第73話 罠

「はぁ~疲れたっ!」

 メイド服で俺のベッドに飛び込む嗣葉のスカートがフワッと膨らみ、柔らかそうな腿裏が露出する。

「嗣葉……疲れてんなら自分の家に帰ったら?」

 俺は自然に部屋に入って来た幼馴染の太ももをチラチラ眺めながら、やんわりと退場を促す。

「やだ、とんかつ食べてお腹いっぱいだからちょっと休憩するっ!」

 俺の枕を抱えて目を瞑る嗣葉はニヤニヤしながらゴロゴロする。

 キャベツ三回もお替りするからだろ? 嗣葉って痩せてる割には大食いなんだよな……。

 クローゼットを開けた俺はハンガーに制服の上着を掛けて、Yシャツのボタンを外しながらベッドに寝転がる嗣葉に視線を向ける。

「ちょ、嗣葉。俺、着替えるんだけど……」

「いーよ、私も着替えちゃおうかな?」

 ムクリとベッドから上半身を起こした嗣葉は膝を折り曲げて白いニーソを脱ぎ捨てる。

「ちょっ! おま……」

 俺は焦って視線を逸らしたが、衣擦れの音に嗣葉のことをチラチラ見てしまう。

 チョーカーを外し、手首のカフスをぽいっとベッドに投げ捨てる嗣葉は至近距離に健全な男子高校生が居ることを知らないようだ。

 俺はTシャツの上にグレーのパーカーを羽織り、学習机の回転椅子に腰かけ、嗣葉と向き合う。

「帰れよ嗣葉! 俺も疲れたからベッドに寝転がりたいんだって!」

「いーよ? 寝たらいいじゃん!」

 嗣葉は壁際に体を寄せて寝そべると、ベッドの上をポンポン叩いて人が一人寝られるスペースを作った。

 言われた途端、俺の顔が火照るのを感じた。

「バ、バカだろお前っ!」

「んふ~っ! 照れちゃって! 昔は良く一緒に寝てたでしょ?」

「そんなの小4くらいまでだろ⁉ 今更そんな事出来っかよ!」

 体を横に向け、腕を折り曲げて頭を支える嗣葉。少しずり上がったミニスカから伸びる長い生足がなんとも艶めかしくて、俺は出来るだけ見ないように嗣葉の顔を見つめて気を逸らした。だけど首元に掛かった金髪が大きな胸を避けるように枝分かれして流れ、俺の布団の上に広がっていてる姿は生足を鑑賞するよりもいやらしく見えてしまう。

 くっ! 何だかドキドキして来やがった。お前っ、自分がかなりヤバい体勢だってこと分かってるか?

 俺はこれ以上嗣葉と同じ空間に居ることが耐えられそうに無く、椅子から立ち上がって平常心を装い、言った。

「頼むって嗣葉、マジで疲れてるから帰ってくれ……、な?」

 ニコニコしていた嗣葉は不満げに俺を見つめ、傍に立つ俺の腕を思いっ切り引っ張った。

「うわっ!」

 バランスを崩した俺はベッドにひっくり返り、嗣葉と至近距離で見つめ合う。

 無言で見つめ合うこと数秒、嗣葉は微笑みながら俺の体の上に覆いかぶさるように体勢を入れ替え、甘い声で「悠……」と呟く。

 嗣葉の綺麗な金髪が俺の頬をサラサラと撫で、ひんやりした感覚が肌に伝わる。

 良い匂い……。

 シャンプーなのか香水なのか分からないけど花のような香りが鼻腔をくすぐり、その成分が肺の中まで侵入してきて俺の心臓を最高潮に高鳴らせて来る。

「キスしよっか?」

 はぁ⁉ な、な、なにを……。俺の体に電気が走り、体が硬直して声はおろか息さえ出ない。

 瞬間、嗣葉が噴き出して大笑いした。

「なにその顔っ! ウケるっ! めっちゃマジになってたでしょ?」

 上半身を起こして高笑いする嗣葉に俺の怒りが込み上げる。

「かっ、帰れよ嗣葉っ! 鬱陶しい奴だなっ!」

 嗣葉はベッドから飛び下りてイシシと笑いながら脱ぎ捨てていたニーソを拾う。

「顔真っ赤っかだよ? 悠!」

「いーから帰れっ!」

 俺はチョーカーとカフスを嗣葉に投げつける。

「爆ギレだぁ! 逃っげろーっ!」

 嗣葉は笑い声をあげて部屋を飛び出し、階段を駆け下りて家から出て行った。

 一人になった俺は大きなため息を吐いてベッドに背中から倒れ込んだ。

 まだ心音が早い……。ふざけるのもいい加減にしろよ……あと5秒遅かったら俺……。

 俺は気持ちを落ち着かせようと静かに目を閉じた。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け……。

 雑念を払う修行僧のように俺は何度もその単語を心の中で唱え続けた。

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