第4話 郷の茂吉
「
半六が庭先で薪を割っている所に郵便脚夫の
竹道の普段の仕事は表向きは配達で、間者の仕事は小松家の動向を探ることだ。手紙を開けることなく内容を読むことができるのだが、今はもう忍びの仕事をしていない。
「……茂吉さんが?」
半六は肩にかけた布で汗をぬぐいながら聞いた。
茂吉は、忍びの中で一目置かれた存在だ。瞬殺の手練れであり、戦術も確かだ。その上、薬学にも精通している。統率力もあるため郷の
「会いにいってみるか? 茂吉さんはあんたに会いたがっていたぞ」
「ワシ?」
(何故、俺? 茂吉さんは寡黙な方でそれほど接点ないけどな)
眉根を寄せ考え込む。
ただ、たまに帰ると何ともいえぬ眼差しで見てきたことを思い出した。
「……分かった。今度、時間を見つけて顔を出してみるさ」
「いや――。早いとこ郷に行ってくれ。もうながくはない」
***
十和には一週間、留守にすると言って出掛けた。
「一週間、だからな……」
と、意味ありげに言ったので十和も理解しただろう。郷に戻るのにそれほど日数はかからないが、これだけ長いとさすがに逃げる時間はある。郷の者が万が一捜索しても捕まらない日数にしておいた。上手く逃げだすことができただろうか。普通の女子に戻るなら早い方がいい、その方が絶対、いいに決まっている。
半六は
他の集落のように庭先には柿や金柑が、家の前には畑が耕してある。その近くの小屋に牛やヤギの声もした。赤とんぼが稲に止まり、小川がちょろちょろ流れ、田んぼのあぜ道には
「よぉ。久しぶりだな。半六」
「藤夫さん。お元気でしたか?」
「まあな―……」
藤夫は年代物の
「……どうした半六! 随分、顔に傷がある、服もボロボロだぞ⁉」
「すみません。実はここに来るまでに追いはぎに遭ってしまいました」
――郷へ続くいつもの獣道、人が通ることはほとんどないが、いつの間にか、つけられていた。普段ならこんなヘマをしないが、その時、ぼんやり考え事をしていたからだろうか、それとも長い休業状態、もう間者としての勘が働かなくなっているのかもしれない。
「追いはぎとは、物騒なことだな。にしても半六なら簡単に蹴散らせる相手じゃないのか?」
「男三人だ、刀も錆びて構え方が素人だった……。間者だってバレないように戦わないといけないから、余計に苦戦して……逃げて、ちょっと怪我をした」
「そんなら、まとめて仕留めればよかったのに。それで殺されても文句は言えんぞ」
「止むにやまれぬ事情があったのやも。三人ともひどく痩せて、襲うことも躊躇いがちで……。そいつらに養う家族がいたのかもしれん。財布はくれてやった」
「はっ。おめぇは相変わらず優男だな。だが油断するな、最近、間者に逆恨みした反勢力の残党が同じような隠密の組織の者を次々襲っている。郷の場所がバレたら危ういな。まあ、やられて当然の事をワシらはしているがなぁ」
「残党が……」
「日も暮れたし、茂吉さんに会うのは明日にしろ。今日のところは家に泊まりな」
「はい。ありがとうございます」
郷に帰るといつも藤夫の家族のお世話になる。本当の藤夫夫妻には息子がいて、いつも温かく迎えてくれた。今日は藤夫の妻は用事でいなかった。
藤夫と二人で夕飯を食べることにした。半六は床に座って胡坐をかく。
「おめぇのために新しい服を持ってくるって、あとで姉さんが顔を出すってさ」
藤夫は頭をかく。
「米子さんが? ワシの暁村での『母ちゃん』ですね。それと今、藤夫さんの愛息子の芳夫くんはどこに?」
「いっちょ前に所帯もって三つ山の向こうで生活しているぞ」
「ああ――そうか。小さかった芳夫くんは今や二児の父親でしたね」
「ところでおめえはどうして茂吉さんに呼び出されたと思う?」
藤夫は煙管をプカプカさせながら、生椎茸を籠から取り出した。パチパチと火鉢の炭が爆ぜる。網を置いてそこに裏返した椎茸を焼き、醤油をたらすと椎茸の笠から醤油があふれジュワっと香ばしい香りが立ち込めた。お酒を半六の前に一升瓶を置き、お猪口を渡しトクトクと並々注いだ。
「それが……分からないです。茂吉さんとは話したこともないし……」
藤夫はお櫃をドンッと床に置いてしゃもじでよそった。
「そら、今日は松茸ご飯だ」
「有難くいただきます」
「キュウリの一夜漬けもあるぞ。カブもな」
「藤夫さんのお漬物好きです」
カリカリといい音がする。天井が高く静かな家に咀嚼音だけが響く。
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