第30話 詮索

「これ、クソゲーですよ! 絶対にやめた方がいいです!」

 霧島さんがソフトを嗣葉に押し返す。

「えー? 何でよ? これが欲しいんだもん、売ってよ!」

 嗣葉が手に持っているのは『空気感』という二人で遊ぶのが前提のゲームで、プレイヤー同士が呼吸を合わせて延々とお題をこなして行くと言う単純なものだが、プレイ後に愛、友情、親近度とかがパラメーター化されて仲良し度が数値化されるのを面白がって良く動画で紹介されている。

 別にクソゲーって気はしないが……ある程度回数を重ねると直ぐに飽きてしまいそうではあるけど……。

「これさ、悠との暇つぶしに最適じゃない? 帰ったらすぐやろうよ!」

「何で俺が嗣葉の暇つぶしに付き合わなきゃなんないんだよ?」

 霧島さんが俺の言葉に反応して加勢する。

「そうですよ! それにそのゲームは二人じゃないと出来ませんし買わない方がいいです!」

「だから悠とやるって言ってんでしょ?」

 嗣葉の後ろに客が並んだのを確認した霧島さんが仕方なく嗣葉からゲームのパッケージを受け取ったので、俺は中身のブルーレイディスクを取りにレジ裏に走る。

「ディスクをご確認ください」

 俺が取って来たゲームディスクを提示すると、嗣葉は「悠ってばホントに働いてるんだ」と言ってニタニタ笑う。

 嗣葉から紙幣を受け取った霧島さんは無言でレジを打ち、お釣りを嗣葉に返した。

「ありがとうございました」

 無機質に霧島さんが嗣葉に告げると、嗣葉は俺に「バイト終わったら連絡ちょーだい!」と携帯を振って見せる。

 俺は自動ドアに向かう嗣葉を目で追いながら次の接客を始める。

 素直に帰れよ! 俺の祈りが通じたのか嗣葉は店外へ消えたので俺はホッと胸を撫で下ろした。


 夕方、俺はバイトが霧島さんより先に終わったのでロッカールームにエプロンを戻してからレジの後ろを通り過ぎ、彼女に別れを告げる。

「お先します」

「ゲーム……するんですか? 嗣葉さんと」

 霧島さんが前を向いたままよそよそしい口調で聞いたので俺は立ち止まった。

「えっ? た、多分……」

「お疲れ様でした!」

 うわっ、やっぱりなんか怒ってる。霧島さんも引きずるタイプなんだろうか?

 女の子って良く解んねーな、大したことじゃ無いのに……。俺はこれ以上彼女に声を掛けられなくてそのまま店を出た。

 自転車に跨って一応スマホを確認すると嗣葉からメッセージが入っていた。

『家に着いたらおせーて!』

 やっぱりゲームするのか? 俺、疲れてんだけど……。

 取り敢えず俺は寄り道せずに家に直行した。


 ◇   ◇   ◇


 家に着き、ガレージを開けて自転車を仕舞っていると高梨家のドアが開く音が聞こえ、サンダルがアスファルトを引っかく音が近づいて来る。

「お帰り悠っ! 待ちくたびれたよ!」

 振り向くと嗣葉が俺の後ろに立っていた。

「待ちくたびれたって嘘だろ? 寝ぐせついてるし」

「えっ? バレた?」

「よだれくらい拭けよ」

「へっ⁉ 嘘っ!」

 嗣葉は焦って口元を手のひらで触る。

「嘘だよ」

「もう! 何なのよっ!」

「『何なのよ』はこっちのセリフだよ、バイト先に迷惑掛けるのは辞めてくれな」

「私は悠が働いてるとこ見たかっただけだし……。あの娘が突っかかって来るから悪いんだよ? 私は変なことして無いし!」

 嗣葉は俺を追い越して先に玄関ドアを開けると、俺ん家に入って行った。


 ◇   ◆   ◆


「悠っ! また『恋人以上夫婦未満』だよ!」

 嗣葉が買ったゲーム『空気感』を俺の部屋で一時間ほどプレイして3度目の最終結果が画面に表示された。

 ベッドに座っていた嗣葉は白いコントローラーを天に掲げ体をぴょこぴょこさせてご満悦状態。やっぱクソゲーだ、俺と嗣葉が恋人以上夫婦未満な訳ないだろ! 嗣葉の隣に座っていた俺はゲームが診断した相性に納得出来ずにコントローラーを布団の上に放り投げた。

「あほらし」

 俺はそのまま背中からベッドに寝転がると、嗣葉が俺の上に覆いかぶさるように顔を覗いて微笑みかける。

「なにニヤニヤしてんだよ?」

「結婚してみる? 私たち」

 俺の幼馴染はどうやら浮かれてるらしい。

「嗣葉と結婚するなんて罰ゲームみたいなもんだろ?」

「はぁ? 何それっ! 景一高のアイドルがお嫁さんになるんだよ? 普通喜ぶでしょ!」

「自分で言うなよ」

「悠って私の事どう思う?」

 ニヤニヤしていた嗣葉が急に真顔になって俺を見つめた。

 え? なにこの緊張感。

「ど、どうって?」

「悠から見て私って可愛いかな?」

 嗣葉が俺にグッと顔を近づける。

 何だよこの問い詰めモード、彼女の求める答えが分からなくて俺は唾を飲む。

「……そりゃ、顔はかわいいけど……」

「顔だけ?」

「そ、その……スタイルも良いと思う、細くて足も長いし……」

 自分から出た言葉に恥ずかしさが込み上げ、俺は嗣葉から目を逸らす。

「悠のタイプかな?」

 はぁ? タイプ⁉ 解んねー、俺って嗣葉がタイプなのか? 答えがまとまらず時間だけが経過して気まずい雰囲気が込み上げて来る。

「し、知らねーよ!」

「あの娘がタイプなの?」

 あの娘⁉ って多分あの娘の事だよな? 何でそんな事聞くんだよ!

 ここで霧島さんの名前なんか出せないし、嗣葉だって言うのも抵抗がある。かと言って何も言わないのも誤解を招きそうだ、だからここは……。

「母さんかな?」

 嗣葉は顔を顰めた。

「はぁ⁉ 悠のお母さん? 悠ってばマザコンなの⁉」

 バッと俺から離れた嗣葉は「キモっ!」と俺に称号を授けた。

「ち、違うって!」

 母さんってのも違ったか。しかもこの反応は想定してなかった。

「へぇー、悠ってああいう気怠そうなのがタイプなんだ」

 いやいや、人の母親相手に気怠そうとか言うなよ!

「いやーっ! なんか引いたし、帰ろ。じゃあね、マザコン君!」

 部屋を出て行った嗣葉に俺は呆然とベッドに寝転がったまま。

 何だこれ? 嫌われた? なんか嗣葉を怒らせた時より堪えるんだけど……。

 俺は暫く模範解答を探したが、答えは全然見つからなかった。

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