第31話 お誘い

 あれから数日後、バイト先で霧島さんは何事も無かったかのように俺と接してくれていた。やっぱり霧島さんは嗣葉と違って拗らせない、至って普通の人だ。

 今日は珍しく二人とも4時上り、ロッカールームで帰り支度をしていると霧島さんがチラチラ俺を見ているようで、思わす「どうかした?」と彼女に声を掛けた。

「へっ⁉」

 霧島さんは声を上ずらせて目を泳がせた。

 どうしたんだろう? なんか挙動不審だけど……。胸元を両手で押さえた霧島さんが再び俺と視線を合わせたかと思えば思いっ切り逸らして話し始めた。

「えっとぉ……ミナ君、これから暇? いや、無理ならいいんだけど、どこかに遊びに行かない? ゲームセンターとかカラオケ屋さんとか、何か食べたいならカフェとか。あ、お金の事なら心配しないで私奢るから! む、無理かな? だよね、やっぱ無し! また明日!」

 早口でまくし立てた霧島さんは顔を真っ赤にしてロッカールームのドアノブに手を掛けた。

 情報量が追っつかない! だけど霧島さんが俺を誘ってくれるなんてあり得ないだろ? 今を逃したら俺は高校生活で最初で最後かも知れない遊ぶチャンスを逸してしまう!

「いいよ、行こう?」

 ドアを開けて逃げ出しそうな勢いだった霧島さんが俺の声に急停止して振り返った。

「えっ? いいの……?」

「どこ行きたいの? 霧島さんが決めていいよ、ここら辺って霧島さんの地元でしょ? 俺はこの辺り良く分かんないし」

「じゃ、じゃあ……カラオケ屋さん」

「オッケー。でも、こんな所にカラオケ屋なんかあったっけ?」

「直ぐ近くにあるから案内するよ!」

 嬉しそうな霧島さんがロッカールームを出たので俺も続く、店の外は夕方なのに暑くて直ぐに汗ばんで来る。俺が自転車のスタンドを外すと霧島さんが後ろに跨がってスカートから白い太ももが覗いた。霧島さんはいつもスカート、嗣葉と違って女の子っぽい服装が可愛らしい。

 俺も自転車に乗り込むと霧島さんが腰に手を廻しながら「そのまま真っすぐ行って二つ目の信号左ね」と道案内してくれた。

 所要時間は一分ほど、女の子との二人乗りに平常心でいられるようになった俺は自転車を速く走らせて真夏の風を浴びた。

 カラオケ店の前に着くと駐車場は閑散としていて車と自転車が数台置かれていただけだった。

 照り返しの強いひび割れた駐車場のアスファルトを少し歩いて店内に入ると俺たちは直ぐに部屋へ案内され、俺と霧島さんは細長い小部屋に向かい合わせに座り、何となく落ち着かないまま目を合わせた。

「なんか頼もうか? 私、お腹空いちゃった」

 霧島さんは操作端末の画面を俺に見せ、フードメニューのボタンをタップする。

「俺、ポテト食べたい」

「私はこれ! フルーツてんこ盛りパフェ、あと……ウーロン茶」

「俺もお茶飲もうかな? 同じの」

「オッケー!」

 馴れた手付きで霧島さんが端末を操作してオーダーするとマイクを握る。

 曲のイントロが流れると、霧島さんは立ち上がって体でリズムを刻み、天井のスポットライトに大きな眼鏡を反射させた。

 俺の知らないアップテンポな曲を早口で歌う霧島さんは上手かった、高い声も難なく出せるし音もテンポも外さない。

 アイドルみたいに横にステップを踏み、「君が好きだよ!」と連呼する彼女は顔を高潮させて笑顔で俺を見つめて歌う。

「はぁーっ! 歌いきったぁ!」

 曲が終わると霧島さんはベンチシートに腰を下ろして両手で顔を扇いだ。

「ミナ君も歌って!」

 霧島さんが俺にマイクを差し出したしたので俺も端末で曲を入力する。

 はーっ! 何かドキドキする。カラオケなんて中1の時、ウチの家族と高梨家で行って以来だ。

 あの時って何でカラオケ行ったんだろ? 何でも無い日だったのにな……。

 入れた曲はちょっと古めのヒット曲、ゲームのオープニングにも選ばれた俺のお気に入り。

 久々だけど上手く歌えるかな? 霧島さんに下手くそだって思われたくないし。

 音域は俺に合ってる、だから丁寧に歌えば大丈夫なはずだ。

 霧島さんに見つめられ、若干の緊張感が俺を襲う。イントロが流れ、動画で何度も聞いた音源をなぞるように俺は一曲歌い上げた。

「ミナ君! 上手くい上手い!」

 霧島さんが手を叩いて喜んだ。

「そ、そうかな……」

 照れ臭い俺は頭を掻いて言った。

「霧島さんも上手いよ、ダンスつきで可愛かったし」

「か、可愛い⁉ ホントに?」

 ぴょこっと跳ねるように体を動かして、とても嬉しそうな霧島さんが俺を見つめる。

「うぇ? う、うん……」

 俺、何で今可愛いって言っちゃったんだ? 動きが可愛かったんだけど……霧島さんはどう捉えたのかな……でも、わざわざ動きが可愛かったって言い直すのもな。

「お待たせ致しました」

 派手な色の制服を着たカラオケ店のスタッフがドアを開け、さっき頼んだ軽食をテーブルに乗せる。

「早速食べよっか?」

「そうだね。俺、腹減っちゃって……」

 霧島さんがパフェのスプーンを握ったので俺はフライドポテトに手を伸ばす。

 暫し無言で俺たちは食欲を満たすべく手を動かす。

 霧島さんのパフェ、凄っげーてんこ盛りだな。きっと嗣葉もここに居たら同じの食ってるだろ。

「食べる?」

 霧島さんが俺の視線に気づいて首を傾げた。

「いや、何か凄いなって思って……」

「美味しいよ? はい!」

 彼女は俺の口元に大きくスプーンで削ったパフェを差し出した。

 へっ? これって食べさせプレイじゃないか⁉ しかも霧島さんの口に入ったスプーンだし……。

 俺は何だか急に恥ずかしくなって来て自分の顔が熱くなるのを感じた。

 いやいや、ここで変な間になったら余計勘ぐられる、たかだか間接キスくらいどうってこと無いだろ?

 大口を開けて俺は霧島さんが口にしたスプーンを咥えた。

 自分の目の前に広がるあり得ない光景に体が勝手に反応してやっぱり頬が熱を持つ。

 恥ずかしくて視線を逸した俺を見て霧島さんが言った。

「ん? 何? あっ、今間接キスのこと意識したでしよ?」

「えっ? そんなこと……」

 うげっ! バレたか。そんなに顔に出てたか? 

「ねえ……ミナ君ってキスしたこと……あるの?」

 霧島さんがお尻を浮かせて前のめりになり、俺を穴が空きそうなほど見つめる。

「無いけど……」

 その視線に耐えられない俺は、また目を合わせられない。

「ふ~ん? 私も無いんだけど……」

 霧島さんは立ち上がるとテーブルの脇を通って俺の隣に座り、体をこちらに向けて躊躇いがちに言った。

「でもね、キスしたい人はいるんだよ」

 濡れた瞳で見つめる霧島さんは俺の肩を掴んで顔を近づける。

 凄く近い……俺から目を逸らさない彼女は自分の唇を指で触ってうっとりとしたまま。

 キスをしたい人って……まさか……。

 俺は唾を飲み込んで霧島さんの濡れた唇を眺めた。

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