 半六の鼓動が早くなった。



 茂吉は静かに語る。


 ――その日、秋にしては珍しく豪雨だった。空気が乾いて火事になりやすい時期に、茂吉は、謀反を起そうとする首謀者と加担する数人の抹殺を帝から命を受けていた。大したことない規模だったが、それを皮切りに反勢力が拡大するのを恐れた。謀反する決行日が迫っていたので茂吉達は一刻を争う事態だった。上からの圧力もあり綿密な計画を立てられず、強盗に見せかけようと、五人のたまり場である飯屋を突き止め襲撃することにした。 

  

 その店の中にもいた――。


「……ワシの?」


 鈍器で頭を殴られたような衝撃。痺れるような眩暈がした。


「そうだ」

「ワシの親は……謀反を起そうとしていたのか?」

「違う……分からない」

 茂吉は横になったまま首を振る。


「何が、違うんですか?」

「違うんだよ、半六よぉ……」


 絞り出すように違うと言い続ける茂吉は、嗚咽し黙ってしまった。しばらくして覚悟を決めたのか、半六を見据え――また語り始めた……。



 ***


 

「はぁ、はぁ」


 半六は、とにかく郷から遠ざかりたくて、急いで家に帰りたくて、鬱蒼と茂る山道をどうやって歩いたのか、滑って崖を落ちそうになり、傷だらけになって、坂を転がりながら、気が付いたら暁村に戻ってきていた。


 五歳から暁村あかつきむらに住んでいるが里山の変わらない風景。小雨がぱらつく中、濃霧が出て見通しが悪く途中で足をくじいて引きずっていた。


 それでも早く、早く、家に帰りたかった。

 郷にいたら頭がおかしくなりそうだった。


「コッコッコッコ……」


 鶏の声が聞こえる。

 軒下の縁側で作業をしていた十和とわが半六の姿を見つけ駆け寄った。半六は噴き出すように汗が流れていた。

「おかえりなさい。半六さん」


 十和が陽だまりのような笑顔で出迎えてくれた。数日しか空けていないのに顔を見たらホッとした。半六は悟られないように冷静になる。


「――なんだ、出て行かなかったのか? せっかく機会を与えてやったのに」

「どうして私が出ていく前提なのですか?」

 十和は怒ったように頬を膨らませた。


「お前さんは、自由になりたかっただろう」

「名前は十和ですよ、半六さん。それより大丈夫ですか?」

「何が?」

「半六さんの顔が真っ青です」

「……」

「泣いているのですか?」

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