第74話 帰りに……

「悠君、今度のお安みの日、暇?」

 どっぷりと日の落ちたバイトの帰り際、霧島さんは俺に聞いた。

 もう直ぐ11月、制服姿の霧島さんはピンク色のMA1を羽織っていて暖かそうだけど、最近どうもスカート丈が短くなって来ていて足元は寒そうだった。

「次の休み? 暇だと思うけど?」

 店の陰から自転車を引っ張り出し、跨ろうとしていた俺はスタンドを掛けて彼女と向き合う。

「放課後、悠君の家に遊びに行っていい?」

「えっ⁉ いいけど……ゲーム攻略でもする?」

「まぁ……色々したい事はあるんだけど、内緒っ! じゃ、約束ね?」

 ワンアップの中はまだ煌々と照明が灯っていて、こじんまりとしたアスファルトの駐車場には店長の黒いピックアップトラックだけが停まっている。

 笑顔を見せる霧島さんは駐車場から駆け出して歩道に出ると、振り向いて顔の横で小さく手を振って俺に別れを告げる。

「紗枝ちゃん、またね?」

 俺も手を振って自転車に跨り、霧島さんとは逆方向にハンドルを向けて走り出す。

 次のバイトの休みって来週の水曜だよな? しかも学校が終わってからだろ? そんな夕方から何するんだろう……。『お魚』は一人用だから家に来たら一緒に遊べないし、新しいゲームでも手に入れたのかな……?

「寒っ!」

 秋の夜は昼間とは違って気温が一気に下がり、自転車で風を切るには辛い。

 こういう時は自転車を飛ばして体を暖めるしか無い! 

 俺は立ち漕ぎをしながら家を目指した。


 自宅が近づくと歩道上にスタイルの良いミニスカ女子が歩いていた。街灯に照らされた背中まで伸ばした艶やかな金髪と寒々しい長い生足、嗣葉だ。

「嗣葉! 今帰り?」

 俺は自転車の速度を落とし、背中を向けた女子に声を掛けた。

「ん? 悠⁉」

 街灯に瞳をキラキラと反射させ、マフラーを巻いた美少女が振り返る。

 やっぱり、あんなモデルみたいな後ろ姿は嗣葉以外あり得ない。

「コンビニ帰りだよ、小腹空いたからお菓子買ってきたんだ」

 嗣葉は手に持っていた木の棒に刺さったチョコがけのアイスを一口かじって笑った。

「うわっ、見てるだけで寒いんだけど」

 俺は顔を顰めた。

「美味しいんだよ、これ。ほれほれ! 一口食べてみな?」

 嗣葉は自転車を止めた俺の口元にアイスを近づける。

「い、要らねーって!」

 俺はサドルに座ったままのけ反り、嗣葉と最大限距離を取る。

「いいからさ、食べてみ?」

 嗣葉がかじったアイスをジッと眺め、俺は間接キスを意識してしまった。だけどそれを悟られるのはもっと恥ずかしい。

 俺は照れ隠しに大きくアイスをかじり取る。

「あ〜っ! 食べ過ぎっ!」

「旨っ!」

 眉根を寄せた嗣葉は俺の後ろにまわり込み格子状の荷台を手で掴んだ。

「食べ過ぎな人は罰として私を乗せること!」

 嗣葉は自転車の後ろに跨って片手を突き上げ、「ゴーゴー!」と陽気に叫ぶ。

 食べかけのアイスを一口かじった嗣葉は残りを俺に手渡して「あと、食べていいよ!」と言って背中にギュッと抱きついた。

「あったかーい! 人間カイロだぁ!」

 いつもより俺を強く抱き締め、嗣葉と触れ合っている部分だけが暖かくなる。

 俺は嗣葉を乗せて再び自転車を走らた。自宅は近い、歩いても大した距離ではないのはお互い分かっているけど嗣葉は黙って背中にくっ付いている。

 少し走ると嗣葉が「今日もバイト?」と俺の背中から顔を出して聞いて来た。

「ああ、そうだけど?」

 俺は軽く振り向いて答えた。

「霧島ちゃんと?」

「えっ? う、うん……」

 わざわざ聞く事でもないと思うが、嗣葉だって俺が霧島さんとほぼ毎日一緒に働いているのは知っているはず。

「ふ〜ん……」

 それっきり嗣葉は黙り、妙な沈黙が流れた。

「悠って、何でバイトしてるの? ドリステ以外に欲しい物とかあるの?」

「えっ⁉ 別に欲しい物は無いかな……今の所は」

「じゃ、お金貯め込んでるんだ? いいよ、私にプレゼント買ってくれても!」

 嗣葉は後ろで背伸びして、俺の耳に口を近づけて浮かれた声で笑った。

「はぁ⁉ 何のゲームが欲しいんだよ? 嗣葉は」

「バカ悠っ! これだからゲーマーは……。この、ゲーム脳っ! 私のこともポリゴン女に見えてるんでしょ!」

 嗣葉は俺の脇腹に爪を立てて叫んだ。

「痛でででっ! 何だよ、そのポリゴン女って!」

「アンタ! 私のこと、NPCだと思ってるでしょっ!」

「思ってる訳ないだろっ? そんな態度デカいNPCなんて居るかよ!」

 嗣葉のキレ所が分からない。俺、気に触ること言ったか……?

「あったま来たっ! 来週、絶対に驚かせてやるからっ!」

「何だよ? 来週って!」

「あっ⁉ う、うっさいっ! ゲーマーは黙ってなさいっ!」

 自宅が見えると嗣葉はいきなり自転車から飛び降り、高梨家に走りながら大声で手を振る。

「サンキュッ! 悠! んじゃ、海底で待ってるからっ!」

 玄関ドアに消えた嗣葉を見届けた俺は思わず声を漏らした。

「嗣葉台風か……」

 もう台風が発生する季節じゃ無いけど、俺の周りでは年がら年中台風が発生していて、その対応に苦慮している。その多くは温帯低気圧に変化して事なきを得るが、たまに巨大台風になってしまう嗣葉は手に負えなくて経過観察くらいしかやることが無く、避難しながら晴れる日を待ちわびる。だけど最近俺は避難警報は慣れっこになってしまっていて、警報をスルーしてしまうことがあだとなり、自衛隊の災害派遣を要請したくなることが多くなっている。

「今日も付き合わないと、だな……」

 一緒に居れば楽しい女神様、今日の天候は多分良好。

 俺はその夜、待ち合わせの海底へ出かけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る