第13話 ワシル

 空中からショベルカーを落とし、着地したワシルが叫んだ。


 「ポンポン弾当てやがってーー! 痛いじゃねーかよー! お前、おじょーちゃんが好きなんだな! 俺とライバルだな! 殺す殺す殺すころそころさころしころす!」


 ワシルは両手を地面に叩きつけ、その反動で一気に前へ出た。いきなり天登あまとの目の前に現れ、腹に強烈な左フックを見舞った。


 「ぐあぁっ!」

 天登あまとが後ろへ吹っ飛ぶ。長い手をしならせたパンチは想像を超える破壊力だ。思わず胃液を吐く。

 (腹が抉られたように痛い!気を失わないように自分を保つのが精一杯だ!)

 天登あまとは激しく咳き込んだ。立ち上がれそうにない。

 すかさずワシルは両腕の反動でさらに距離を詰めてくる。

 ワシルは両腕を巻き付けて一本の棒にした。みるみる先が鋭利に尖る。


 「串刺しにしてやる!」


 天登あまとは絶体絶命を感じた。

 (今のダメージが回復しない! 避けないといけないのに、ダメだ! 足が動かない!)

 天登あまとは、近距離戦の厳しさを実戦で思い知ることになった。ワシルが目前に迫る!

 (身体が動かない……! それに、丸腰の俺じゃなす術がない! ん? 丸腰?)


 天登あまとは自分の左腰をみた。瑠川るかわにもらった刀を思い出した。

 (これを使うしかない!)


 天登あまとは刀を抜いた。しかしその刃渡りは、なんと10cmほどしかないものだった……。


 「え……?」


 唖然とした天登あまと

 小雪も、空いた口が塞がらなくなっている。


 「ギャハハハハハ、お前そんなおもちゃの刀でどうすんだ! ギャハハハハハ、もう、殺そうっと!」


 ワシルが突進してくる。よろめきながらも、なんとか立ち上がった天登あまと

 (どうする? とにかく心気弾しかない。この距離だとまず間に合わない。でも俺にはそれしかない!)

 天登あまとが心気を溜めはじめた時、すでにワシルは目の前にいた。


 「グフ、死ね」


 尖った両腕を突き出してきた。

 天登あまとは死を覚悟し、目を瞑った……。


 直後……。


 (あれ?生きてる?)

 目を開けると、天登あまとが握りしめた短い刀の切先から、光の刀身が伸び、ワシルの腹に突き刺さっていた。


 「うげぇぇ……!」


 後ろに飛び退き距離をとるワシル。

 「刀を媒介に心気を伸ばしたのか! お前、俺を騙したな!」


 ワシルがさらに怒り狂う。

 左手で地面を引っ掻き、天登あまとへ無数の砂利石を飛ばしてきた。天登あまとは両腕で頭の前をガードするが、目を開けられない!

 そこへ突進してきたワシルが強烈なタックルを見舞う。あまりの衝撃に天登あまとが吹っ飛ぶ。

 (ガードの上からにもかかわらず、腕がミシミシ鳴っている! 全身の骨が砕けそうだ!)


 そこへ、小雪が入れ替わりで前へ出た。刀には心気が通っている。


 「白華剣!丸太割り!」


 小雪がタックル後の体勢を戻したワシルへ、正面上段から一気に刀を振り下ろす。目で追うのがやっとのスピードだ。


 刀はワシルを袈裟斬りにした。血が飛沫を上げる。

 「痛え痛え痛え! でも、離さない!」


 ワシルは刀を身体に埋め込んだまま、両腕を回し、小雪を捕まえた。

 「痛え痛え! でも幸せ幸せ! おじょーちゃんと一緒になれて、幸せ幸せ」


 「うううううっ!」

 体を締め付けられ、小雪が呻き声を上げる。しかし締めれば締めるほど、刀がワシルの身体にめり込んでいき、血が噴き出す。


 「痛え! でも、嬉しい! 痛え! 嬉しい……人の温もり……」


 天登あまとは腹を押さえながらようやく立ち上がり、目の前の光景をみた。

 「小雪! 今助ける!」

 天登あまとが心気を溜めはじめたとき、小雪が言った。


 「天登あまと、大丈夫、もう勝負はついてる。もうコイツの腕には、全然力が入ってない」


 「痛え痛え……。でもうれしい、人の温もり……。うれしい、うれしい!」


 涙を流しながら、ワシルが叫ぶ。小雪は捕らわれているが、ワシルにもはや害意がないことを感じていた。ワシルから流れ出た血は、尋常じゃない量になっている……。


 「痛え痛え、うれしい、痛ぇ痛ぇ‥‥‥‥‥」


 ワシルが動かなくなり、腕の隙間から小雪が滑り落ちてきた。天登あまとは駆け寄り、小雪を抱き抱えた。

 「大丈夫か?小雪?」


 「大丈夫。ワシルは、最後、力を入れていなかった」


 血と涙を流し、うめき声をあげながら、ワシルは同じ体勢のままで絶命しようとしていた。


 その、最後の瞬間、ワシルが囁いた。


 「終わらせてくれて、ありがとう。傷つけて、ごめん……」


 「!!」


 「小雪、今、聞こえた?!」


 小雪はうなづいた。


 天登あまとには理解できなかった。


 妖魔が、殺されて礼を言うことなどあるのだろうか?

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